「南朝の真実」を読んで思ったこと、考えたこと、思い出したことなど。
Posted at 21/06/02 PermaLink» Tweet
読書メモ。
「南朝の真実」。斯波高経という武将を知る。というか、この人に関しては多分何度か読んでいるはずなのだが、印象がなかった。また斯波氏という一門に関しても、これという印象はなかったのだが、細川氏や畠山氏が鎌倉時代は足利宗家の家人だったのに対し、斯波氏は足利尾張守家として独立した幕府御家人であり、同じ三管領家と言ってもかなり違うということを知った。
斯波高経が幕府の政権を掌握していたのは1361年〜66年だが、尊氏が死んで義詮が将軍になり、武力で南朝を滅ぼすという政策から転換を図ったことがあるのだという。高経は戦いに弱い武将で、そのため尊氏には評価されず直義側についていたが、調停能力に優れ千葉氏を幕府方に寝返らせた実績があったという。政権を握った期間中は同じく直義党であった大内氏・山名氏を幕府側につかせ、上杉氏を鎌倉公方の補佐役に起用するなどハト派路線で幕府の勢力を拡大したという。
しかし武家役(諸侯にかける税)を引き揚げるなど強権的な政治を行なったため佐々木道誉らによって失脚させられたという。強権的な政治というのもあるが、恐らくは「戦いに弱い」というのも侮られた大きな理由だったのではないかと思う。引用されている小川信氏は高経を評価しないが亀田さんは評価しており、それは妥当だと思うのだが、やはり武士は戦いに強くないと同輩からは軽んじられるということはあるのではないかと思った。この辺り豊臣政権の武断派と吏僚派の対立に似ている繰り返されるテーマである気はする。
楠木正儀の幕府帰順については、その後の詳細は知らなかったが、帰順の際には河内・和泉・摂津に莫大な権限を与えられたものの北朝の武将たちの間では総スカンに近い状態をくらい、南朝に再度帰順したものの往時の勢いはなく没落した、ということのようでやはりそりゃそうだろうなあという感じではある。
南朝の中にも和平派と強硬派があり、また幕府側にも武断派と交渉派があったのは興味深いし、戦場では対立しても和歌などでは交流があったりするのも面白いなと思う。
領地の領有形態の変遷に関してはまだよく理解できていないところが結構あるのだが、建武の新政では寺社に地頭職が与えられたケースもあるというのはへえっと思った。荘園や国衙領の支配に関しては「荘園史研究ハンドブック」を読み進めてからまた考えようと思う。
室町幕府初期の執事に関してはよくわからないところがあったので買ってあった「室町幕府全将軍・管領列伝」を参照してみると高師直・師世、仁木頼章の三管領家以外の執事の項目が立ててあったのでこの辺りもまた読んでみたい。源氏将軍が断絶して以降の鎌倉時代と違って室町時代は将軍も管領も顔の見える感じの人が多く、また将軍と老中が圧倒的な権威の差を持っている江戸時代とも違っていろいろと興味深いなと思った。特に島原の乱以降は戦乱がなくなった江戸時代と違い、室町時代の武将はやはり「戦争が強い」ということに重要な意味があるところもそのキャラが立つ一つの理由なのだと思った。戦争が弱い、というのもまた一つのキャラになり得るという意味も含めて。
また武士たちに対する恩賞充行権とそれを保証する施行書の発行権が将軍や執事の権力の源泉になっているというのはいろいろな実例を読み、またその解釈を読んで理解できたなと思う。
武家の所領というと思い出すのは謡曲の「鉢の木」なのだが、所領を奪われて不遇を託つ佐野源左衛門の元に旅の僧(実は北条時頼)が現れて暖を取るために秘蔵の鉢の木を囲炉裏にくべてもてなすという話なわけだが、「いざ鎌倉」という時には誰よりも早く駆けつける、と抱負を述べたのに対し、鎌倉に帰った時頼は全御家人に招集の司令を出すと果たして源左衛門は痩せ馬に跨って鎌倉に駆け付けたのに対し、時頼は感じいって炉にくべた松・桜・梅にちなんで加賀国梅田庄、越中国桜井庄、上野国松井田庄の三箇所を恩賞として与える、という話である。
これを最初に読んだのは実は子ども向けの歴史の本で田沼時代に関するものを読んだ時であり、老中田沼意次の息子の若年寄田沼意知を殿中で刺殺した佐野善左衛門政言のエピソードのなかで、善左衛門の祖先に源左衛門がおり、また地図で見てもわかるが群馬県の佐野と田沼は至近距離であり過去には主従関係があったとか、こうした背景があってことに及んだという話でどちらかというと善左衛門を英雄的に描いているのだが、のちに「風雲児たち」でこの事件を読んだときには田沼の悲劇として描かれていて、まあ一つの事件でも見方で全然違うものになるなとは思った。
「南朝の真実」は一般書であるので最後の方になると現在の政治情勢、特に民主党を南朝に例えるなどの話が出てきて興味深い。また「楠木正成の精神」は特攻隊について語られる美学などとは元々は正反対のものだった、というのも一般書としては確かに語られるべきものだなと思う。
南北朝史というものは歴史的な探究というよりは政治的な議論対象になることが多く、そういう意味で取りつきにくい部分もあるわけだけど、近年の研究の進展によって価値中立的にこの時代を見られるようになっていてその辺はいいことだと思うし、また先ほど述べた議論のように現代政治に活かせる教訓が読み取れる可能性というのもそうなって初めて出てくるということもある。それぞれのキャラクターがより生き生きと受け取れるようになってきている感はある。
また個人的には、武将の名前が歌舞伎によく出てくる桃井とか仁木とか高師直とかに対してやはり親近感みたいなものがあり、歌舞伎でいう「世界定め」によって「太平記の世界」が舞台になる狂言、特に有名なのは「仮名手本忠臣蔵」だが、こういうものも現代の我々よりは江戸時代の庶民にとってより身近に感じられるものだったのだろうなと思ったりもした。
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