本を読むことと生きること/律令制とはなんだったのか/歴史学における「人物評価」の復活
Posted at 21/05/31 PermaLink» Tweet
いろいろと思うところがあるのだが、とりあえずは個人的なことが多い。昨日は何冊も本を少しずつ読んで少しずつ思うところがあり、そういうものを通して自分の思うところを少しずつ書いてみるというのもいいのかもしれないと思う。読書メモでもあり思考メモでもあり、自分が生きるということの肌に触ってみようとするメモでもある。本を読むこととそれについて考え、それについて書くことによって生きることの手触りを再び取り戻すということの試みでもある。
一昨日まで「新説の日本史」を読んでいて、それで日本の歴史についてもっと知りたいという関心が呼び起こされたということもあり、昨日は荘園史研究会編「荘園史ハンドブック」(東京堂出版)と亀田俊和「南朝の真実」(吉川弘文館)を読んでいた。日本の歴史については子どもの頃からずっと読んでいるのでもちろん「一通りは知っている」わけだが、子どもの頃に読んだ本は昭和20〜30年代の研究動向を踏まえた内容なわけで、その後もいろいろな人のその時々の研究動向を反映した本、全く新しい研究なども読んでいたけれども、平成以後いい意味でも悪い意味でも歴史研究、特に天皇研究に対する禁忌(タブー)が薄れてきたことと冷戦構造崩壊によりマルクス主義的な束縛がなくなったこと、ニューアカデミズムとその反動の史料に対する実証主義的な読み方の再活発化などによりどの時代の研究もかなり進んできた感があり、最近の研究はどの時代を読んでも面白いものが多い。
そうした折角面白い状況であるのに研究者をめぐる状況は悪化していて、まあこれは研究者に限らずどの分野でもネオリベラリズムの猖獗によって緊縮による資金不足もあり所得水準の低下・職とポストの減少が進んでいて30−40代の本来研究に脂が乗り切った時期の研究者が不遇であることが多くてお気の毒なのだが、そのような状況の中、あるいはそのような状況だからこそか、良い研究が多く輩出しているように思う。
「荘園史研究ハンドブック」はまだ荘園以前の段階、古代の屯倉や田荘から説き起こし、律令制下の私的所有地との継続性と断絶性についての議論のところを読んでいるのだが、位田・職田・勅旨田・親王賜田・神田・寺田など公地公民が原則の律令制度においてももともと多くの私有地が設定されていたということを改めて見てみると、つまりは令制以前の古代豪族たちの大土地所有の実態を原則的あるいは形式的には収公し、それを改めて下賜するという形で朝廷権力に対する凝集力を高めたのが律令制というものだったのかもしれないと考えて見たりした。
どんな制度も天から降ってきてそれがそのまま実行されるというようなものではないのだが、民主主義的な諸制度が理念から出発してそれを現実に当て嵌めようとする設計主義的な危うさから伝統と文化を生活を破壊し、その中から保守主義という政治スタンスが生まれてきたわけだけど、古代においての律令制というのは恐らくはそういうものと類似したところがあったと思うのだが、古代史を読んでいる限りではそういう形での抵抗はあまり見られない感じがするわけで、ということは和魂漢才という言葉のように中国の設計主義的な諸制度を日本に導入する際になるべく抵抗がないような形で実施するという「大和魂」的な運用が行われたのだろうということは想像できるわけだけど、その辺のあたりの実態はどうだったのだろうかということも研究としては、もしあれば読んでみたいと思った。
「南朝の真実」は読みかけになっていたのを改めて読み始めた。この本はだいぶ前に買ってあったのだが、途中まで読んでそのままになってしまった。しばらくの間何を読んでもあまり心の動かない時期が続いていて、それでもそれなりに本は買っていたので途中になっている本がたくさんある。面白そうだ、と思って読み始めるのだが関心が続かない。そういう本を最近になって再び読み始めてみるとああそういうことだったのか面白いなと思うものが多く、ようやく心が回復してきたのを感じる。まあある種の鬱状態だったのだろうと思うし、また現実が忙し過ぎて本の世界に心を遊ばせる余裕がなかったということも大きいのだが、そういう状態ではどんどん自分が何をやっているのかわからなくなってきていて、とにかくそれをなんとかしようと足掻いているうちにどんどん本だけ溜まっていったという感じはある。
ブログもしばらく書けない時期が続いていたのだけど、最近ようやく書けるようになってきて、でもその内容も自分が書きたいことより書いたら受けそうな内容に傾いたりするとまた自分が見えなくなるので受けなくても自分が描きたいものを書くように心掛けている。その成果か少しずつはいろいろなことに対する興味関心が復活し、それとともにその本の著者が何を狙ってどういう構成で書いたのかというようなことも少しずつは感じ取れるようになってきているので、ようやくまともに本が読めるようになってきたなという感じはする。ただ、まだ好き嫌いがものすごく激しいので読めないものは全く読めないのだが。
「南朝の真実」は副題が「忠臣という幻想」とあって、今構成を見ると章立ても「建武政権の内紛」「南北朝初期における内紛」「観応の擾乱以降における内紛」と、つまりは「忠義一辺倒のイメージのある」南朝という集団も実は内紛を繰り返していて要はそんなに純粋なものではなかった、という主張があるように見える構成になっている。
この構成はおそらくは研究者に対してというより一般のイメージの刷新が狙いだったのかなと思うのだが、実際のところ南北朝正潤論や「吉野朝史観」、つまりそれを支えた皇国史観というものは戦後は一般の中でも勢力を弱めていて、マルクス主義的史観の強い時代には忠義というもの自体が研究対象にはならなくなっていたので、正直アナクロニズム的な問題設定なんじゃないかという印象もあった。私もほとんど一般書ではあるがこの時代も含めて歴史はそれなりに読んでいたので、大楠公・楠木正成の遺児・楠木正儀が北朝側に帰順したことなども読んでいたのでもともと南朝=忠臣というイメージではなくなっていたから、この本が何を目指しているのかがどうも読み取れなかったというところもこの本を読み進められなかった一つの理由なんだろうと思う。
ただ、唯物史観的にこの時代を理解するとつまりは武士たちは所領をもらえる、ないしは南北朝どちらかについたほうが敵対勢力との抗争に大義名分が与えられて優位に立てるなど、ぶっちゃけ利害関係だけで動いていたから南北朝の状況がいつまで経っても解決しなかった、みたいな感じな理解に立っていたのが自分の理解でもあったのだと思う。
しかしこの「南朝の真実」はむしろそうした利害関係だけでなく、もちろん恩賞充行など「所領問題をいかにきちんと迅速に解決してくれるか」という利害調整能力の重要性を踏まえた上で、朝廷や幕府、あるいは武将や公家たち個人に対する「忠義」や「人間関係」もきちんと評価していこうという姿勢があって、つまりは「利害関係だけで動いていたから内紛が絶え間なかった」といういわば唯物史観的な見方ではないところで南北朝の内紛を評価する、いわば「人物評価」「人物月旦」的な視点をむしろ重視しているということがだんだん見えてきた感はある。
しかしこれは割と「わかりづらい」ところであって、私も著者の亀田氏のTwitterなどを読んでいることから「人物評価」という視点が著者にあることを知っているので理解できるけれども、「人物評価」だけでできていたような明治大正期に書かれた歴史とは一味違うものの大きく言えばそこに回帰しているとも言える描きぶりが、魅力的でもあり危うくも見えるというところはあるのかもしれないと思った。
そういう意味では副題の付け方や章題の付け方も読む人間にとってはミスリードに見えてしまう部分もあるような気がする。というか私自身はちょっとミスリードされた印象はなくはなかった。かなりメタな視点で見ないと著者の問題意識が本当にストレートには見えてこないように思う。
まあそういう感じで最後までまだ読んではいないので、最後まで読んでからまたもう一度この著のスタンスについて確認してみたいと思った。
というような感じで本を読んでいたのだが疲れてきたので夕方になって出かけて、まあしかし出かけてもこの状況でもあり書店くらいしか行くところがないのだが、岡谷に行って仕事に必要な書籍を買おうと思ってついでに人文書をのぞいて、結局国谷裕子「クローズアップ藝大」(河出新書)と内田樹編「日本の反知性主義」(晶文社)を買ってしまった。これらも少し読んだところで既にいろいろ感想はあるのだが、次回に回したいと思う。
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