「新説の日本史」:各時代・各事件の解釈が深掘りされている印象
Posted at 21/05/30 PermaLink» Tweet
「新説の日本史」読了。古代史は河内春人さん、中世史は亀田俊和さん、戦国・安土桃山史は矢部健太郎さん、江戸時代史は高尾善希さん、幕末史は町田明広さん、近現代史は舟橋正真さんという1962-82生まれの気鋭の学者さんたちによる各分野の最新研究の概観。面白かった。
古代史に関する感想は別に書いたので、そちらの方を見ていただければと思う。
中世史の亀田さんの担当部分は、Twitterでもいつも言説を拝見し、また最近この辺りの本を結構読んでいることもあって、割合納得できる感じの話が多かった。印象に残ったのは、承久の乱の故事を後醍醐天皇が参考にしていたという話や室町幕府の風習の一つとして要求を将軍に飲ませるために「御所巻」を行ったという話など。それから応仁の乱と関東の情勢の関わりについて。足利義政の管領家への介入政策と関東への介入には関連性があるというのもなるほどと思った。
戦国史に関してはもともと在京を義務付けられていた守護大名が在地に帰ったのが戦国時代である、という見方がなるほどなあと思った。それから足利義輝の暗殺も通常の御所巻が現場の武士たちの暴走によってハプニング的に起こってしまったアクシデントだという見方もなるほどなあと思った。織田信長の特異性は上洛して将軍家を再興しあるいは天下人になるという発想をしたこと自体である、というのもなるほどと思った。
それから豊臣秀次の切腹は秀吉の命令ではなく抗議の自害であり、それを糊塗するために妻子眷属を処刑せざるを得なくなった、というのも凄惨な話だが筋は通っていると思った。
関ヶ原の戦いも徳川史観によって潤色された部分が大きい、というのはこれは割と子供の頃から思っていた。家康が会津攻めという口実を得て上方を出たのはむしろ豊臣大名に取り巻かれた状況を脱するためのいわば脱出だったという見方はああなるほどと思った。
豊臣政権において自らが関白の位についた秀吉は武家官位制により自らを摂関家(近衛家などの五摂家)待遇、五大老たちを清華家(三条・西園寺・久我などの太政大臣になれる家柄)並みの待遇にしていたというのは初めて聞いた。関ヶ原後の処分で石田三成が処刑されたのに宇喜多秀家を処刑しなかったのはちょっと不思議な気がしたが、清華家の公卿を処刑することは数百年来の禁忌だったからだ、というので初めて納得できた。何しろ秀家は従三位権中納言なわけだから。
江戸期については、「御江戸」の「御」は首都であるという意味の美称、「大江戸」の「大」は経済的な繁栄を表す、という話でふうんと思った。微妙な話だが「御家人株」はあり得ても「旗本株」はあり得なかったという話。これはそうだろうなと思ってはいたが確認できたという感じ。また武士の当主は常にいつ呼び出しがかかってもいいようにしておかなければならなかったので勝手に旅行とかはできなかったというのもなるほどと思った。林子平とかが国中飛んで歩いているのは彼が部屋住みだったからなのだな。
また江戸の大名たちが拝領でなく個人的に買った屋敷(抱屋敷)は村部にあるので年貢を払わなければならなかったという話も面白いなと思った。
幕末の話で面白かったのはやはりなんといっても坂本龍馬が実質的に薩摩藩士だったのではないかという話だろうか。この辺の町田さんの本は買ってはあるのだがまだ読んではいないのでそのうちまた読んでみたいと思う。この説は以前から知ってはいたがそんなことあるのかなと否定的に捉えていたのだが、読んでみて特に他に実際土佐藩から薩摩藩に移籍した武士がいたということを知ってなるほどと思ったところはあった。なぜ龍馬が薩摩藩の船を勝手に動かしてるのかとか割と疑問だったので、その辺はそう考えると納得できるなとは思った。
またいわゆる薩長同盟はそこで本当に同盟関係が成立したというよりはその後の木戸の薩摩訪問による軍事同盟成立に至るための交流の始まりとして捉えるべきという視点も説得力はあるように感じた。
あとこれも細かいことだが黒田清隆がおっちょこちょいだったという話が可笑しくて、彼は後年酒に酔って妻を殺してしまうのだが、これもひどく粗暴な人柄というよりは単なるおっちょこちょいによるアクシデントだったという方が納得できるなと思ったのだった。ただ粗暴なヤツが首相にまでなれないだろうと。
安政の「不平等条約」についてはこれを幕府の不手際ないし弱腰と取るのは後知恵であって幕府の外交方・岩瀬忠震はいい仕事をしているというのはこれはそうだろうと思った。領事裁判権についてはこの時には日本人が海外に行くということは想定されていないから片務的になるのも当然だし日本人と外国人が関わること自体が想定されてないのでそこを取り上げるのはどうかという主張で、まあそれはそうだろうなとは思った。関税自主権についてももともと安政条約では20%というかなりの高率になっていたので批判する謂れはなく、改税約書で5%に引き下げられたのは下関戦争の賠償の担保のためなので長州藩のせいであるというのは割とおかしかった。
近現代史に関しては日露戦争は情報戦での勝利が大きいというのがなるほどと思った。これは明石元二郎のロシアでの情報収集や工作活動だけでなく、日英同盟によってイギリスの情報網を使うことができたというのが大きいというのを読んで、なるほど渡部昇一や岡崎久彦が「アングロ・サクソンとの同盟が重要」と主張するのもわかる気がした。彼らがユダヤ人との連携を強調するのも恐らくは同じ意味なのだろうなと思う。
対米開戦に関しては結局陸海軍が開戦の責任も外交で妥結する責任も取りたくなく両者と近衛の間で責任を押し付けあっていたためにっちもさっちも行かなくなっている時にハルノートを突きつけられて開戦せざるを得なくなったという話がまあ滑稽だなと思った。日本の役所の悪いところが全部出てしまったということなのだろうなと。
戦後も昭和天皇は「内奏」と「御下問」という手段によって政治に影響力を持ち、特に佐藤栄作との関係は事実上「君臣」の関係であったという話は興味深かった。昭和天皇が共産主義に恐怖を持っていたというのは根拠がよくわからなかったが、それによってアメリカとの協調路線や沖縄を米軍が軍事占領することを天皇自身が提案したという事実は知らなかったわけではないが結構重いことだなとは思った。
いろいろと戦後史でよくわからないところ、外交特にアメリカや中国との関係については実質的に天皇の意思が反映されているところがあると考えると腑に落ちるところはあるなとは思った。たとえば岸信介が戦後強い反共政治家になるわけだが、革新官僚であった前身を考えるとなぜ?と思うところもあり、ソ連や共産中国の実態を知ってということだけでなく昭和天皇の意思が反映しているとしたらより納得できるなと思う。そういう反共路線などが最も良い結果につながったかどうかは一概には言えないにしても。戦後も慣例や憲法の曖昧な部分を包み込むような形で天皇という存在は実質的な立憲君主として機能している部分はあったし、そしておそらく今なおあるのではないかという気はした。
とりあえず思ったことを列挙する形になったが、まあこういう新しい意見が出てくるところが歴史研究の面白さであるなということは再確認できたなと思う。
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