「小林秀雄の政治学」と「上から目線の啓蒙者はなぜ批判されるのか」
Posted at 21/04/28 PermaLink» Tweet
フランシス・ベーコンのことを考えていたので書店に行って岩波文庫などでベーコンの著作がないかと思って探したが、なかった。地元の書店ではある本は限られているので、思いついたものを読むには結局amazonで取り寄せることになるのだが、本を物色していたら面白そうなものが何冊かあったので買った。中野剛志「小林英夫の政治学」(文春新書)、ノーマン・マクレイ「フォン・ノイマンの生涯」(ちくま学芸文庫)の2冊だ。それからもう一冊宮沢賢治と彼の書いた文字曼荼羅の本があるのだが、これはまた改めて書こうと思う。
「フォン・ノイマンの生涯」は読み始めたばかりだが、この本は面白い。才筆で、あまり知識がない私が読んでも充分面白い。イデオロギー的に構えたところがないからだろうなと思う。最近主義主張的な本ばかり読んでいて胃もたれしている感があったので、こういう本をヒマに任せて読んだら面白いだろうなと思う。まだあまり読んでないので読み進め始めたら時々感想や思ったことを書いていこうと思う。
「小林秀雄の政治学」は、割と思っていたけれどもこの視点からの小林秀雄分析はなかったように思うので、これもとても面白い。小林秀雄は一時結構読んだので割と親しみがあるのだが、自分にとっては同時代人という意識があるのだけど世間的にはどう思われているのだろうかと思い、ちょっと関連する人物と並べてみた。
小林秀雄 1902-83
白洲次郎 1902-85
宮本賢治 1908-2007
福田恒存 1912-94
林健太郎 1913-2004
丸山眞男 1914-96
出光佐三 1885-1981
永田鉄山 1884-1935
東條英機 1884-1948
鳩山一郎 1883-1959
吉田茂 1878-1967
私の祖父の一人が1903年生まれなので小林はほぼ同世代、曽祖父が小学校で永田鉄山より一学年上だったので鳩山・東條・出光などは曽祖父の世代ということになる。福田や丸山は大正生まれだから小林より10年ほど下、吉田茂が明治11年生まれでこの中では最も年長というのも意外と言えば意外である。
私より60年上の小林秀雄の感覚はもちろん完全に同世代ということはないにしても、わかる気がするのだが、それより10年下の丸山らの世代はやはり問題意識の持ち方が変わっている感じがする。出光は終戦時に60歳、つまりは明治が終わったときに20代後半だった世代で、明治の空気が身に付いている世代という感じがする。
現代でも団塊の世代、新人類世代、団塊ジュニア、氷河期世代、ゆとり世代などさまざまに世代論はあるが、戦前でもやはりインパクトのある時期にどのくらいの年代だったかはかなり思考に影響があると感じられるから、そういうことは頭の片隅に置いて読んだほうがいいと思われる。
小林がデビュー作の評論「様々なる意匠」を昭和4年(1929年)に雑誌「改造」の懸賞に応募したとき、彼は次席になって賞を取ったのは宮本賢治の「敗北の文学」であったのは有名な話だが、そのことからも当時から文芸批評と政治は切り離せないものであったことはわかる。
「小林秀雄の政治学」では実生活から切り離された理論=イデオロギーは「意匠」に過ぎない、という小林の論点を指摘しているが、この中で小林はマルクスやレーニンを否定はしていないところが興味深い。彼が否定しているのはマルクス主義者やレーニン主義者であって、一般の人々が「生活実践に埋没」しているように、彼らは「理論の実践」に埋没していると批判している。
この辺りは現在のTwitter議論と本当に相似形になっているわけだけど、フェミニズムやポリコレの意識高い人たちが「生活に埋没」している人たちを啓蒙しようと無理な軋轢を起こして、Twitter上の保守的な人たち(意識高い人たちはネトウヨと呼ぶ)から「頭でっかちな理論に埋没している」と批判されているのと同じ形になっている。
小林が理論についていい中野氏がうまくまとめていると思うのは、理論というのは生活実践の中で生まれ、その過程では生命を持っているけれども、それが一度テーゼとして成立すると生活実践とのつながりは失われて「死」を迎えてしまう。しかしそれは言葉で書かれているため、滅びないわけである。従って理論は「不死の死」になるというわけである。つまり、理論は言葉で表現されるために言葉の限界を背負っているので、その言葉がいかに現実をうまく表現できるかにかかっているというわけだ。そしてそれを表現するためには文体が必要であり、その文体は個人の経験にかかっている。そしてその巧拙は才能を表現しているわけで、そこで天才はその独創性と個性を以って事物に接近した理論を構築できるというわけである。
とはいえ、言葉は世界を表現するには力不足なので、それを正確に表現しようとした複雑な言葉は難解と拒絶され、平板な通行しやすい言葉がもてはやされる。それが意匠と化した思想であり、イデオロギーなのだ、というわけだ。
従って理論も文学もそもそもは実践そのものであり、実践と切り離した文学はないと小林は考えるわけで、その方面から「実践のための文学」を主張したプロレタリア文学は誤っていて、同時に実践と切り離した「芸術のための芸術」を主張した芸術至上主義・耽美主義の考え方も間違っている、とするわけだ。実践とはすなわち行動、つまりは政治と切り離せないものだから、つまりは文学そのものが政治と切り離せないということになる。個人は世界の中に存在し、世界の中にある個人の主観は、客観と未分化であるから、実践と理論は本来切り離せないものなのだ、ということだ。
これは物理でいう観測者問題みたいなものと類似していると思われるし、小林の発想自体が当時勃興していた量子力学の視点が入っているのではないかという気がするが、物理は確率という概念でそこを乗り越えようとし、小林は個人が世界内存在であるという「ありのままを受け入れよ」と主張しているのかなと思う。
いわゆる「上から目線」というのは、生活者の次元と別次元に自分たちがいるものとし、生活者を批判することに対する反発からくる言葉であるけれども、つまり「意識高い人々」というのは生活者が生活する世界外(あるいは上)に自分たちがいると考えているわけで、自分たちの「意識高い理論」が生活者世界に「貢献」つまり「押し付け」られるためには生活者世界の混乱など大した問題ではない、と見なすのは例の車椅子の社民党幹部の行動やそれを支持する人たちの言動を見ていれば感じ取れることだ。
この辺りの運動が行き詰まっているのは、「こうすればこうなるはず」という楽観的な、というか「古典的な啓蒙」の論理が行き詰まっているということであり、量子力学的に言えばもっと「確率」を考えろということになるのだと思う。JRが新しいルールに対応しているか「観測」するために一悶着を起こすことでかえって社会の批判を浴びるのはまさに観測者問題であって、観測がデモンストレーションを兼ねるような行動形態自体が批判されているわけだ。
社会を変えていくためには「圧力」が必要な場面もあるかもしれないが、「共感」も得られなければ続かないだろう。自分たちが「社会外部から来た意識高い啓蒙者」であるという立場よりは、「社会内で生活実践をするためにこのような困難を抱えている」と訴えたほうが伝わる可能性が、今という時代にはある気がする。
今日はこんなところで。
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