明治精神と社会有機体論:保守主義はどのようにして可能になるか
Posted at 21/03/09 PermaLink» Tweet
「明治史研究の最前線」の思想史のところを読んでいて、「最前線」について考える前にもう少し「従来の概説」のようなものを読んだ方がいいなと思い、明治史の概説書をめくってみたらこれはあまり思想史について書いてはいなくて、いくつか本を見ていた。
父が持っていた本の中に松本三之介「明治精神の構造」(新NHK市民大学叢書8、日本放送協会出版、1981)というものがあり、これが文字通り「明治精神」について考察していて保守主義について考えるためにも重要だなと思いながら読んでいたのだが、概説的に思想史を述べていて「明治精神のバックボーン」という章の後に福澤、植木、中江、蘇峰、政教社、内村、平民社と概観しているのでこの辺りをまず読んでおけばいいかと思って少し読んでいた。
「明治精神のバックボーン」の章で挙げられているのが「国家主義」「進取の精神」「武士的精神」で、この辺り1981年という時点では政治学者でもこういう本を書いていたのだなと思ったのだが、私が知りたい「保守主義の起源」を考える上では役に立つだろうと思い、読んでいた。
すると第2節「進取の精神」のところで明治10年にエドワード・モースによって紹介された日本に紹介された「進化論」の思想が思想史上も大きな影響を与えたとあり、特に幕末にすでに天賦人権説を紹介していた加藤弘之がこの影響で一転して天賦人権批判に回った、ということに関心をひかれ、ネットで情報を集めてみて、佐藤太久磨「「社会進化論」と「国際民主主義論」のあいだ ー加藤弘之と吉野作造ー」(立命館大学人文科学研究所紀要96)という論文が見つかり、それを読んで驚いた。
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/hss/book/pdf/no96_01.pdf
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/hss/book/pdf/no96_01.pdf
進化論はもちろん生物の進化についての理論なわけだが、それを社会についても当てはめる「社会進化論」がハーバート・スペンサーらによって唱えられ、各国で流行した。それは国家=社会もまた人間と同じように「進化する」という考え方で、進歩主義やマルクス主義的な「革命の必然性」についても適合的な理論なのだけど、そこには「社会は人間と同じような有機体=生物である」という「社会有機体論」が関係してくる。
つまり、国家や社会も人間と同じ「生物」であるから「進化する」、人間が成長するように「国家・社会も成長・進化しなければならない」という考えにつながり、これはかなり広範な影響を与えたようだ。Wikipediaだったか、社会進化論の項目でスペンサーと会見した板垣退助が日本に対する差別的な取り扱いについて苦情を言うと、「日本のようなまだ議会制度もない進化していない国は対等に扱えない」と喧嘩に拒絶されたのだという。そう言うこともあり、日本では官民あげて議会制度を導入することに熱心になったと言うこともあるようだ。
社会は道徳的に進化しなければならない。そう言う考えは憲法が制定された進化した国家においては、人々の人権も認められなければならない、人権は天から与えられたものではなく、国家が制定した憲法によって守られる「制定後権利」であると加藤弘之は主張を転換したのだという。
この記述は私にとって衝撃だった。と言うのは、私は中学生以来、「なぜ民主主義が「正しい」制度なのか」と言うことについて考えてきて、ずっと答えが見つからないでいたのだが、社会有機体論とその合理化されたバージョンである法人国家論の存在を知ったとき、「契約的国家観」や「人は生まれながらにして人権を持つ」と言う考え方もまた、「一つの考え」であり、絶対的なものではないのだと言うことを理解して、ようやく納得したからだ。
つまり現代の多くの国々はこの「契約国家観」や「人権思想」を「採用しているに過ぎない」ので、普遍かつ不変の真理などではない、と言うことを理解したからだ。その上で、人権思想や契約国家観をとりあえずは支持する、と言うポジションを取れるようになったのは、自分にとって非常に大きい出来事だったからだ。
法人国家論から導き出される一つの理論に天皇機関説があるが、これが理解しにくいのは現在の契約国家間とは違う原理で成り立っているからだ。これは立憲君主制を正当化するには適した理論であり、敗戦後の憲法改正の時にも松本案は(ちゃんと読んでないのでおそらくだが)法人国家観に基づいたものであったのが、GHQによって強制された憲法が契約国家観と人権思想に基づくものであったことは今更書くまでもない。
つまり、「保守主義」の観点から考え、検討されるべき「明治精神」と、我々の社会についての考え方の最も根本的な違いは、「法人国家観」と「契約国家観」の違い、人権が「制定前権利」であるか「制定後権利」であるかの違いだと言うことになる。
この違いは恐らくは見た目よりかなり大きいので、その隙間をどう埋めて「保守主義」を連続性のあるものにするのかと言うのはかなり大変な作業になると思われた。
しかし、たとえば大正デモクラシーの人権論や平和論が「国家は道徳的に進化しなければならない」と言う理念に基づいて出てきたものである点に関しては、考えなければいけないところがあると思う。
現代の人権思想が弱者の保護に熱心なのはいいが、それが転倒して「弱者権力」のような現象が起こっていることについて、現代の契約国家観や人権思想ではそれを是正する理論が出てこない。フェミニズムやポリコレなどそこにつけ込んだ運動が猛威を奮っているのもそう言うことではあるだろう。
ただ、「道徳的に進化すべき」と言う考えに基づいた時、エログロナンセンスなどはどのように受け入れられていくべきか、またそこが議論の対象になると言うこともあるだろう。
この辺りのところはかなり難しいのだけど、考えていくべきテーマがかなり多いなと思った。
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