「近代の呪い」読了:最後の民衆反乱/日本の保守主義のスピリチュアリティについて
Posted at 21/02/26 PermaLink» Tweet
2月は逃げるというが、もう26日。3日後にはもう3月だ。普段より「月末」の仕事を早く片付けなければならないのが2月の慌ただしさなんだなと思う。
渡辺京二「近代の呪い」読み終わった。今日は「つけたり」の「大佛次郎のふたつの魂」について。この話は東日本大震災の三日目に行われた講演の内容。私は大佛次郎は読んでいないので大佛次郎評として読むのは難しいのだけど、大佛次郎の作品の中で『ドレフュス事件』『ブゥランジェ将軍の悲劇』『パナマ事件』『パリ燃ゆ』の4作品は渡辺さんは「社会講談」と言っていて、基本ノンフィクションという姿勢で書かれているようだ。これらは全てフランス第3共和政の成立と19世紀終盤のその後の危機についての作品。
「パナマ事件」はスエズ運河を開削したレセップスがパナマ地峡にも運河を作ろうとして難航し、資金を集めるために何度も債権を発行したが、最終的に会社が破綻して債権は無価値になった。しかしこの債券発行の際に政治家に賄賂が使われたと報道され、一大疑獄事件となったが、この時に工作を行ったのがユダヤ人財務顧問たちであったため反ユダヤ感情が高まり、ドレフュス事件の土壌をつくることになる。
「ドレフュス事件」は明らかなユダヤ人差別でフランス政界はドレフュス派と反ドレフュス派に分裂して抗争したが、パナマ事件で疑いを受けた多くの政治家がドレフュス派として復権を目指したため、国民の中にはドレフュス派に反感を持つ人も多く、ドレフュス事件は紛糾することになったのだと言う。
大佛次郎は最初議会制民主主義の精華として第三共和政とドレフュス事件を取り上げたが、第三共和政の実態を知るにつれ、議会制民主主義について疑問を持つようになり、最終的に第三共和政を成立させたきっかけとなったパリコミューンを描く。それが「パリ燃ゆ」だが、ドイツ軍の軍事力でパリコミューンの民衆を制圧したことによって成立した第三共和政はある種の原罪を背負っていたわけで、そこを描くことで大佛さんは「歴史の深淵」に降りて行ったと渡辺さんは表現する。
そして「パリ燃ゆ」で描いたのは、何が正しいとか間違っているということではなく、ただ単に市民たちの美しさについて書いたと。「民衆は仲間との共同的な生活につながれて、そこで満ち足りてい気にする存在」なのだと言う点に、大佛さんは到達したと渡辺さんはいう。
進歩的な自由主義者、議会制民主主義者、敢えて言えばグローバルスタンダードを描こうとした大佛さんが、最後にはローカルなその土地に生きる民衆を描くことになった、そのことの意味をどのようにとらえるか。パリコミューンは世界最初の共産主義革命だと言う人もあるが、そんな抽象的主張のための戦いではなかっただろうし、それは共産主義者たちがパリコミューンをある意味横取りしたとも言えるのだろう。渡辺さんの言に従えば、パリコミューンは「最初の共産主義革命」ではなく「最後の民衆反乱」であったととらえるべきなのだろう。
大佛さんが、また渡辺さんがひかれたのも、この「民衆の美しさ」なのだと思うが、それを踏まえてみると、「パリ燃ゆ」もそうだが渡辺さんの「逝きし世の面影」もちゃんと読んでみたいと改めて思った。
* * *
しばらくずっと「保守主義」について書いているのだけど、保守主義というのが何を保守するのかというのは多分日本の場合は人によって違うところがあるんだろうなと思う。バークの言う「国家と暖炉と墓標と祭壇」に共感できる人が日本にはどれくらいいるのだろうか。
保守というのは「進歩派・リベラルでない」というアンチの、否定的な定義が基本は強く、ネットで保守を自認している人たちも現在のいわゆるリベラルに対する反発の表現として自らを保守と定義する人が多い気がする。中には韓国や中国に対する強い反発を持っている人が多く、それが過ぎると「ネトウヨ」などと表現されるようになる。
もう一つの傾向はリベラル派の「非科学的」な言動、特に「放射脳」と言われる福島原発事故の影響の「過大評価」や「反ワクチン」「ヴィーガン」などに対する反発、表現の自由を制限しようとする「ポリティカルコレクトネス」や「フェミニズム」に対する反発などが共通しているように思う。もちろんそのスタンスはそれぞれなので、この問題に関しては「いわゆる保守」の中には入らない、という人が多いだろう。
いわゆる「保守派」の中には宗教の系統を引く人たち、「生長の家」の系統の「日本会議」のシンパの人たちもいるわけだが、ネット保守の人たちはそういうリアルでの宗教的な繋がりを持っている人はあまり多くないように感じられる。家族を大事にする人が多いように思うし、社会科教科書の行きすぎたポリコレに呆れている人も多い。その辺り、ネットで見る保守の人たちは科学を尊重するという意味で「理性的」であり、行きすぎたリベラル理念に反対し自民党政府の折衷主義的政策を支持するという点で「現実的」である人が多いように思う。経済政策に関しては現在の政府の緊縮主義的・ネオリベラリズム的な路線を支持する人と、財政出動的なケインジアン的政策を支持する人の両派に分かれているように思う。
あとはアカデミズムに対する反発が強い人が多いということだろうか。一つの大きな要因は日本のアカデミズムが左翼リベラル思想に強く染まっているということが一つあるだろう。現在のアカデミズムは脱神話化、政治思想にしても社会思想にしても超越的なもの・伝統的なものを動員せずに、つまりウェーバーの言うところのカリスマ支配も伝統支配も否定して合理主義のみでの政治社会体制の構築の方向へ行こうとしているけれども、やはりそこには限界があって、「人間がなんでもできる」、時には物理的・生物的に限定された存在である人間というものの現実を無視して理念で社会を構築しようとする危険のようなものが察知されて避けられていると言う点もあるような気がする。
ただいずれにしても、日本の保守は「国家・暖炉・墓標・祭壇」のうちの、祭壇つまり宗教・精神性の部分が「弱い」感じがする。国家は皇室制度と自民党政権の継続性、暖炉は家庭・家族の重視、墓標はたとえば靖国神社の問題で日本の保守にもあると思うのだけど、宗教性=スピリチュアリティの部分について、日本会議や創価学会などの「宗教保守(と一概に言えるかと言う問題もあるが)」を除いて避けて通っている感がある。
もちろんオークショットの会話的な保守(とでも呼べば良いのか)、ハイエク・フリードマンなどのリバタリアニズムならば宗教性はあまり考えずに済むのだけど、おそらくこれらの考えが全ての保守派を包含することは結構困難なことだと思う。従って、「保守主義」を考える上でも宗教性=スピリチュアリティの問題は無視することはできないと思う。
保守主義を支える日本人の精神性という問題については、それこそこれも脱神話化が進んでいる面もあり、よりしっかりと考えなければいけないけれども、伝統宗教の問題、新興宗教の問題、いわゆるスピリチュアリズム、「自然との共生」観念、伝統的な右翼的な思想、そのほか様々な面から日本人のスピリチュアリティを考えていく必要があると思うのだけど、これらの中にはリベラル的なロハス思想方面に流れ込んでいるものもあるし、その辺りのことも整理しないといけないなと思う。
ちょっと思ったことをメモしておく。
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