「近代の呪い」を読んで(3):「自由の専制」「恐怖なき徳は無力」という現代に受け継がれる革命家の「夢」
Posted at 21/02/24 PermaLink» Tweet
渡辺京二「近代の呪い」第3話「フランス革命再考」を読んだ。
私はフランス革命は専門的に研究した時期があったのだが、それからもう20年以上経ち、知見的にも新しいことが出てきているのと、研究をめぐる情勢、社会をめぐる情勢などもいろいろと変わり、また自分自身も考え方にかなりの変化や深化も起きていて、改めて渡辺さんの「まとめ」を読むと専門外の方であっても近代批判のフィールドがしっかりしている方の読みはかなり深いなと思うし、問題を的確に把握されているなあと思った。フランス革命の全体的なイメージをつかむためには、この講演はとてもいいと思うので、フランス革命やフランス近代史を学び始める一つの入門編として勧められる内容だなあと思った。
フランス革命は近代の成立のきっかけであり人権思想成立の画期であったと言う神話が成立していたわけだけど、特にフランソワ=フュレらによってその脱神話化が進められ、現在では当初「修正主義」だと批判を受けたフュレらが進めた研究の方向性が主流になっていて、より自由な研究が進められると共に、革命の暗黒面などもいろいろと研究が進んでいる。
歴史研究における脱神話化というのは日本でも南北朝・室町期の研究なども含めて色々な方面で進んでいて、ナチスの研究についても最近の研究動向を読んでかなりそれが進んでいることは感じた。
これらの研究は「修正主義」と言われることは多くはないけれども、もともと「修正主義」という言葉は社会主義革命を目指すマルクス主義者らによって体制内での議会闘争を通じて労働者の権利を実現していこうとする現実的・非暴力的な路線に対する罵倒として使われた言葉であり、革命ではなく議会内での漸進主義を取るならばその方向性は全て修正主義であるはずなのだ。
したがって本来、ナチスのジェノサイド=ホロコーストを否定するような議論を「歴史修正主義」というのは不当であり、「修正主義」という言葉にプラスの側面を見たい立場としてはその言い方はやめてほしいのだが、ホロコースト否定論者は自らの主張を「歴史修正主義」と称しているとの話もあり、左翼方面からの保守派による「神話の見直し」への批判に「歴史修正主義」という言葉が使われているのは大変残念な感じがする。
それはともかく、渡辺さんはバークの名前を出してはいないけれども、ほぼバークによるフランス革命批判と同じ方向での革命批判を述べておられるし、イギリスもドイツもフランス革命のような大規模な騒乱なしで近代国家を作ったことを考えると革命は不可欠なものではなかった、と述べられていて、保守主義の漸進主義の妥当性をも認めておられるのだなと思った。
革命批判の中心は二つ、ここは新しいことではないけれども強調しておくべきことだと思うので書いてみると、一つはロベスピエールら革命急進派のメンタリティは、「自由」とか「人権」などとはかけ離れたものだったということ。当時のモンターニュ派の独裁は「自由の専制」と称し、また彼らの政敵は「自由の敵」「人民の敵」とされて断頭台に送られたわけだが、「自由の専制」という言葉自体の矛盾が最も的確に表すように、「革命の方向性に反対するもの・批判するもの」に対しては自由も人権も認めていなかったわけである。
革命家たちを動かしたのは階級的利害(つまり好き勝手する自由)などではなく、「理性による人類改造の理念」であり、それを動かすのは例えばロベスピエールにとっては共和主義という新しい徳性の持ち主、「一切の利己心を捨てて全てを公共善の実現のために献身する」市民でなければならないという信念だったわけで、そうした市民による社会を何がなんでも実現しなければならない、そのためには自由の敵は排除しなければならない、「恐怖なき徳は無力である」としたわけだ。
このメンタリティはロシア革命にも、中国革命にも、あるいはナチスによる「国家社会主義革命」にも受け継がれたことは間違いない。そして現代のポリティカルコレクトネスやフェミニズムの主張者たち、ヴィーガンや太地の鯨漁を妨害する環境主義者たちにも受け継がれていて、「我々の正しい思想は皆に教育されなければならないしそれを受け入れられないものたちは排除されなければならない」となるわけである。フェミニストが当然のように「性犯罪者の断種」などを主張するのは、恐怖政治家のメンタリティの継承という側面と見ることはできるだろう。「恐怖なきポリコレは無力」なのだ。
二つ目はヴァンデ反乱について。西部の貧しい農民たちが革命政府への宣誓を拒否した貧しい司祭たちを中心に、革命政府による革命戦争への大規模な徴兵に反対して起こした反乱を、政府は反革命と位置付け、徹底的に弾圧し、「地獄部隊」と呼ばれた連隊を派遣して、現在なら確実にジェノサイドと言われる絶滅戦争を行なった。彼らはそれでも滅びずに、テルミドールの反動後にキリスト教=カトリック廃止の宗教政策から宗教的寛容さくに切り替え流ことによってようやく収束に向かい、最終的にはナポレオンのローマ教皇とのコンコルダート(政教和約)によって集結を迎えることになる。(この辺りは書いてあることではなく補足)
渡辺さんが強調しているのは、フランス革命こそが近代に何度も繰り返されてきたジェノサイドの先駆であるということであって、国民国家を成立させたということとジェノサイドの先駆になったということは確かに近代国家の成立と言えると述べられているわけだ。
こうした観点から言えば渡辺さんはかなり正統的な保守主義者と言えるんじゃないかなと思いながら読んでいたら、最後の締めとして「私は若い頃と同様、今でも自分が左翼であることに苦笑します」と言っていて、そうか自己意識としては左翼なんだなとへえっと思った。しかし、西部邁さんや香山健一さんもそうだが、代表的な保守主義者は左翼からの転向者が多いのもまた確かなので、その辺りとそういうメンタリティは本当はそんなに遠くないのではないかと思った。
渡辺さんによれば自分が左翼であると思うのは、「知識人による過去を否定した、新しい人間による新しい社会という理念がいかに危険な思い上がりであるか」を痛感するけれども、「民衆もまた心の奥深くで「すべてのものが新しく生まれ変わる弥勒の世」の実現を求めているのではないか」とも指摘し、こうした「夢」がなければ「この世にささやかな良きものをもたらす現実的な行動」もまた生まれないのではないか、と考える点で「夢」を否定できない、だから自分は左翼である、というわけだ。
この辺りは難しいけれども、自分という人間が「良い人間」を目指すことは大事なことだが、「すべての人間を自分が目指すのと同じ良い人間にしようとする」のは極めて危険だということなのだろう。バークも彼個人としては熱い理想主義に燃える人間だったけれども、すべての人の人格を改造しようとするような革命には強く反対した。ヨーロッパの保守主義は渡辺さんのいうような「大人の現実主義」に基づいたものだと言えなくはない。
しかし、アメリカの保守主義はまたそれとは全く違って、「それぞれのコミュニティがそれぞれのユートピアを目指す自由」みたいなものを主張していて、これもまだはっきりとはわからないけれども、その一つの答えになり得る可能性はあるのではないかという気はする。
左翼が結局は「自由の専制」を目指すことになるならそういう思想に私は与せないし、自分は左翼ではないなあとこれを読んで改めて思ったのだった。
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