アメリカの保守主義(3):伝統保守、リバタリアン、ネオコン/アメリカの思想の流れと日本社会への影響
Posted at 21/02/20 PermaLink» Tweet
アメリカの保守の中でも一番基底にあるのが伝統的保守を支えるいわゆる宗教保守、特に福音派と言われる人たちだと思う。これらの存在については森本あんり「反知性主義」でも少し読んでいたが、今回の「保守主義とは何か」も読み、またいくつかネットでも調べて、だいぶイメージができてきた。
色々読んでみて思ったのが、彼ら宗教保守にとって最も重要なのが「回心」体験なのだなということだった。回心というのは古くは聖パウロ、あるいは聖アウグスティヌスの回心が思い浮かぶが、要は超越的な神の存在を感得し、それによってキリスト教に改宗した、或いは信仰を固めた特権的な時間の体験だと言っていいだろう。こうした回心は生涯一度のこととされ、信心深いものに神が起こす奇跡であると捉える向きもあった。
アメリカ史上ではこうした回心が集団的に発生した出来事が2回あり、「大覚醒」と呼ばれている。これはキリスト教会の伝統的でない、或いは正統的でない説教者が都市や村を巡回し、熱烈な説教を行なったことで引き起こしたものだ。時には野外キャンプのような場所で説教が行われ、多くの人が回心を体験した事実は、まるでウッドストックのようだなと思った。
つまりはこうした説教などの機会に覚える宗教的感動を「回心」と捉えたのだろうと思うのだが、その中身については本人しかわからないことだと思う。ただ、言い方を変えれば回心とを絶対視するということは「実感信仰」ともいえ、そうした「感動」の体験によって動かされることは批判されることも多い。
現代でもメガチャーチで行われる牧師の説教で感動の涙を流す人々は多いわけで、その伝統はずっと受け継がれている。
こうした感動体験に関しては当時から批判もあり、特にハーバード大学などの課程を終えた知性派の宗教者たちは、こうした回心やそれをもたらす説教者たちに対して批判的だった。しかし自分たちの「信仰」を疑うそうした知的エリートたちに対して、これらの人々は強い反発を表明するようになった。それが「反知性主義」の起源であることは、森本さんの著作にも書かれていた。
また、GWブッシュ大統領は彼自身が「回心」体験を語る人であり、特に彼に対して福音派の支持が高かったのはそういうこともあったのだろう。
一方、リバタリアンの世界観に大きな影響を与えたのが新自由主義の代表とされるフリードマンや、リバタリアニズムの代表的思想家とされるノージックだった。フリードマンは「選択の自由」の中で「人々が自分の収入を何に使うかの選択の自由が重要」であるとし、その自由はFDルーズベルトのニューディール政策によって大きく損なわれたとする。高福祉政策が高貴な目的のためのものでも、再配分によって選択の自由が損なわれ、また政府の役割が拡大することで一部の人の利益が優先されるようになり、そうでない「一般の利益」が損なわれているとし、「支配階級」となった官僚、学者、報道機関を強く批判している。ここにも「反エリート」「反知性主義」が共通している。
またノージックは「アナーキー・国家・ユートピア」の中で「自然状態」から国家・社会の成り立ちを説き起こし、社会契約に基づく国家の成り立ちを肯定するのではなく、自然状態では治安や安全のための「保護協会」が要求されるとし、保護以外の国家の役割を否定する。「個人の所有権」を制限しようとする国家の存在に強い警戒を示す。また、人々のコミュニティがそれぞれのユートピアの実現を目指す多様性を擁護し、社会主義のような一面的なユートピアを人々に押し付けることを「帝国主義的ユートピア」と呼んで強く否定した。彼の議論はとても興味深いし、アメリカのコミュニティの理念型としても当を得ているように思う。
リバタリアンはこのように「個人の自由が政府によって制限されること」を強く嫌う人々によって支持された。したがってニューディール以前には彼らはリベラルとみなされる人たちだったわけで、「大きな政府のもとでの自由」というリベラル的な改革に対する反対を強めていた。近年それが実際に形になったのがオバマケアなどの福祉改革に反対するティーパーティー運動だった。彼らの主張によれば「政府の力で自らを豊かにする」福祉は「合法的な略奪」だとされていて、こうした動きに対する共感は熱心なキリスト教徒の間にも広まったため、「伝統的保守」との重なる部分が多くなったわけである。
三つ目の集団であるネオコンはもともとが左派からの転向者から成っているので、伝統保守やリバタリアンのような白人層を中心とした集団ではない。出自からしても、ネオコンを強く支持しているのはユダヤ人のようだ。彼らはもともとアメリカにおける少数派集団であり、それゆえにリベラルな民主党支持者が多かったが、民主党政権の中東政策がイスラエルに不利になることから支持を共和党に変えた人が多かったようだ。
ただ民主党の側にもネオコンに政策的にも人脈的にも近い「リベラルホーク」と呼ばれるグループがあり、これはオバマ政権でもバイデン政権でも要職についているようだ。むしろトランプ政権はネオコンに自由に仕事をさせず、ボルトンらの離反を招いた。これはトランプ大統領自身が国際主義にも米国の覇権維持にも消極的な伝統保守の孤立主義的傾向を持っていることによると思われる。
伝統保守、リバタリアン、ネオコン。これらの傾向の中には、新自由主義的な経済思想など日本に持ち込まれ、ケインズ主義に代わって大きな力を持つようになったものがある。
伝統保守は日本とは関係ないように思えるけれども、たとえばスピリチュアリズムなどもそういうもののひとつであるように思われる。スピリチュアリズムも神秘体験、いわば「回心」を重視してるなど宗教保守と重なる部分もあり、またリベラルに分類されるカウンターカルチャーの影響もうけているので、日本のスピリチュアリズムも上記のようなアメリカ的な文脈の中でとらえるとまた違う見え方をするようにも思われる。
経済学や経営学、能力開発や自己開発セミナー、スピリチュアルなども含めて多くのものがアメリカを起源として持ち込まれているけれども、そういうものもこうしたアメリカの文脈の中で生まれてきたものであることは考慮されるべきだと思うのだが、多くの場合はその部分が見落とされ、日本にあまりそぐわない形で導入されている例が多いように思う。
この辺のところは丸山真男が「日本の思想」の「たこつぼ型とササラ型」の文化類型で述べているのと同じ問題点があるわけで、アメリカの文化類型を理解したうえで日本社会にそれを「翻訳」し、適用していくことを心がけるべきではないかなと思った。そのためにはアメリカ社会・アメリカ文化の仕組みを理解しなければならないわけで、保守だけでなくリベラルも含めたアメリカ思想の全体イメージが、より広く日本でも理解されて行かなければならないのではないかと思ったのだった。
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