なんだかすごい貴族の保守主義とちょっといじましい我々平民の保守主義
Posted at 21/02/13 PermaLink» Tweet
昨日はナチスのことを読んだり調べたりしながら考えていたわけだが、ナチス自体が知りたいわけではなくてナチスが現代社会に及ぼした影響とか現代の諸思想・諸運動・様々なシステムなどにどういう影響を与え、どういう現代的な問題が残っているのか、などについて考えたかったわけだが、指導者原理というなんだかバケモノみたいなものが出てきてかなりうっひゃあと思った。
近代というのはそのバケモノのようなものを脱魔術化、脱神話化していくものであったわけだけど、近代自体が色々行き詰まってきた一つの現象がナチスだったわけで、それは第二次世界大戦後の日本と同じく、敗戦によって様々に近代的成長ができなかったことが大きいのだよなと思う。
ただナチスはこうであってはいけないという例にはなってもこうあれかしという例にはならないので、どうなればいいのかということで日頃私が考えているのは、経済的には社会民主主義的・ケインズ主義的な再分配政策で、政治的には保守主義ということになるなと思い、今日は保守主義について考えてみようと思った。
そこで手元にあった宇野重規「保守主義とは何か」(中公新書)を読み始めたのだが、はじめにのところを読んでいると「再帰的近代」という言葉が出てきて、つまりはこれは「近代が近代自身を近代化する」というようなことらしく、二週目の近代みたいな感じで、つまりは作り上げてきた近代自体を再構築し直すという感じだなと思った。
それが実際に行われた例がたとえば第一次世界大戦で挫折したドイツのワイマール化とナチス化だなと思うし、第二次世界大戦で挫折した日本の戦後民主主義のようなものではないかと思う。という意味では、ドイツや日本ではすでに相当前から近代のやり直しをやっているわけで、今に始まった事ではないような気もする。
社会主義圏が崩壊して以降のグローバル化の進展によってネオリベラリズムが世界を覆い始めたように、これもまた一つの再帰的近代化現象だろうと思うのだけど、グローバル化というのは国家の解体でもあったわけだけど、それに異議を唱える現象がブレグジットやトランプ現象であり、また近代が渋滞を起こしている。中世末期の貢納や軍役義務が金納化した時代を庶子封建制などと言ったが、現代はいわば庶子近代システムというような感じがする。
こうした時代に保守主義の意味というのはどうなるか、というのが「はじめに」のテーマであったが、確かに保守主義は「守るべきものは何か」が問題になる。私が先日、現代の保守主義が守るべきものは何か、それは抽象的な理念ではなく個別具体的な人やものではないか、と書いたのは、守るべき抽象的な理念そのものが溶解しているように感じたからだなと思う。
私などが考えても、守るべきものは伝統ではあるけれども、やはり自由や平等もまた重要であり、ただしそれらは国家を維持することを前提にしたものでなければならない、というような感じになる。伝統というものは国ごとに、まあ本当の単位はむしろ民族とでもいうべきものだとは思うが、異なるから、保守主義はとりあえずは国民国家体制を守るという方向に行くしかないのではないかと思う。ただ国民国家体制そのものが近代の所産なので、やはり近代そのものを云々するレベルからは離れられない。
「保守主義とは何か」で書かれている保守主義もまた、アンチテーゼとしての保守主義であり、フランス革命に反対したバーク、社会主義に反対したハイエクやオークショット、大きな政府に反対したフリードマンら、そして日本の保守主義という構成になっている。著者が左翼民主主義的傾向の強い人だからということもあるだろうけど、アンチテーゼとしてが保守主義の存在価値という描き出し方になっていて、確かにそういう面があることは否めない。
しかし「本物の」保守主義として一味違うものがある。それはツイッターで示唆をいただいたのだが、たとえばド・メーストルである。彼はサヴォワの伯爵であり歴とした貴族であり、革命フランスの侵入とともにスイスに、そしてロシアに移り、サヴォワを支配するサルデーニャ王国のために働いた。彼は理性よりも信仰を重視し、信仰内容に不合理な点があっても、それをまさに不合理であるが故に擁護し、信頼するという姿勢を示し、後の思想や芸術に強い影響を残した。
彼のゴリゴリぶりに比べるとバークは大変微温的に感じるし、保守主義といっても近代主義の亜種に過ぎないと思わされる。こういう部分は、我々が考える保守思想に、近代の良いところも前近代のいいところも両取りしたい、ある種のさもしさがあることを思い知らされてしまうわけである。
バーク自身は貴族でもなく、首相にもなったロッキンガム侯爵のブレーンとして活躍したに過ぎず、文筆一本で一代でその地位を獲得した人であり、彼が守るべきものと考えたのも名誉革命体制であるから、やはり近代的価値であるわけだ。その辺りはド・メーストルの清々しいまでの一貫性にはなかなか及ばない。
これは歴史の長い国にあってはどこもそうだけれども、こうしたことを論じる論者としては、ド・メーストルのような伝統的な貴族階級の人と、学歴や文才など様々な手段によって発言する地位を獲得したバークのような庶民出身の人がいて、その両者には社会的背景からやはり違う思想が生まれ育つのではないかとは思う。
私はたとえば天皇制、というより皇室制度を維持すべきだと思うが、その眷属たる貴族性を守るべきか、あるいは復活するべきかと言われたらなかなか厳しいものがあるようには思う。しかし本当に伝統重視を考えるならそこまで視野に入れるべきかの議論はあってもおかしくないだろう。
白洲正子が書いていたが、骨董の愛好家でももともと殿様の家系であった細川護立のような人たちと、狐が憑いたように骨董を買いまくる小林秀雄のような人とでは意見が合わない、ということを書いていた(樺山伯爵家の令嬢であり小林にいわば弟子入りした白洲だからこそその比較ができるわけだが)のを思い出すが、樺山伯爵家ももちろん薩摩出身の維新の功臣として爵位をもらったに過ぎないわけだ。
正子の父の樺山愛輔は戦前の実業界や政界で活躍した人物で、大正年間には従三位まで上っているので江戸時代以前では殿上人・公卿に相当する位階ということになる。彼が何かの交渉ごとで、京都に住む古い公家の屋敷を訪れたとき、取次に出た家礼のような人に来意を告げると、奥に向かって「地下人(じげびと)が参りました」と叫んだのだそうだ。
もちろん、明治維新以降、殿上人だの地下人だのの区別は意味のないものになっていて、恐らくはその当時の位階においてもその公家の当主の地位より樺山の方が上だったと思われるが、その家の人はそんなことには全く頓着せず、江戸時代以前の生活様式・認識様式をいまだに守っていたわけだ。
樺山は娘の正子にその話をして「地下人はよかったな」と大笑いしたそうだが、正子はその話を聞いてこれが公家の底力だと思った、というようなことを書いていた。伝統というものは本来そういうものなのだろう。
まあつまり、保守とはいっても本物の貴族のたくまざる保守主義の存在形式を赤裸々に示されると、我々の描く理念としての保守主義のようなものは、ひどく色褪せて見えてしまうということだ。
しかし私もまた、国家の指導原理としての保守主義というものを再構築していかなくてはならないと思っているわけで、どういう方向性があり得るのかはまた、考えていかなければいけないなと改めて思ったのだった。
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