数理モデル感染症学者はなぜ批判されるか:決定論と確率論
Posted at 21/01/30 PermaLink» Tweet
世の中というもの、地球というもの、それら現実に存在するものは数個の変数を代入すれば結果が予測できるような単純なものではなく、無数のファクターが絡み合って現象が起こるいわゆる複雑系というもので、したがって人が良かれと思って何かを実現しようとしても、それは必ずしもうまくいかないこともあるし、場合によってはより悪化することもある。
人は生きている以上、より良い生を目指して様々に思考し行動するが、よほどのことがない限りこうすればこうなるとはっきりわかるものもある一方で、にこう考えてこう行動すれば恐らくはこうなるはずだという程度で行動せざるを得ない場合も多い。
ただ、それがうまくいかない原因は世の中をよく知らなかったり、あるいは情報量が不足していたり、思い込みや偏見に引っ張られて判断を誤った、ということが割と多くあるわけで、そういう意味では調査や研究、ないしは情報収集やより中立的な立場でものを見られるように様々な自己鍛錬を行うということも必要になってくる。
しかし最善を尽くしても物事はうまくいかない場合もあるし、全く予想外のことが起こる場合もある。「全てを知ることができれば全ては予測できる」と言えるかと言えば、そうではないというのが20世紀・量子力学以来の考え方で、それ以前は科学は決定論的に考えることが可能であり、そうなると人間の自由というものはどうなるのかという「ラプラスの魔」と言われる問題が提起されたこともあったが、量子力学以降は確率論的にしか予測できないものがあるということは、一定の理解を得られるようになってきた。
しかし最近ではまた予想できない要素というものもとりあえず数値を定めた上でファクターとして変数を決定し、それによって予測を行う決定論的な方法論が再び有力になってきているように思われる。この辺りは本当は科学史的な議論が必要で、一時その辺りも読み始めたこともあったのだが最近は頓挫しているので自分なりの理解ということにとどまるのだけど、ただ主に経済学の方から、そうした議論が盛んになってきているように思われるので、それは新自由主義と新古典経済学の影響が大きいのではないかと思う。
これは背景には経済においては基本的には「自由」というルールによって全ては決定されるべきであり、その中で勝者と敗者が出るのはフェアである、という考え方がある。これは生物学の「適者生存」の理論とある意味悪魔合体して猛威を奮っているところがあるように思われる。
国民経済にとってあるべき状態はどういう状態か、というのが本当は「自由」というルールのみによって決定されるのは正しくはないわけで、そこは人権、特に「生存権」という問題と、格差の拡大は社会の不安定化を招くという政治的なこともある。
今回はそこには踏み込まないけれども、要は経済というのは複雑系であり、本当は決定論的な議論だけでは理解も政策も不十分であるのに、現在はそうなっていないという問題があるということだ。
こうした問題、複雑系の問題は経済に限らずたくさんあるわけで、たとえば気象などもそうだし、地球環境の問題もそうだし、感染症の流行の問題もそうだ。
これらの問題は全て、専門家でも予測や対処方法が100%保証できるものではない。したがって、素人でも容易に専門家の議論を疑うことができる。
特に現下の大問題は感染症の流行の問題だろう。感染症の流行に関しては現在は数理モデルによって予測が行われているわけだが、現在の数理モデルは決定論なのでその予測は「何も対策をしなかったら42万人死ぬ」という形でしか出てこない。そのことに対する疑問はもちろん出せるのだけど、この予測自体が複雑な理論と計算方法に基づくという点で素人には手が出せないから、理論モデルの不完全性について素人には指摘しにくいので、本来その数理モデル自体に対する批判が行われるべきなのだけど、その予測の発表の仕方であるとか表現の仕方、あるいはその人の人格といったところに批判がずれていってしまいがちな現状があるように思われる。
また政策担当者にとっても、「専門家」が「科学的な理論」に基づいて下した予測を完全に無視することはできないが、しかし決定論で語られても政治家は扱いに困る。つまりそれを全か無かで判断しなければならなくなるからだ。
しかし現実の政策決定というものは足して2で割るといった妥協の産物である面は大きく、結局のところは「緊急事態宣言も出すがGOTOトラベル・イート事業も推進する」ということになった。これは感染症対策の政策としては論理は一貫していないが、「政治は妥協の産物である」という面では見事な典型例になったと思う。
政策決定者は様々な状況を勘案して軸足をどのようにおくか、たとえば感染症対策7対経済対策3にするのか、それを6対4にするのかあるいは2対8にするのかなど、常に状況を見極めながら考えていくことになる。
そういう意味では、特に日本の政治のあり方に対して、「科学的な決定論」というのは非常に相性が悪いと思う。
典型的な例が天気予報なのだけど、災害の予測というものは「当たったか外れたか」がはっきり出るわけで、「外れた」ということが続くとその言説自体がオオカミ少年的になってしまい、災害対策の面では非常に良くないのだが、気象は複雑系である以上、「10回連続で災害予測が外れたが11回目に大当たりし人々の油断によって災害は目も当てられないほど拡大した」ということは十分起こり得ること、というか避けられないことだ。
したがって、政策に関わる可能性のある科学の向かうべき方向性は、「確率的に予測する」という方向性であるべきだと思う。実際、天気予報でも確率予報がなされるようになって、人々の気象情報に対する対し方は非常に合理的になってきたと思う。
もちろんこの確率予報は例えば降水確率50%なら「50%の地域あるいは50%の時間降水がある」というそういう意味では決定論であって、どのくらいこの確率が当たったかどうかは後で検証が可能なものだ。
また気象情報でも大きく外れた時には「予測よりも西風が強く吹いて雨雲の動きが早くなった」など、予測通りにならなかった理由も説明されるようになってきているので、より納得性が上がっているように思われる。
したがって、できることであるならば、感染症の蔓延の予測も「国民の8割がマスクをして7割のテレワークが実現したら感染者数が8割の確率で1日あたり百人以下に抑えられる」というような予測にするべきだと思う。
これは感染症に限らず、経済政策についてもそうだし、また地球環境問題についてもそうだと思う。複雑系について決定論だけで予測が語られるのは、「政治は妥協の産物である」という考え方には適していない。
ただ、日本の政治は基本的に妥協の産物であることが多いが、世界的にみると必ずしもそうではない。「果断な政治家」が決定論的な考え方に基づいて先鋭な政策を断行する、という方が世界的に見れば人気があるし支持を集めやすい。つまりそういう世界においては「政治は妥協」ではなく「政治は決断」であるからだ。この辺りは特にリベラルと呼ばれる進歩派においてはそれを望む傾向は強く、東京よりもはるかに感染者が多いニューヨークの市長の方が人気を集めたりする現象が起こったりする。
日本の為政者の場合は特に、長くやればやるほど「決断」より「妥協」を重視せざるを得ない状況になりやすく、より決断を必要とする政策の遂行を望む場合は新しい指導者が求められる傾向はある。ただその決断がより事態を悪化させる可能性はあるわけで、特に現在の日本社会においては民主党政権の失敗に強いトラウマが残っているように思われる。
私は政治的には保守的な漸進主義の立場なので、「決定論に基づく決断的な政策」に関してはあまり支持はできないし、漸進的な政策を可能にするための確率論的な科学の情報提供こそがそれを実現するものだと思っている。
それがどこまで可能であるのかはわからないけれども、そういう方向に科学が発展していくことを望みたい。
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