歴史上の人物から学ぶこと:岡潔と北条時宗
Posted at 21/01/21 PermaLink» Tweet
数学者の岡潔はその著書の中で歴史を必修科目にすべきである、ということを言っていた。その理由として彼は、「美しさを教えるべきだ」からだと言っている。彼の言っている歴史というのは例えば楠木正成であり、北条時宗であるわけだが、楠木正成はその身を捧げて後醍醐天皇に尽くした美しさを、北条時宗はこの国の全てを背負い、フビライからの使者を切り捨てたことを美しいと言っている。
これは普通の意味での「戦争への反省」とはかなり違うことだが、岡は日本が戦争を行い、そして敗れたことを真剣に憂えていて、それは日本に美しさが無くなったからだ、と解釈していたからだ。
最初にお断りしておくと、この小文は記憶に基づいて書いていて、細かいところでは(場合によっては大きいところでも)記憶違いがある可能性があるということだ。本当は岡の著書をきちんと参照しながらその意図を確認しつつ書くべきなのだけど、今は手元に著書がないということ、それからこの小文の目的がプロトタイプであるということ等もあって記憶に基づいてまず書いてみるということをしているということにある。それを前提として読んでいただき、それらの点はご寛恕いただければありがたい。
岡はその著書や小林秀雄との対談でも「新しい日本」=敗戦後再出発する日本が目指すべき理想像について語っているけれども、もちろん小林自身も「美しさ」というものに取り組んでいる人であったからということもあるが、その点は強く意識されていたように思う。
北条時宗や楠木正成に関しては最近は研究が進んでいて、従来考えられていたのとは違う人物像が明らかになって来ているけれども、戦後すぐの時点での時宗や正成の人物像は、全てを賭ける覚悟と、それ自体が持つ凛とした美しさに満ちていたものだっただろう。それは、私も少年時代に読んでいた歴史物の中に描かれた彼らの人物像はそうであったことを記憶しているし、また近代日本の歴史画に描かれた正成の像などは勇猛な武将としてではなく、息子と別れを惜しむ死を賭した決意の美しさ、覚悟の鮮烈さが描かれているわけである。
そのイメージは容易に特攻隊などのイメージに繋がるわけだが、岡が言っているのはそういうことではないだろうと思う。
岡自身が何よりもその決意の凛とした美しさを重視しているのは、岡自身が旧制中学生の時に自分の道を数学と思い定め、それに一生を捧げてきたからということにあるのだと思う。
現代は、学問を続けることが困難な時代である。ノーベル賞を受賞した学者がいくら若手研究者の研究環境の向上を訴えても政府は有効な手を打てていない。一方で、「好きでやっているのだから貧乏でも当然」という声も世間からある程度強くある。多くの人々が身すぎ世すぎのために「労働」に勤しんでいるのに、「好きなこと」でお金をもらうというのは贅沢である、冗談ではない、という声はどんな時代でも一定はある。
岡にとっては、そういう声が強い中で研究の道を選び、それを一生の仕事とし、その中で研究に没頭して成果を上げ、身を立てていくことは一つの決意を必要とすることであっただろうし、その少年の日以来の決意を支えてくれたものこそが、北条時宗や楠木正成の人物像だったのではないかと思う。
だからこそ、岡は数学者でありながら戦争を行い戦争に敗れた日本の将来を憂え、多くの提言をしているわけだし、彼の掴んだ真理を「美しさ」と表現して、それらに至る道筋の最初の一歩として、歴史上の登場人物を学んでもらいたいと思ったのだと思う。
現在明らかにされてきている時宗や正成の人物像がそれだけでそういう学びにつながるかどうかは難しいところではあるけれども、歴史上の人物を手本として自らの人間形成を行うというのは現在までも行われてきていることであるし、歴史学とはまた別に歴史教育というものにはそういう側面もあったしまた今でもある、例えば起業家たちが尊敬する先人たちの名をあげる、ということがあるわけだから、そうしたことも見過ごして行ってはいけないだろうと思う。
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