トランプのアカウント停止に対するメルケルの批判をめぐって
Posted at 21/01/12 PermaLink» Tweet
ドイツのメルケル首相がTwitterがトランプ大統領のアカウントを永久停止したことについて苦言を呈している。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021011100704&g=int
メルケルは、表現の自由は人権と考えられているから、それを制限することができるのは人権の擁護者である各国の立法府のみである、という考え方を示している。それはとても真っ当な意見だと思う。
この発言は、SNSが事実上世界の人々の表現媒体になっている現状を考えると、私企業が特定の人物(トランプ)やその支持者たちを恣意的に排除できるということが倫理的に正しいかという問題提起と考えるべきだろう。このことについてはまだ国際的な合意ができておらず、事実上TwitterやFacebookの運営者に全てが任されているし、また保守的な傾向が強いと言われるSNSであるParlerの運用をAmazon傘下のAWSがストップするなど、トランプ支持者たちの伝達手段を奪っていても、それを抑止することができない状況になっている。メルケルの懸念はそこにあると考えて良いだろう。
この問題については、まだ「法以前」の段階にあり、国際的な合意というものが未形成の段階にある。これからこの件に関しての議論が進み、それをもとに各国間での交渉が行われ、国際的なルールが形成されていく過程にあると考えて良いと思うが、現在の段階のこの議論がとても重要であるように思われる。
ドイツ政府やメルケル自身、「表現の自由」に無制限の許容を示しているわけではないし、ポリティカルコレクトネスに関してはナチスの問題をはじめ大変非寛容な態度をとっているところも大きいということは確認しておきたい。色々な局面において、現在の世界は表現の自由に対し非常に制限的になっていることは押さえた上で、我々としてはどういうことをしていくべきかということになる。
重要なことは、現在はじまると思われる「法以前」の議論の段階で、日本政府ないし日本人が積極的に議論に参加していくことで、表現の自由の恣意的な制限に対してより強い懸念を示していく必要があるということだと思う。アメリカ企業はグローバル企業であるがアメリカ国内の世論の影響をとても強く受けていることは間違いないし、GAFAをはじめとするIT企業はその主要な購買者であり支持者でもあるところの民主党支持のリベラルの意見が強く反映される。今回の事態も、トランプ支持の下層白人層の意思は違うところにあるはずだが、一方的にかつ断定的、即時的に議論の余地も残さずに排除を行なっているのは、まるでこういう機会を狙っていたかのようでさえある。
これは、外国政府にとっては非常に脅威になることだろう。アメリカの、それも政府機関でもない私企業によってアメリカ大統領の言論さえ封じられるわけだから、彼らが敵視した外国政府の発言に対してどのような行動を取るか不明確である。ヨーロッパはもちろん、日本やアジアの諸国などアメリカとは違う価値観を持つ国々にとっても、非常に重大な問題だろう。
逆にアメリカの仮想敵国であるだろう中国が、アメリカのSNS支配に対する懸念、それはもちろん自国の体制への脅威としてアメリカのSNSを締め出し、独自のSNSを発展させていたために、この事態に影響を受けないというのは皮肉なところである。
TwitterやFacebookが一般化する前は日本のmixiやLineのようなドメスティックな(Lineは韓国発だが)SNSがそれぞれ存在したかと思うが、英国王室やローマ教皇庁までTwitterアカウントを運用するようになった現在、Twitter等の運用が恣意的であることは各国の内政や外交にも強く影響することであり、そこに待ったをかけることに意味はあるだろう。
だからこの議論は、世界に幅広い影響を与えるものであり、決してドイツやヨーロッパにとどまるものではない。だから、日本政府や日本人もこの議論に参加していくことで、日本にとってより有利な国際ルールにつながる可能性はあるわけだ。
もちろん、日本国内においてもこのTwitter社等の運用の仕方についてはさまざまな議論があるだろう。ただ重要なことは、より幅広い表現の自由をいかにして守っていくかということだと思う。表現において、日本は世界的にみてかなり広範に自由が認められている国であるし、このことは日本の文化にとって大きなメリットになっていると思われる。そのことを批判する勢力もあるが、今のところまだ彼らの完勝という状態ではない。それは、日本においては「価値の多様性」が重要であるという認識が強いということだろう。
もともと西欧起源の表現制限の思想には、キリスト教的な価値観が反映されている。また、彼らが作り上げてきた西欧近代文明の価値観が反映されているのは当然のことだ。日本は開国の時点からそのような西欧基準の国際基準にさまざまな局面で苦い思いをしてきているわけで、現在の表現規制論争も結局はその延長線上にあることだと思う。
現在の日本は、なかなかこういう国際的な議論に参加しない傾向があるように思うし、日本の利害が関わる局面でもなかなか主張を通せないでいることも多い。それは語学力の限界という問題も大きいが、日本人がこういう問題にあまり関心を持たない、また報道がそれを伝えることにあまり熱心でないということも大きいように思う。
結局は、決まってしまった後でそれを批判したり、或いはその抜け道を突くみたいな感じが強いのは、なぜなのだろうかと考えてみると、日本において「法」というものは「法の支配」という言葉に表現される理念的なものではなくて、その法によって何が許され何が許されないのかのゲームのルールみたいな感じに受け取られる傾向が強いからではないかと思う。
なぜそうなるかというと、「本当の法」は「ゲームのルール」のような法律などよりも、自分の属する「世間」、「みんなこうしている」「みんなこう考えている」というようなことであって、それらの方がより上位にあるものだと考えられているからだろうと思う。
その「世間」の感じ方、考え方はかなりの部分流動的であり、そして変わるときには「まあもうそういう時代じゃないよね」というようなより外部的な「時代」といった雰囲気で決定していく感がある。昔なら普通だった行為が現在ではセクハラと認定される、ということに納得できない人は「時代に取り残されている」のであり、それは我々の「世間」においては割合許し難いことになっているが、一面気の毒だとも思える。「ゲームのルール」が変更になった後で緩やかに「世間の認識」が変化していく過程をフォローすることを怠ると、いつの間にか「世間並み」の認識ができなくなっているわけである。
これらの感覚は、実はそれこそTwitterなどのSNSをやっているとかなりの部分補うことができる。自分が正しいと思う発信をしたときにどれくらい非難する人がいるか、どれくらいフォローしてくれる人がいるかで大体の状況が掴めるし、反対者のアカウントをリムーブしフォローしてくれる人をフォローしていくうちに自分の意見に大体近いタイムラインができるが、それが順調に回転している間は自分と同じ世間が日本人の間で一定の地歩を占めていることが実感できるからだ。もちろんその精度を高めるためには自分自身のフォロワーをより増やしていくことが重要で、より多くの人に自分の意見を伝えてもそれなりに読んでもらえるということによって自分の意見の「世間における正しさ」がある程度担保されるということになる。
さまざまな局面を考えると、やはり一つの意見のを持つ人々からSNSを完全に強奪するということは、その世間そのものを消滅させようとするかなり野蛮なやり口であることはわかる。
語学力の限界から見て一般的な日本人にとって国際的に発言していくことは容易いことではないのであるけれども、そうした人々にある程度の意見を伝えていくことは意味のないことではないので、少しでも発言していくことは重要だと思う。
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