「麒麟がくる」:明智光秀の「決断」と「裏切り」
Posted at 20/12/14 PermaLink» Tweet
大河ドラマ「麒麟がくる」を見ている。最初はあまり熱心に見ていないので知らない部分も多いのだが、最近はずっと見ている。
大河ドラマは最近はあまり見ていなくて、こんな状態でも最近は毎週見ている、というのは「真田丸」以来で、それ以前では「平清盛」、その前は「北条時宗」。だいぶ間が開いている。
今回の「麒麟がくる」が面白くなったのは、まず配役の妙が大きい。
明智光秀の長谷川博己さんは、今まで私が見たのは「進撃の巨人 実写版」の「シキシマ」役だけで、どうも自分としては評価に困る俳優だったのだけど、今回の大河でだいぶイメージができた。姿勢が良く、実直な演技がいいし、出過ぎない。激情をうちに秘めた演技ができる。明智という男の役柄はもともと難しいと思うが、明智という男はこういう男だったのかもしれないとちゃんと感じさせてくれる。
織田信長の染谷将太さんも、最初はトリッキーな役作りだと思ったが、「褒めてもらいたい信長」という新しい信長像を上手く演じていると思う。帰蝶役の川口春奈さんも、直前に沢尻エリカさんから交代したというハンデを感じさせない演技で、「実は黒幕」感がとても良かった。売れっ子になってなかなか本編にも出て来られないようだが、またの出演が楽しみだ。
幕府勢力の義昭・三淵・細川・摂津、信長麾下では特に秀吉、諸大名では松永・朝倉・筒井、商人の今井、フィクションの世界の東庵・駒・太夫、これらもかなりいい。特に三淵は今まであまり取り上げられてない役どころを、かなり大きな存在感にしたと思う。もうすでに出演が終わった斎藤道三や今川義元も良かった。
その中でも特に三人あげたい。最近は帰蝶もあまり出て来ないので出てくる回は貴重という感があるが、もう出て来ないのが確定的だが出てくるのをたのしみしていたのが幼年時代の家康で、子役の岩田琉聖くんが碁盤を持って現れる場面が楽しみでしかたなかった。あれを見たくて続けてみるようになった部分はある。今後の活躍が楽しみである。
あとの二人は、正親町天皇と天台座主・覚恕の兄弟。意外なことに大河初出演という玉三郎丈に小朝師匠。玉三郎丈は天皇の格というものを今演じられるのはやはりこの方しかいないと思わせる。また小朝師匠の怪演には驚いた。この兄弟の造形によって「もう一つの戦国時代」のようなものが描かれているように思ったし、またこの辺りの人物の重要性がきちんと描かれているのも貴重だと思う。
そのように今回は、「この人物はこういう解釈だからこの役者を当てたい」というのがとてもはっきりしていて、ただのオールスター総出演に終わらない、豪華な顔ぶれになっている。顔貌も体格も姿勢も、いわゆる「時代劇向けの俳優」が多くはなくなっている今、「現代人が演じる戦国の人々」という難しさを、かなりの部分乗り越えているように感じた。
最近の大河に、というか私が特に見ていた「北条時宗」「平清盛」「真田丸」そして今回の「麒麟がくる」は、見ていない他の大河もそういう作品はいくつもあると思うのだが、感じることは最近の歴史学の研究成果がよく反映されるようになっているのではないかということだ。書状の書き方などのディテールもあるし、この人物がなぜこのように行動したのか、という解釈にしてもそうだ。
歴史ドラマというものはもちろんフィクションではあるのだけど、以前の大河ドラマでは結局は伝統的な歴史観、人物観の範疇の中での再解釈が繰り返されていた感があり、より庶民的に描いてみるとか少しトリッキーな人物造形にしてみるというような作劇上の工夫のみで制作されてきた印象があるのだけど、今回の大河にしても研究成果を踏まえた上でなぜ信長が比叡山を攻撃したのか、なぜ松永が離反したのかなどが、説得力を持って描かれていると思うし、人物造形もまた最近の研究を十分読み込んだ上で行われるようになっているように思う。
そして、だからこそ、「明智光秀」という従来はとても主人公にできるとは思えない人物を主人公に「大河ドラマ」を制作することも可能になったのだと思う。
従来の明智光秀は「主君・織田信長を討った逆賊」であり、信長・秀吉・家康や諸大名、伊達政宗や武田信玄、毛利元就はドラマになっても明智が主人公になることはなかなか考えられなかったと思う。明智がなぜ信長を討ったのかは同時代から江戸時代、近代になっても様々な「解釈」はなされてきたが、実証的な研究はそう多くはなかったように思う。明智のイメージも、野心家であるとか二心ある人物とか先進的な信長に対する保守的な人物であるとかの描かれ方が中心だったし、それではとても大河の主人公としては「もたない」だろうと思っていた。
このドラマの題名である「麒麟がくる」は明智の理想を表しているわけで、麒麟というのは聖人の世にのみ現れる瑞獣であるから、「穏やかな世を実現する」という劇中の明智の理想がよく表現されていると思う。
そういう明智を、一本筋が通った、無骨ではあるが政治外交に長け、理想に対する激情を秘めた人物として描き出しているのだということを、昨日の放送を見て改めて感じるところがあった。
昨日の放送、第36回「訣別」は、つまりは明智と将軍義昭との決別の場面であったわけだが、足利将軍こそが理想の担い手であると考え、信長の家臣ではなく義昭の家臣として行動してきた明智が、自分が担ぎ上げた義昭が「変わってしまった」ことにやりきれない思いを巡らせ、走馬灯のように義昭とのやり取りを思い出す中で、信長を討てという命令に従えないと泣きながら宣言して去り、そしてそれを義昭も受け入れる場面が、一つの理想の終わりとして、つまり明智にとっても大きな挫折として描かれていることに強い印象を受けた。
考えてみると、明智は「信長を裏切った」ことのみがクローズアップされている人物だが、それより以前に主君と仰いだ義昭を、まあこういう言い方でいえば「裏切って」いるわけである。そして、従来それは大体スルーされてきた。それはつまり、義昭が武家の棟梁として相応しくない男だから明智であれ離れていくのは当然、と解釈されてきたからだろう。しかしまあ、それは考えてみたらかなりご都合主義な解釈である。義昭と決別することと信長を「裏切る」ことのどちらが重いか、というのは本来は一概に言える問題ではない。
私がしっかりみていなかった時期なので確信を持っては書けないのだけど、このドラマでも最初は明智は斎藤道三の子息・高政(従来は斎藤義龍と表記されてきた)と理想を共にしていたと描かれていたと思う。そして高政と決別しその父・道三につくことで明智は美濃を捨てざるを得なくなる。
そのように考えてみると、信長と決別したことも明智の人生の中で、何回かあった「理想のための、友や主君と仰いだ人との決別」の、そのうちの一つであると解釈することができるようになるわけだ。
そしてその決別もまた、一つ一つが決して軽くはない。二回目である義昭との決別の重さが昨日はよく描かれていたと思うし、また「穏やかな世を作る」ための主人として、義昭ではなく天皇こそがそれにふさわしいと考えるようになる、信長が天皇に惹かれるのも理解できる、という方向の話になっていて、それもまた実際の歴史に沿った方向のことであったのだろうなと思う。
そのように考えてみると、「本能寺の変」も当然ながら、従来の解釈とは違う描かれ方をするのは間違い無いだろう。それぞれが譲れない理想を持ち、また現実の各々の政治勢力との戦いや協調の戦国の政治・軍事ゲームの中で、誰と誰が出会い何を目指し、誰と誰が反目しあるいは決別し、どういう陰謀が行われどういう無惨が行われどういう悲惨が起こったのかも描きながら、「明智の決断」が描かれていくのだろう。
明智が信長と深い関わりを持つことは事実だが、だからと言って信長との関わりのみが重要ではなかったことを丁寧に描いて信長との関係をある意味相対化し、信長と明智の対立をフラットな視線から描くことがこれからなされていくのだと思うが、その展開はこれからも楽しみである。
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