「鬼滅の刃」:伊之助という男(2)
Posted at 20/12/11 PermaLink» Tweet
(1)からの続きです。
まあそんな伊之助だが、おそらくは自分が物を知らないことは自覚しているし、バカだと思われていることも知っている。そんなことに拘らないのが硬派だからだろう。しかし、「生まれ変わったら」どうだろう。「愛すべきバカ」よりなりたいものがあるのではないだろうか。無意識にも、もっと物を知り、「頭がいい」賢い人間に生まれたかった、のかもしれない。
しかし、「頭がいい」とはどういうことだろう。「頭がいい」人間というのはこの物語にも何人か出てくる。例えば童磨である。彼は鬼だが、人間だった頃から頭がいい。新興宗教の家に生まれ、人々が自分を崇め奉り、地獄に落ちないように天国に行けるように自分にすがるのを見て涙を流していた。「愚かだなあ。天国も地獄も存在しないのに」と。彼の頭のよさはある意味現代のネオリベ糞野郎みたいな物だが、もちろん伊之助がなりたいのはそんな頭の良さでないだろう。
大正時代、普通に考えて頭がいい人間は誰だと思われていただろう。「末は博士か大臣か」という言葉があるが、つまりはハカセ、学者だろう。しかし山育ちの伊之助が「学者」などという者を知っていただろうか。実は知っていた。しのぶである。
「怖いもの知らず」の伊之助だが、実は怖い存在が二つある。藤屋敷の老婆と、蝶屋敷の主人・胡蝶しのぶである。
藤屋敷の老婆は、全く気配がない。伊之助は気配に敏感なので、人が近づいて気が付かないということはないのだが、この老婆に関しては全く気がつかないので、いつも不意を突かれる。この老婆に関しては、先に書いたように炭治郎が「透き通る世界」に到達するためのきっかけになるのだが、それは置いておく。
もう一人の胡蝶しのぶは伊之助にとって母親のようでもあり、先生のようでもある存在だ。しのぶの励ましというか挑発で伊之助は「全集中の呼吸」を習得できたし、毒も回りにくいが薬も効きにくい伊之助の特殊体質をさとしもするし、傷痕の糸を抜いたらいけないと指切りをした。その記憶は記憶の外にあった母と重なり、「どこかで会った人」という意識をずっと持っていた。
そしてしのぶは、怒ると怖い。(本当は常に怒っているし、怒らなくても怖いのだが、多分伊之助は気にしていない)単行本15巻129話の後の空きページに書かれた、伊之助が正座させられてブルブル震え、小さくなって仁王立ちのしのぶに叱られている場面は二人の関係性をよく表している。自然児である伊之助は、親を知らずに育っているので、叱られるのが嬉しいのだろう。叱られ、教えられ、大事にされたしのぶは、はっきりとは描かれていないが、やはり伊之助にとっては母のようなものだろう。(そして、しのぶのそういう面を最も強く受け継いだのがアオイなのだ。)
伊之助の印象的な場面の一つは、童磨との戦い際、童磨と対峙するカナヲを見て「おまっボロボロじゃねーか何してんだ!しのぶが怒るぞ!すげー怒るからなアイツ!」といい、カナヲの表情を見て「死んだのか?しのぶ」と問う。そしてその二人の感情を逆撫でするような童磨の反応に、「咬み殺してやる塵が」と怒りを燃やす場面である。
コミュニケーションが下手なこの二人の会話は、二人にとってとても大事な人の死に関わることであり、この場面の悲しみと怒りはすごい。伊之助にとっては、怒ってくれる人であるしのぶの大事さが、強く感じられる場面だ。
しのぶは治療者としての側面が強調されているが、薬をどんどん開発しているし、蜘蛛にされた人間を元に戻したりするわけだからよく考えてみたらべらぼうな天才薬学者でもある。そして薬は毒に通じ、鬼を倒すための毒を開発し、また珠世と協力して無惨を倒す薬も開発している。
そんなしのぶは、野生児である伊之助にとっても眩しい存在だったのだろう。もちろんそれは想像するだけだし、そんなことを微塵も見せないのが伊之助のいいところだが、逆に生まれ変わって科学者になっているのを見ると、そんな憧れがあったのかなと想像したのだった。
伊之助の生まれ変わった青葉が研究し、枯らしてしまった「青い彼岸花」とは、人間だったときの鬼舞辻無惨を治療した平安時代の医者が、結果的に無惨を鬼にした薬の処方に使われた花だ。無残はそれを鬼たちに探させていた。最終回にそれが「一年に2、3日、昼間だけ咲く」花であることが明らかにされ、日の光に晒されたら塵(ちり)になってしまう鬼たちが見つけることは決してできない花であることが明らかにされるわけだけど、逆にいえばその貴重な花を絶滅させてしまったということは、もう2度と人間を鬼にする薬を作ることはできないということでもあり、実は人類への貢献とさえ言える隠れたクリーンヒットであったということになるわけだ。
そんな大きなことを成し遂げた?青葉は首になりそうで、山奥で暮らしたいなどと言っているが、それは伊之助の生活そのものであり、まあそう思えること自体が贅沢だと見ることもできる。そうは見えないけど青葉も、十分いろいろ幸せだし、伊之助の隠れた願いが叶っているのだろうと思ったのだった。
伊之助は人の名前を常に間違うキャラであり、そういう意味で人を尊重していない、常に炭治郎に注意されるキャラなわけだが、それはある意味傲慢さの現れということもできるだろう。ただ、129話がその間違いの最後であり、最後の戦いに臨む時、伊之助は名前を間違えることはない。これは自然に相手への敬意が備わったのだろう、とまあ勝手に私は想像していた。
伊之助はとてつもないバカだが、なんかすごい。そういうキャラが昔いたなと思って考えてみると、「東大一直線」の東大通だった。東大はとてつもないバカだが何故か人に一目置かせてしまい、最終的には本当に東大に合格してしまう。これは作者の小林よしのりさんも、どうにかして「東大を合格させたい」と思い詰めた結果、奇跡ともいえる方法で彼は合格することになった経緯が「ゴーマニズム宣言」であったと思うが、書かれていた。こういうとてつもないバカは作者をも動かす、そんな典型だと思った。
伊之助は馬鹿のくせに(ポリコレ的に警鐘)「猪突猛進!猪突猛進!」と四字熟語を叫ぶが、東大通はこう叫ぶ。「勉強開始、ブタのケツ!」やはり小林よしのりさんは天才だと改めて思った。
伊之助というキャラについてこんなに書けることがあるとは思わなかったが、本当のところ、作者の吾峠さんはもっとずっと多くのことを考えているわけであり、実際すごいなと思う。すごいと思える作品を読めることの幸せを、改めて感じている。
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