「鬼滅の刃」:伊之助という男(1)
Posted at 20/12/10 PermaLink» Tweet
「鬼滅の刃」:伊之助という男(1)
少年マンガにはめちゃくちゃなキャラクターというものがよく出てくるが、「鬼滅の刃」にもめちゃくちゃなキャラがいる。嘴平伊之助である。「はしびらいのすけ」と読む。鬼滅隊士になるための最終選抜で、炭治郎と同じ時に突破した、いわば同期である。同じく同期の吾妻善逸と三人で行動することが多いので、この三人を「かまぼこ隊」と呼ぶ(時に禰豆子も含まれる場合もある)人もいる。これは作中の言葉ではなく、伊之助の発言から読者がつけた愛称である。
伊之助はとにかくめちゃくちゃである。私はこの「鬼滅の刃」という物語を、最初はシンとした静謐な世界の物語だと思っていた。その世界が好きだったので、突如出てきたこの訳のわからないめちゃくちゃなキャラクターを、最初は少し疎ましく思っていた。
話が進むにつれ、伊之助もだんだんまともになってくるので読めるようにはなってきたが、実はこちらが彼に慣れてきただけかもしれない気がしてしまう。彼のめちゃくちゃさもだんだんいい感じになってくるところが人間というものの感覚のある意味の恐ろしさかも、みたいな気もするが、そんな私の伊之助観を大きく変えた、というかどう評価すればいいかという基準軸を与えてくれたのが大月隆寛さんがチャンネル桜の「オトナのための「鬼滅の刃」夜話」で話されていた内容だった。
https://www.youtube.com/watch?v=yOEebqfPbYw
この番組は面白いのでぜひ見ていただけたらと思うが、この中で大月さんはこの「かまぼこ隊」が「優等生・硬派・軟派」の伝統的な三人組である、ということを言われていて、中でも硬派の伊之助は「バカ」である、とされている。その例として挙げられたのが「無限列車編」の最終部で、列車を乗っ取った鬼である魘夢(えんむ)に唆されて炭治郎を殺そうとした運転手を、「アイツ死んでいいと思う!」と言ったところで笑ってしまったと。結局炭治郎に説得されて助けるのだけれども、直情型の伊之助にとってはそう思って当然、と思ってしまうところが確かに「バカ」だな、と思わせるところではある。
一言で言えば伊之助は、「騒がしくてめちゃくちゃで面倒極まりないがそれだけに愛すべきバカ」なのであって、これは少年マンガの伝統的なキャラクターであると大月さんは指摘する。なるほどそう言われてみればそうだ、と思うし、そういう目で見てみると彼の行動はどんどん腑に落ちる。
まあ善逸もめちゃくちゃなキャラだが、方向性が違う。善逸は軟派なのでいつも女のことばかり考えているし大体は女なら誰でもいい感じなので蝶屋敷の女の子たちにもいつも睨まれている。伊之助は要するにガキなのでその分女の子たちにも好かれているところがあるのだろうと思う。
伊之助はとんでもないバカだがその中でも「伊之助史上最大のバカ」と思われる場面が12巻、ちょうど第100話にある。遊郭での戦いの後、2ヶ月間意識が戻らなかった炭治郎の蝶屋敷の病室で、意識が戻ったとカナヲと「隠し」の後藤、きよ・すみ・なほにアオイと喜び合っているところで伊之助の話題になり、アオイが涙を流しながら「伊之助さんすごく状態が悪かったの」というところで、なぜか伊之助が天井に張り付いている。これはかなり笑ってしまった。
伊之助はミツアナグマと同じだ、と言われる中でも(どう考えても褒められてはいない)「つまり俺は不死身だってことだ」と威張っていて、後藤に「バカじゃねーの」と言われて取っ組み合いになりそうになり、アオイに本気で怒られるが、「うっせーなちび!」「たいして変わらないじゃないのよ!」と言い合いになる。
そして、最終話まで読んだ人には、思い返してみれば実はこれが伏線だったということに気がつくのである。マンガやアニメには「最終回発情期」と呼ばれる現象があるそうで、それはつまり最終回が近づくとなぜか続々とカップルが成立するというのである。「鬼滅の刃」でも炭治郎とカナヲ、禰豆子と善逸のカップル成立はそれなりに語られてきているからそんなに不自然でもなく見えるが、伊之助とアオイのカップル成立には唐突の感を持った人も多かったのだろう。
だが実は、すでに100話で伏線は敷かれていたのである。これを読んだ時にはアオイは自分の身代わりに遊郭に行って怪我をした三人のことをとても気にしていたということだとすんなり納得していたが、考えてみたら伊之助のことに関してだけ涙を流すのはおかしいし、またこのとんでもない伊之助とほとんど対等に喧嘩をするのもある意味不自然だったのだ。
そして最終話、伊之助は伊之助とアオイの子孫である嘴平青葉として生まれ変わっている。炭治郎やカナヲ、禰豆子や善逸もまたその子孫に生まれ変わっているのだが、彼らが高校生としてのびのびと生活しているのに対して青葉は少し事情が違う。すごく美しい顔をした男子という点で伊之助と同じなのだが、青葉は植物学者であり、「青い彼岸花」を発見するがうっかりミスで全部枯らしてしまい、非難轟々というちょっとかわいそうな目にあっている。一人で公園で弁当を食べている青葉は、「今日も平和だなあ。僕は研究所を首になりそうだけど。山奥で一人で暮らしたいなあ」などと独言ている。23巻巻末のおまけページによればこの後叱られた炭彦(炭治郎の生まれ変わり)と仲良くなってバドミントンをする、という設定があるそうだが、まあとぼけてはいるが主観的にはあまり幸せではなさそうである。この辺り、主要キャラの一人の生まれ変わりとしてはちょっと可哀想なんじゃないかな、と連載で読んだ時から思っていた。
生まれ変わったら何になりたいか。昨日も書いたが炭治郎は割とドンピシャである。次男である。このはまり方はすごい。最終話を読んで一番やられたと思った設定である。
それでは、「愛すべきバカ」である伊之助は生まれ変わったら何になりたいだろうか。「愛すべきバカ」は生まれ変わっても「愛すべきバカ」になりたいだろうか。「愛すべきバカ」本人に聞いてみないとわからないが、本当はそうではないかもしれない。
伊之助はめちゃくちゃなやつだが本当はそんなにめちゃくちゃでもない。(めちゃくちゃだが。)大月さんのいうように硬派だからとりあえずなんでも威張るが仁義には厚いし案外思いやりがある。(失礼な←セルフツッコミ)鬼にされてしまった炭治郎を人間のまま死なせてやれと義勇に言われて戦うが、「切れねえ」と思ってしまう。母に崖から落とされ猪に育てられるが村に降りて人語を学び、「猪突猛進!猪突猛進!」などと四字熟語まで学んでしまう。(4巻27話で自分で言っているが、彼は読み書きはできない)おそらくは伊之助を叱った人がそんな猪突猛進ではダメだ、と言ったのに褒められたと判断して自分のキャッチフレーズにしたのだろうという感じである。
10巻巻末番外編に伊之助が言葉を覚えた過程として山から降りてきて里で老人に百人一首を読み聞かせてもらって言葉を覚えたというめちゃくちゃ意外な雅な設定が書かれていて面白いのだが、しかし逆に百人一首からどうやってあの乱暴な言葉を覚えたのかかえって謎は深まるばかりである。
(後半に続きます)
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