「感染拡大を防ぐ」とは、「感染経路を物理的に遮断する」ということ。
Posted at 20/11/19 PermaLink» Tweet
岩田健太郎「丁寧に考える新型コロナ」読了。
ファイル2までは前回に読んだ内容、思ったことなどを書いたので、あとの残りで思ったことをまとめて書こうと思う。
今この病気に関して最も重要なことは何かといえば「新型コロナ感染症の感染拡大を防ぐ」ことだ、というのは共有されていると考えていいのだろうか。この病気の罹患した場合の致死率は0.5%であり、今のところ有力なワクチンは実用化されていないし、治療薬も実地での治験を積み重ねている途上であるということもあり、「ヤバイ状況」であることに変わりはない。もし日本人1億人が感染したら50万人が死ぬ計算になる。これは西浦博さんが言った「何も対策しなければ42万人死ぬ」というのに近い数字になる。
だから基本は「感染拡大を防ぐ」ということが今現在最も求められていることになる、という判断は医学的には正しいと思う。
そして、「感染拡大を防ぐ」というのはどういうことかというと、つまりは「感染経路を物理的に遮断する」ということが、パスツール以来の感染症医学の基本中の基本ということになる。
新型コロナの感染経路は主たるものが飛沫感染であり、従となるのが接触感染である、ということのようだ。ということは、「飛沫が他者に飛ぶのを防ぐ」ことを主に、「危険なものに接触しないようにする・消毒する」のが従ということになる。
で、飛沫が飛ぶのを防ぐ最も望ましい対策が「距離を置く」ことであり、1mでもないよりはいいが、2mならなおいい、つまりソーシャルディスタンスが基本になるということのようだ。
次に有力なのが「マスク」で、これは感染のリスクを低減することは確かだが、完全ではない。これはたとえば「雨の日の傘」のようなもので、稀にぽつ、ぽつ、と降ってくる程度ならあまり傘をさしても意味はないが、本格的に降ってきたらさした方がいい。そして、さしたら絶対濡れないかというとそんなことはないわけで、マスクをしても感染のリスクはゼロにはならない。マスクはその程度のものと考えた方が良さそうだ。
最強なのがロックダウンで、これは外出を禁止するわけだから完全に感染経路が遮断される。これはどの国の例を見ても必ず感染は減る最後の手段だということだ。しかしもちろん経済的な打撃は大きいので、この扱いが難しいというのはその通りだと思う。緊急事態宣言の出し方については日本の政策決定システムが「ステイクホルダーが集まって議論をつくし、出し切った後で決を取る」という不満が残らない形にこだわりすぎて、必要な時に迅速にロックダウンできず、その結果感染が拡大してしまうために切り上げる時も遅くなり、長期間になってしまったという反省点が書かれていた。
ゾーニングの問題も同じことで、感染経路をいかに断つか、そしてそれをいかにしたら日常的に行えるように簡便化できるかが重要になるわけで、ただこれは日本に経験者は少なく、ダイヤモンドプリンセス号ではそこを失敗したと岩田さんは主張している。
感染が拡大しているか縮小しているかは実効再生産数が1より下か上かによるわけだが、日本の場合は緊急事態宣言の前からすでに中国からの入国が禁止されたり連休の人出に対する危機感が言われたりして実質的な自粛が始まっていたので宣言前に1以下になっていたが、大事なのはこれを1以下に維持することであり、そのためには必要だったという見解だ。もし2週間程度早ければもっと短くて済んだという見解だが、日本のシステム上それは難しかったということのようだ。
これは新型コロナとは少し関係のない話だが、日本の近代医学はドイツから輸入されたわけだけど、そのためにドイツでの診療科の考えがそのまま輸入され、日本の医学は「臓器別」に診療科が立てられるようになったのだそうだ。消化器内科とか循環器科とか呼吸器科とか。それがアメリカの影響で新しい診療科が立てられるようになったのは21世紀になってからで(これは何か法律の改正とかもあった気がする)、感染症専門とか悪性腫瘍専門とか緩和ケアという専門ができたのは最近のことなのだそうだ。
まあ、私がこの本を読んで一番良かったと思うのは、「感染症の拡大を防ぐ最も基本的な考え方は感染経路を断つこと」という当たり前の基本をもう一度確認できたということだなと思う。いろいろな人がいろいろなことを言うので、逆に基本が曖昧になってるところがあるんじゃないかと言う気がしてきていたので。
279ページ以降は100ページ以上にわたる西浦博氏との対談。西浦氏は緊急事態宣言時、「8割おじさん」として「人と人との接触の8割削減」を唱えてきた理論疫学の専門家で、日本における数理モデルの第一人者であるが、日本においてこの分野に対する理解がまだ進んでいないことで、西浦氏に対してかなり強い反発が起こったことは記憶に新しい。
日本社会や日本の官僚制度の中でこうした感染拡大防止策を行うことがいかに大変かと言うことが二人の対談からは窺われるのだが、その辺りは読んでいただければいいと思う。ポイントになると思ったことを5点ほどあげたい。
世界の疫学者の議論の大きな論点は、「ロックダウン重視派」と「クラスター追跡重視派」の2派に分かれて、今でも激論が続いているのだそうだ。欧米では主にロックダウン派で東アジアではクラスター重視派が中心だと言う。実際中国や韓国では徹底的にクラスターを潰すことで感染拡大を抑え込んできている。
ただ、日本のような自由な社会で新型コロナのクラスター追跡を行うことはかなり大変だと言う話が興味深かった。従来行われたクラスター追跡というのは例えば結核に関してなどらしいが、結核で「濃厚接触」になるのは「長い時間、狭い場所で時間を共にする」ことであり、「マスクをせずに一緒に食事をした」程度ではまずうつらないのだそうだ。そして結核は感染者が出ても月単位、年単位で追いかけても十分間に合うのだそうで、新型コロナのクラスター追跡とは全然状況が異なるのだそうだ。
新型コロナの場合は5日後には再生産されている可能性があるので、とにかく迅速にクラスター追跡を行わなければならないが、やはりそれはなかなか限界があるそうで、特に感染急増期には間に合わない。だから感染のごく初期や一度落ち着いてきてからならいいが、急増期には基本的にロックダウンせざるを得ないということになるのだそうだ。
二つ目に印象に残ったのは、感染拡大期には病院内で医者を含めてほとんどパニック状態になり、「ウチの科を全員PCR検査をしろ」と言ってくる人たちを宥めたりとりあえず検査して納めたり大変な状況になっていたという話。医療者でもそうなってしまうなら、素人の国民がパニックになって検査を求めるのはまあしょうがないんだろうなあと思ったのだった。
しかし大事なことは、検査というのも非常に多くのヒューマンリソースを使うものであるということと、必要ない検査によって生み出された偽陽性への対処で多くの労力が割かれるという危険が常に伴うもので、だから検査の担当者が燃え尽きてしまわないような、やって意味のある検査量に抑えるという点でリーダーシップが重要だという話だった。日本のリーダーは調整型なので、「とりあえず検査したらみんな納得するから」みたいな検査担当者にとっては死ねと言われているような結論に陥りがちなのだ、ということもまあそうだろうなと思った。「今は不安の解消より感染拡大を防ぐ時期だから」と不要な検査をさせないリーダーシップを取れる病院長というのがどれくらいいるのか、まあなかなか大変だなと思った。
それから新型コロナは、人間的な要素がとても大きく関与してくるという話。ウィルスの性質とかよりも、人間の行動がはっきりと反映されるものだというのが、今までにないタイプの特徴だということだった。
後は政策との絡みだが、GOTOは感染予防の立場からすればやらない方がいいに決まっているが、政府がGOTOをやると決めたら、その中でどれだけ感染を防げるか、ということを口を酸っぱくして行っていくしかない、という現実的な立場を西浦さんはとっているということ。岩田さんは現在の局面でも政府がもっと自粛の方向に舵を切らなければダメだと原則論的に主張しているが、尾身さんを含め政府に関わっている人たちは政府の立場を受け入れた上での最小減化を図っている。
これはどちらがいいというよりも、それぞれの立場で発言してもらうしかないということだと思う。
私は基本的にはやはり人の流れを促進することは今はやめて、経済的な損失は政府の対策で補うべきだと考えているけれども、誰も彼もが血走った目で自論を展開している中ではなかなかいろいろ難しいなとは思う。ただ、感染した場合の後遺症の内容と数の話を読む限りでは、やはりなるべく感染しない方がいいと思うし、やはりそれを前提とした議論を組み立てた方がいいと思う。
ただ、今回この本を読んでみて、やはり基本を大事にしていくことが大事だなと改めて思った。おそらくは経済対策の考え方も、何を基本にするのかの政府の方針が、うまく実情に合ってないのだろうなと思う。
自説を主張するのもいいが、一度基本に立ち戻って問題を整理し、勉強し直すのもいいのではないかと思った。
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