諏訪の神社:白山社と児玉石神社

Posted at 20/10/07

昨日、お客が来るので下諏訪の新鶴にお菓子を買いに行ったのだが、秋宮のすぐ隣にあるので平日だというのに観光客が多く、店にも人が多くて、GOTOで随分人が出ているのだなと改めて思った。海外旅行が難しいということもあり、国内に回った人もいるのだろう。観光地はそれなりに潤うと思うが、やはり感染リスクの拡大という心配はある。早く終息してくれるといいのだが。

上諏訪から下諏訪へ行くのに、国道を行かずに軽に乗って旧道を走って行ったのだが、「〇〇神社20m先左折」という看板が出ていて、角で右を見ると確かに神社がある。ここは行ったことなかったなと思い、いつか行こうと思いながら昨日はそのままにしていた。

今朝起きてから行ってみようと思い、近くまで車で行って止めて、歩いていくと先宮神社の角に出たのでそこを右折し、しばらく行くと角の左側に神社が見えたので行ってみると「白山社」と書かれた碑があり、あれ?と思ったがこれなんだろうと思って石段を登り、参拝した。登ってみると大和(おわ)やセイコーエプソンの本社、それに諏訪湖が見晴らせ、景色のいいところだなと思った。周囲に墓地があり、昔はもっと鎮守っぽい感じだったのではないかと思ったのだが、説明書きがなく、由緒などはわからなかった。参拝して下に戻る。今考えてみたら、「白山社」と書かれた碑の裏側などを調べてみたら良かったと思ったのだが。

さてそれでは車に戻ろう、でも昨日見たあの看板を確かめないと、と思って歩いたのだが25メートル言っても看板がない。さらに湯の脇のほうに歩き、もうそこの森は温泉寺だよなあと思っていたら看板があり、「児玉石神社20m先左折」と書いてある。ええ?と思って先に行くと、確かに違う神社があった。どうも白山社を見つけたのは偶然らしい。

というわけで早速参拝。こちらは由緒書きもかなり詳しく書いてあり、神様が諏訪湖の底から二つの大石を取り上げたが袖は濡らさなかった。袖の中に二つの大石があり、それを祀ったのが児玉石神社の由来、だとのこと。この社殿は八剣神社の古い社殿を移築したものらしく、それなりに大きい。(八剣神社は小和田村の鎮守であり、毎年御神渡りの検分をする役目がある諏訪ではそれなりに大きな神社)赤羽の神社に行った時もそのような記述があったが、大きな神社の改築の際に古い社殿をより小さな神社の社殿として移築するということはよくあったのだろう。

確かに由来通り、大きな石がいくつも鎮座している。これらの石が実質的な御神体なのだろう。茅野市矢ヶ崎の御座石神社もそうだが。私の家の近くにもイボ石という大きな石、というか岩があり、生前父に聞いたら霧ヶ峰火山の溶岩が固まったものだということだったので、おそらくは児玉石神社の石もそういう由来のある石なのだろう。ただ溶岩的な面相の石もあるにはあり、それも「イボ石」と呼ばれているそうだが、もっと堆積岩的に見える石もあり、溶岩流の中に巻き込まれた岩なのか、土石流で降ってきた石なのか、いずれにしても「根元記抄」という室町時代の文明年間だかに書かれた記録があり、それよりは古いと思われるということだった。

犬も歩けば棒に当たるではないけれども、ひょんなことから神社を探したらもう一つ別の神社を見つけたというなんだかありがたい話だった。

最近、神社巡りをしているせいか、運気が向上しているのだろうかとふと思った。そうだったらいいのだけどね。

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by Luke Peterson

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