『ダンスダンスダンスール』:おっさんたちの恋愛事情/『アクタージュ』:もどるべき場所
Posted at 19/08/26 PermaLink» Tweet
私は土曜から火曜にかけて東京にいるのだが、家の近くのローソンでは日曜日の深夜11時半ころに月曜朝に発売される雑誌が入っていて、寝落ちしていないときはその時間に買いに行く。
昨夜はジャンプとヤンマガ、スピリッツを買ったのだが、その中に2編、表現に関する作品で二つ強い印象に残ったものがあったので書いておきたい。
一つ目はスピリッツの『ダンス・ダンス・ダンスール』。中学を卒業したばかりの主人公・潤平はニューヨークで決選が行われるバレエのYAGP(ユースアメリカグランプリ)にむけ、コンテンポラリの振り付けを所属する生川バレエ団の巨匠・岩井先生に振りつけてもらうのだが、「自分自身を表現する」ことについて、自分が中身がないハッピーボーイであることに気づき、岩井にどうしたらいいか問う。岩井はそれに対し、自分が恩師バシュラールの誕生日の公演で踊った振り付けがあると言いかけたが、「パーソナルな思いの丈だから見なくていい」と言って寝室に引っ込んでしまう。
見ろと言うことだろうかと解釈した潤平はそのDVDを探し出すが、「面白くなかったらしんどいな」と思う。潤平は映画のアクション監督だった父が友人たちと楽しみながら好きなものを撮った自己満足的な映像を思い出し、そういうものだったらどうしよう、と思ったのだった。(ここにももちろんそういうものに対する批判がある)だから個人的な思いは捨象し、伝統に裏付けられた美しさを追求するクラシックバレエに自分が魅かれるのは当然だ、と思いながら、それでも見ようとする。おそらくは、暗くて哲学的な難しい作品(分るやつには分る高尚なダンス!)なのではないかと思いながら。(この辺の批判もよくわかるよね)
しかし始まった映像は全くそれとは違う、岩井とバシュラールが二人並んで椅子に座るところから始まる映像で、簡単に言えば「二人の愛の軌跡」を描いたものだった。ギンヤ(元スーパースターダンサー)の幻が解説をつけるのも受ける。出逢いの甘美な好奇心、軽い嫉妬や怒りを示す情熱、悦び、憧憬、愛と暴力、切望と失望。そして、隣には座らないけれども別の形で続く思い。そういう、「おっさん達の恋愛事情」を表現したものだった。
これにはやられた。そして気がついたのだが、このバシュラールというのは(おそらく)モーリス・ベジャールがモデルなのだ。岩井はジョルジュ・ドンではないけれども、おそらくはその影は重ねられている。(個人的にはバシュラールというフランス語が実は英語ではバチェラーと同じ綴りであるということに気付いてちょっとびっくりした。)この「個人的な映像」に酷く潤平は心を動かされる。「振り付けは、そしてダンサーの表現は勇気だ」という岩井の言葉の本当の意味に潤平は気付き、雨の中を駆けて帰る。そして岩井は潤平がDVDを見たことを確かめ、一人物思いにふける。
これは自分の、都のことが好きだったのに流鶯のために自分は身を引いたつもりだったのに、それを結局は引きずっていて、そのままの気持ちで黒島と付き合ったために中途半端になってしまった、自分への悔恨に酷く入ってきてしまったから、ということもあっただろう。
YAGP直前期に全くレッスンに出てこない潤平を周りは心配するが、岩井は「そこは任せてくれないかな」という。潤平は一人部屋に籠り、考えたことを窓に張り付け、そして窓に映った自分の姿を見ながら踊る。ご飯も食べないで作業に没頭する。メモには「怖い、おぞましい、なさけない、意外な人?」と書かれた中で、「なさけない」に丸が付けられている。
凄かった。
もう一つはジャンプの『アクタージュ』。役中の怒りの感情を表現するために自分の中の怒りを探すが見つからない景は、学校に行って同じクラスでもあり同じ映像研の友達でもあるひなに「人生で一番起こった瞬間はいつか」と尋ね、その話の中で「悲しみと怒りってちょっと似てない?」という話から、「今までの人生の中で一番悲しかった日のことを思い出せば、そのときが一番起こった時だったりしない?」という話になり、景は母が亡くなった日のことを思い出す。そしてそのときの父に対する感情があまりに激しいものであったために、忘れようとしていただけなのだということに気付く。
そしてその感情を探していたのに、いざ見つかってみると景自身が「怖い」とうずくまってしまうくらい激しいもので、「だめだ、使いたくないあんな感情、もう思い出したくない」と思う。これはこの作品をずっと読んできているものに取ったらそれだけでゾッとしてしまうような激しさが想像されてしまうだろう。まさに想像したくもないような怖さである。
しかしうずくまっている景のもとに、映像研の仲間たちが入ってくる。そして繰り広げられるたわいもない会話。そして景は、その役者としての友達=ライバルではない損得抜きの友情に接して、「黒山さんはこういう日のために友達をつくれって言ってくれたんだ」と思い、「父の記憶を使おう」と思う。このあたりはなるほどなあと思う。
野田秀樹は戯曲『怪盗乱魔』に付された自年譜「たかが人生」のなかで、「芝居は怖い。沖に出て遊んでいるうちに岸が見えなくなってしまうところがある」と書いていて、その年譜の落ちは「もろくも東大中退」なのだが、それは演劇という海だけでなく演技という沼においても同じで、そのことは星アリサが景に対し「あなたがあなたでなくなる前兆よ」と注意喚起しているのだけど、役者仲間しか人間関係がないと、帰ってくるべき日常を失ってしまう、戻るべき自分が無くなってしまう、ということを黒山は注意していたということなのだろう。
表現に没頭し、それに惑溺しているうちに帰って来られなくなる、というのは書き手・表現側に取ってもそうだし、場合によっては読み手、受け手にとってもそうだろう。それが自分の主体を持って行われていればいいのだが、その自分がどこかに行ってしまい、見えなくなってしまう、見失ってしまう危険を、表現という行為は常に持っている。
見田宗介の言葉に「翼を持つことと根を持つこと」という言葉があるが、表現が翼であるとしたら、帰ってくるべき日常あるいはそのような場所こそが根ということになるだろう。翼も根も主体の強さによって保たれるものであるけれども、超高純度にならざるを得ない表現行為に対し純度の低い、進むだけでなく戻ったりたゆたったりすることもできる日常があるからこそそこから汲み上げた表現がなし得るわけだ。
この2本の作品は、表現・作品と日常・経験あるいは人生との関わりについて、考えさせられるものだった。
今日は免許の更新に行き、視力検査がちょっと心配だったが無事パスしたので安心した。
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