自分とアート(メモ)

Posted at 19/08/14

自分とアートというものとの本格的な出会いというのは中学生のころに見たマグリットの画集だったと思う。あとは、雑誌『宝島』とかに出ていた赤瀬川原平のイラストとか、サイケ系のものにも印象を受けた。ダリとかシュールレアリズムにも中学の教科書で見て印象があったけど、そのあたりまでは人並というか、アートがなければだめ、という感じでもなかった。

ツイートを書いていて思い出したのだけど、自分の人生とアートがつながったのは、大学の新歓オリの最初の集まり、駒場のLEOという喫茶店での出来事だったように思う。あの時、まわりの人たちはブルックナーやマーラーの音楽の話をしていて、田舎から出てきたばかりの自分がまさにまったく教養の面で劣っているということを思い知らされた感があった。

音楽に関してはこの差は取り戻せない、それならば、と思ったのがアートだったように思う。これは高校生のころから東京に出たら美術展にたくさん行ける、と思っていたこともあったのだけど、新歓オリでのショックもあって、実際に美術展や美術館によく出かけるようになり、自分がどういうものが好きでどういうものがいいと思うかとかは、このころにかなり輪郭が出来てきた感じがする。

高校時代はマグリットやダリなどのシュールレアリズムが好きだったのだけど、大学時代にはタッチの面白さにかなりめざめた。最初に感動したのがロートレックの「マルセル」で、あの絵の背景がグリーングレーに塗られているのでなく、そういう材質の紙に描かれていたということを見た時は雷撃が落ちたようだった。

当時は1980年代、セゾン文化華やかなりしころで、美術展も頻繁に行われ、また映画や演劇も新しいものがどんどん出てきていて、さまざまなものを自分の中に取り入れて行ったと思う。

ただ、それを仕事にしようという気持ちにはならなかった。もともとは歴史が好きで結局西洋史学科に進んだこともあり、そちらの方でなんとかしようと思っていたのだけど、結局卒論はスペイン黄金世紀の画家・ムリーリョについて稚拙なものを書き、大学院試験に落ち、2年目に美術史を受けたのだけど、腰が据わっていたわけではなかった。

結局美術は好きだから見ていたのだけど、絵を描けるわけでもなく、プロに伍していけるほど知識があったわけでもないので、その道に今から進むのは難しいと思ってしまったのだろう。また、アートのような社会の上澄みというか、世間の深いところに降りていくことのできない分野に進むことを今一つ躊躇するくらいには社会派的な意識があったということもあった。だからと言って何かに積極的に取り組んだわけでもなかったのだけど。

その社会派的関心は、結局底辺高校で10年ほど教員をやったことでもういいという感じになり、ただそこからなかなか浮上できないで、自分がやりたいことを探して彷徨っている感じがずっと続いていたのだけど、最近になって少し焦点が絞れてきたというか、結局私の対象とすべきはアートなのではないかという気がしてきた。

というのは、結局自分はアートというものを通して人間というものを見ているのではないか、ないしは通さないと人間が見えないのではないか、という気がしてきたところがあるからだ。

本を買っても、絵の描き方の本をつい買ってしまう。解剖学の本とかもそうだ。絵を描きたいという感じと、絵の世界に沈潜したいという感じと、その両方が自分の中にある。

自分とアートとの関係について、ちょっとメモ程度に。

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Title background photography
by Luke Peterson

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