「幸福な食堂車 デザイナー水戸岡鋭治の気と志」/楽に生きることと前向きに生きること

Posted at 19/05/29

一志治夫「幸福な食堂車」(プレジデント社、2012)を読んでいる。この本は出た頃に買ったままずっと積んであって読んでなかったのだけど、読み始めたらとても面白い。
副題が「九州新幹線のデザイナー水戸岡鋭治の「気」と「志」」、帯には「なぜ、九州の鉄道だけがあんなにもかっこいいんだろう」とあって、買った時は九州新幹線のデザインの話だと思って買った。巻頭のカラーページはそういう写真が多いし、表紙も列車の模型が並んでいる。でも買ってからパラパラ読んだらほとんど列車の話が出てこなくて、その後ほったらかしになっていた。

先日久しぶりに本を整理している中でこの本を再認識し、初めてこの本の主題はデザインの解説にあるのではなく、水戸岡鋭治というデザイナーについての本だということに気づいたのだが、さて、それではそういうデザイナーの伝記、半生記を読みたいだろうか、という問いを持ったまま数日過ぎ、ぱらぱら読んでいるうちにこの本には日本のデザインの歴史を振り返るという要素もあるということに気づいて、さてと思って昨日から読みだしたのだった。

読んでみるととても面白い。まだ102/313ページで、これからいよいよ列車デザインの話に入る、というところなのだが、60年代、70年代、80年代それぞれのデザイン事情と主人公・水戸岡さんの特性と仕事、ビジョンのようなものがよくわかったし、「パース」というものがお金になる仕事としてあった時代のこととか、とても興味深かった。デザイナーといえばファッションデザイナーしかあまり意識しておらず、グラフィックデザインや装丁などには今ひとつ興味が湧かなかったのだが、こういう工業デザインの仕事もとても面白いなと思った。まあそれは著者の一志さんの読ませる腕も大きいのだと思うが。グラフィックやブックデザインも、歴史を追ってみるとまた違った面白さが見えてくるのだろうなとは思った。

富士急の富士吉田駅を改称して新しく富士山駅としてオープンした時の改築についてのところで、「水戸岡は、基本的にどんなところにも「5つのS」を持ち込む。整理、整頓、清掃、清潔、しつけ、である。」とあって、ああ、これはよくわかるけど、例えば新宿二丁目的な猥雑な雰囲気みたいなものの良さというのはどうなるのかな、とかは思ったのだけど、まあ自分でやるとしたらこの「5つのS」には気を使うだろうと思った。実際に自分の空間は全然片付いてないが、理想としてはそうしたいというのはある。

あと印象に残ったのは、仕事というのは「花仕事」、お金にはならないが挑戦的で未来につながる仕事と、「パン仕事」、日常的に日銭が入ってくる仕事がある、という記述。この辺りもとてもよくわかる。なかなか今現在の自分は「花仕事」に手を出せていないのだけど、どこかでやらないとジリ貧になる、というのはその通りだと思う。

世の中には前向きに楽しんで生き生きと生きている人もいれば、とりあえず楽な方に流れて少し猥雑なぐらいの環境の方が安心して楽に暮らせる、という人もいるし、また一人の人間の中でもそれは繰り返し出てくることがある気がする。デザインというのは前者と相性がいいとは思うけど、後者はどんな風になっていくのか、まあ後者はむしろデザインよりはアート、ビジネスよりは文学とかそういう世界の方が近いかもしれず、人間の弱さに対応するような存在のあり方というものもある気はして、まあちょっとその辺のところは考えてみたい気がするなと読んでいて思った。

ただやはり私は楽に生きるだけでなく前向きに生きていきたい人なので、この本から学べるものはある気がするなと思う。面白くてためになる本だと思う。

この本、文庫になっていた。


 

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