新しい御代の始まり/退位礼正殿の儀のお言葉:国民への深い信頼と敬愛

Posted at 19/05/01

一夜明けて、令和元年5月1日、新しい御代を迎えた朝。元号も改められ、全てが一新される。古い平成の世から脱皮し、新しい時代を新しい自分で生きることができるよう、心を引き締めてやっていきたい。

昨日はいわゆる「退位の儀式」をテレビでライブでも録画でも見たが、先帝陛下、というか上皇陛下と呼ぶべきだな、は本当に昭和天皇のいわゆる「新日本建設に関する詔書(いわゆる人間宣言)」で述べられた天皇と国民の関係、「朕ト爾等國民トノ間ノ紐帶ハ、終始相互ノ信賴ト敬愛トニ依リテ結バレ」という部分を実践してこられたのだなと改めてしみじみと思った。

退位礼正殿の儀での上皇陛下のお言葉は「即位から30年、これまでの天皇としての務めを、国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは、幸せなことでした。」と、まさにこの言葉を選んで述べられている。

そして、「象徴としての私を受け入れ、支えてくれた国民に、心から感謝します」という言葉からは、日本国憲法に定められた「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」という文言を誰よりも深く考えられ、「象徴である」ことだけでなく、「象徴としてどう行動すべきか」を考えられて、新日本建設に関する詔書(いわゆる人間宣言)にある天皇と国民の関係の定義に至られたのだろうなと思う。

上皇陛下のこれまでのお振る舞いに対し、様々な評価はあるだろうけれども、陛下はおそらく極めて冷静に注意深く、憲法にも詔勅にも法令にも留意され、その中で自分の務めを見出されて行ったのだろうと思う。だからこそその歩みは、全く新たな天皇像でありながら、軽薄さは微塵もなく、それでいて堂々とご立派であられたのだと思う。単なる「お気持ち」での行動ではなかったのだ。

だからこそ憲政史上例のない譲位の意思を示されても、それがいかにすればそれらの法令文書と齟齬なく実行できるかが議せられることができた。もちろん、今回の一連の流れが最上だとは思わない。退位でなく譲位であるべきだったと思うし、譲位と践祚は同時であるべきだったと思うし、皇室典範をきちんと改正すべきだったと思うし、譲位後の名称等も全て古例に則り、太政天皇・皇太后であるべきだったと思うし、そのようなことはいくらでもあるけれども、それでも一応は滞りなくこうした「憲政下における譲位」の一連の未曾有の儀礼が動きつつあることは、上皇陛下が現体制の天皇陛下としての務めを誰よりも考え、実行されてきたからこそのことだと思う。

新たに即位(践祚)された天皇がこの先例をどのように踏まえられ、どのような新たな天皇となっていかれるのか、その期待と希望を持ちながら、一連の儀式を拝見し、新しい御代のスタートを言祝ぎたいと思う。

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