「教養としての世界史の学び方」:「歴史」と「歴史でないもの」の距離
Posted at 19/04/23 PermaLink» Tweet
今日は曇り空。でも気温はだいぶ高くなっている感じがして、昨日は春というより初夏の陽気を感じたが、しかし今日はさすがにまだ春なのだなという感じもある。いずれにしても季節は晩春から初夏の間を行ったり来たりしているのだろう。
昨日はあまり出歩かずに本を読んだ。少し日本橋に行って本を見てカレーを食べながら肩の凝らない本でも読もうと渡邉義浩『始皇帝 中華統一の思想 「キングダム」で解く中国大陸の謎』(集英社新書、2019)を読んでいた。新しく知ったことはそんなにないなあと思いながら読んでいたが、でも自分の知っていることの整理になる部分は多いなと思いながら読んでいた。秦の建国、つまり諸侯として認知されて国と認められたのが紀元前771年の周の東遷のとき、とはっきり期日があるということを割と初めて認識した。そういえばキングダムでも秦王政が「秦国500年の歴史」とはっきり言ってたなと思ったが、なぜか史書的な根拠があると思っていなかったので、そういう部分での再認識は結構あった。
『教養としての世界史の学び方』は第1章「近代的営みとしての歴史学」を読み終わった。これは三つの節に別れていて、「科学としての歴史学」「近代歴史学と時代区分」「近代を基準とする歴史学のバイアス」となっている。後二者も歴史学の上では重要な問題なのだが、まず最初の「科学としての歴史学」について思ったことを書いてみる。
この説は、4つの項に別れていて、それぞれ「人類の進化と神話」「神話と歴史は区別できるか」「近代国家、大学、歴史学」「ランケの歴史主義」となっている。また後二者は「歴史学」成立の歴史ということなのだが、前二者がかなりいろいろな問題をはらんでいるのでとりあえずこのことに限って書いてみるのがよいかなと思う。
歴史がなぜ生まれたかというと、人はなぜ生きているのかという根源的な疑問もあるが、そういう疑問を人が持たざるを得なくなったのがどれくらい古いかというと、普通はいわゆる「枢軸時代」、紀元前5世紀ごろ、社会の高度化が進行し、身近な人間関係を超えたところで世界が動くのが感じられるようになってから、ということをヤスパースが言っていたが、つまりこの時代に孔子やソクラテスやブッダなど、「思想」が生まれたということを言ってるわけだ。歴史的に見れば歴史はそうした個人としての哲学的疑問と前後して生まれているけれども、人間集団がなぜこのように存在し、どうほかの集団と対抗してきたか、ということの説明が必要になってきたということだろう。
上記のことはこの本に書いているわけではないが、この本ではこのあたりのことを人間の大規模な社会的協調行動は、「「自分たちが何らかの共通の起源から生まれ出ており、運命を共にした仲間である」などといったかたちの物語を共有する」ことによってうまれる、そしてそれは「神話」と呼ばれることがある、と言っている。
著者はこれを神話学的な意味での神話として言っているわけでは必ずしもなく、「非」歴史であるものをとりあえず「神話」と総称しよう、という立場でこの言葉を使っているように思われる。
このあたり、歴史学では普通の言葉づかいなのだが、神話学や民俗学など、隣接領域の学問にとってはあまりどうかと思えるところがあり、歴史学の横暴みたいなものを感じるところでもあるとは思う。
また、自分たちが集団・共同体であることの根拠としての神話、という考えはもちろんアンダーソンの「想像の共同体」や吉本隆明の「共同幻想論」に基づくものだろうと思う。
神話は超越的な根拠が物語られるものであり、歴史は経験的な由来が語られるものであると。そして第2項では神話と歴史が区別しうるか、という問題を取り上げているのだけど、これは戦後日本史学史上のかなり重大な問題(皇国史観との距離感)と関わっているのだけど、わりとあっさり済ませているのは、著者が日本史の人ではないからなのだろうなとは思う。
そして近代歴史学自体が近代国家の成立過程を明らかにするという目的を持ってきたということからおのずとその意味での「神話」に近づかざるを得ないということの指摘はその通りだと思う。「近代国家」が「大学」を整備し、「大学」において制度化された「歴史学」が、おのずと「近代国家の神話」の語り手たらざるを得ない、というのは例えば「憲法学」が人権や平和の理想を語る「民主主義の司祭」たらざるを得ないということと共通するものがある。
そして、現代においても「自分たちの意図する社会統合のために」歴史が書かれることは珍しくなく、まあこのあたりは百田尚樹氏の『日本国紀』や司馬遼太郎の様々な著作などのことをいっているのだろうけど、また逆に社会運動の歴史なども彼ら自身のアイデンティティを明らかにするために書かれたりするわけで、その意味で歴史と「神話」とは切り離せない関係がどうしても出てくる。
また、歴史小説なども人々の統合の意思の形成に寄与しているなら広い意味の「神話」だ、と言っているけれども、これももちろん神話学上のタームではない。広い意味での厳密な歴史とは言いにくいもの、という意味だからむしろ歴史学上のタームと考えるべきかもしれないが、神話学からはクレームがつきそうな用法ではある。
まあ学問というものは自らを定義するために自らでないものを排除しようとする免疫細胞的な行動をとるわけで、ここで言う「神話」は非「歴史」として排除されるべき病原菌のようなものとしてイメージされやすいが、その「こぼれ落ちた部分」にこそある種の豊饒性がある、ということもまた見逃してはいけないわけだし、民俗学や社会学などがそのあたりを拾い集めている感はあるが、もし今歴史学が急進的に純化を進める傾向があるとしたら、民俗学や社会学がより豊饒になる契機もまた現在はあるのかもしれないとも思う。
フランスなどではこのあたりの部分まで含めて「社会史」とか「心性史」という形で歴史学がすべてを包摂する方向で動き、「歴史学帝国主義」などと言われた時代もあったのだが、日本史分野では網野善彦氏らの動きの時代を頂点に、またそういう方向でもなくなり、史料主義的傾向がまた強まっているようにも思う。日本史が皇国史観の呪縛から本当に逃れたとき、逆に皇国史観も含めて大きな日本史学が構成し直されたとき、どのような新たな展開を見せるかには関心もある。
ちょっと最近の私のタイムラインで読んでいることも含めた観点から思ったことを書いてみた。
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