新元号をめぐる議論とか、「幕府」をめぐる議論とか/グローバリズムとアイデンティティポリティクスがせめぎ合う現在、「通史」が求められていることは確かだと思う
Posted at 19/04/07 PermaLink» Tweet
いろいろと個人的な事情で忙しく、なかなかこういうところにも書けないようなことが多くて、少し時間があってもなかなか書けないのだけど、改元関連、特に新元号の制定過程に関する暴露なのかガセなのか判然としないような記事がこれだけでてきているのはなんか異様な感じがするし、日本中世史関連で「幕府」というかなり重要なタームについて意見が交わされているのも興味深い。後者はいろいろ言われているけど議論の深度がかなり浅いところで行われている感じがするのでちょっと残念な感はあるが、「日本史にとって幕府とは何か」みたいなあたりまで議論が構築されていくと興味深いとは思う。
そういう大きなテーマというのは通時的なものになるので個々の史料に即した形で確定できるというよりは、歴史観や歴史哲学の問題になるのでちょっと空中戦になり、各時代の史料に依拠した精密な研究をしている研究者からは白眼視されがちだけど、かなり重要なテーマであるということははっきりさせておいた方がいいと思う。ただ、これは「歴史観や歴史哲学の問題」である以上、何が正しいと断言できるものではない、ということも確かで、しかしそれが不毛だというのではなく、一般教養的に、あるいは歴史教育的にどういう立場を推薦する、特に後者においてはある程度国家公認の歴史観みたいなレベルの問題がどうしても出てくるので、そのあたりを避けて通ることは難しい。これはいかに史料に依拠したい学者であっても、完全に避けて通ることはできない話であると思う。
私は小学生のころに子ども向けの読み物で日本史はかなり読んで、歴史マンガもあるのは全部読んだし昭和20年代に出されたと思われる今考えてみると平泉澄系と思われる子ども向けのかなり黄ばんだ歴史(20巻くらいあって、ルビも全部ついていて読みやすかった)を小学校の図書館で愛読していたので、小学生の頃は日本史を勉強したい気持ちはかなり強かった。そのあと興味が移り替わって最終的には大学では西洋史を学んだのだが、それは一つには日本史はどうしてもその時点での政治状況に絡んでこざるを得ないということにちょっとビビってた面が大きい。高校当時興味を持っていた近代史レベルでも「南京大虐殺」や「七三一石井部隊」がクローズアップされていて、どうもそんな分野をやりたいとは思えなくなってしまったのでもう少し自分にとってのファンタジーが感じられる方向にずれて言った感がある。
しかし実際に西洋史をやったり、イスラムについてかじったりしているうちに、兼好法師の「すめば又うき世なりけりよそながら思ひしままの山里もがな」(新千載集)ではないが、当たり前のことなのだが西洋史もイスラム史もファンタジーどころではなく、どろどろした人間の暗闘が展開していることがだんだんわかってきて、なんというか西洋史という「他人のケンカ」を見ているくらいだったら、否応なく自分が関わり続けなければならない日本の「自分たちのケンカ」を見ている方がまだましなのではないかと思うようになってきたところがある。
日本史をどうとらえるかというのはわれわれ日本人にとっての日本という国をどうとらえるかというイデオロギー的な問題を抜きには語れない部分があり、日本史を学ぶこととイデオロギー的な自らの確信を深めることとはある意味両輪にならざるを得ないので、自分の日本に対するスタンスがだんだん決まってくると(まあ動くときは動くが)日本史の見方もまたはっきりしてくるという面がある。
その中で「幕府」という存在は、「日本」という地において最古の文字史料が存在する紀元前後から数えても2000年ほどの歴史の中で、伝統的な理解である源頼朝の征夷大将軍任官(1192)から戊辰戦争での江戸開城(1868)までの間だけでも600数十年の間中断をはさみつつ存在しつづけたわけで、そういう意味ではこの「幕府とは何か」という問題が分からなければ日本史は分からない、と言っても過言ではないと思う。
伝統的な、あるいは皇国史観的な理解では「幕府」というのは「天皇中心の朝廷」に対抗する「将軍中心の幕府」=対抗政府であり、この理解の成立には「幕末維新」の政治状況がかなり反映していると思うが、その中で伝統的に朝廷の側につくものが正義であり、幕府の側につくものが悪であるような潤色が施されてきている。そういう意味での「幕府」は例えば古代の蘇我氏の政権や場合によっては摂関政治、院政であっても許容できない水戸学的・国学的理解が反映されている。
戦後もかなりたった21世紀の現在、その理解はかなり緩められてきて百花繚乱の感はあるが、「日本国紀」などに観られるように保守派であっても必ずしも皇国史観の立場に立たないという新しい傾向も見られ、日本をどうとらえるかというのはまた古くて新しい問題として勃発しつつあるように思える。
まあ議論が深まっていくことは悪いことではないと思うのだけど、なんだか歴史をおもちゃにしているような議論も時々見られることがあって、その辺は節度を持って議論してもらえるとありがたいな、と思うことはある。
私自身は日本という国を考える上では皇国史観も意味があったし、その歴史を動かす原動力を考察するうえでマルクス主義の唯物史観も意味があったと思うし、詳細な史料研究によって各時代のとらえ方の議論が進んでいるのも見ていて本当に胸躍るところがある。
ただ、今までの過程から、通史であるとか歴史観であるとかの問題に拒否反応を示す研究者が多いのもまたちょっと残念だと思う。それは日本が特殊的に第二次世界大戦の敗戦国であることも結構大きいと思うけれども、グローバリズムと各国・各勢力によるアイデンティティポリティクスが熾烈に行われている現在においては、かなり重要な要素なので、そのあたりを編んでいく試み自体は重要だと思っている。しかしこれが本当に困難なのは、「日本国紀」のようなかなり乱暴な議論だけでなく、網野善彦氏のような泰斗による通史の試みもあまりうまく行っていないところがあり、そういう点で「安心して興味深く」読める通史が皇国史観とか唯物史観とかに基づいた半ば化石的なものしかないのが正直現状であると思われ、そういう意味で「通史の試み」は、厳しいけれども現状強く求められていることの一つだという気はする。
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