呉座先生盗作批判騒動を読んで思ったこと/「東大法学部を優秀な成績で卒業」という「低学歴」/日本で「反知性主義の民衆反乱」が起こらない理由
Posted at 19/01/14 PermaLink» Tweet
インターネット、特に私がよく読んでいるツイッターでは常に論争や炎上、「ホットな話題」のやり取りが盛んに行われているわけだが、私も時々ブログ等で取り上げてみたいなと思うことがある。その多くは専門的な内容も含んでいて、あまり下手に手を出すとこちらがやけどをしてしまいかねないことも往々にしてあるのだが、あまりそういう面での深入りはできないにしても切りようによっては自分なりのとらえ方について書けることもあるので、そういったことを斜めに切っていくのも面白いかなと思う。
最近面白いなと思ったのは、日本中世史で今や第一人者と行ってもおかしくない呉座先生の「日本国紀」批判の書評に対し、官僚出身で歴史関係を取り上げて書いておられる作家が自身のフェイスブックで自分の盗作だと批判した文章が話題になり、それが妥当でないと批判を浴びたという出来事があった。
私がこれを読んで思ったのは、おそらくはその作家氏が筆が滑ったのだろうと思うのだけど、その背景には官僚の方々の間にぬきがたくある、「自分たちは学者=アカデミストより優秀だ」という観念が反映されているのではないかということだった。
今の大学改革の議論にしても、たいていは財務官僚やその意図を受けた人たち、あるいは政治家が学者の方々を「世間知らず、世界を見ていない、(はっきり言えば)役立たず」と批判していることが多い。たまにノーベル賞を取られた学者先生の教育行政批判があってもかなり強引にスルーしている。そしてツイッター世間などではかなり学者サイドの方々のそれに対する悲憤慷慨や批判の発言もあるけれども、マスメディアにはほとんどそれが反映されていない、という実態がある。
逆に見ると、世界的に見たら日本の官僚・政治家たちが世界での発言力が弱い原因として、日本の官僚・政治家たちの「学歴が低い」ということが言われている。つまり、世界的に見れば官僚や政治家は多くマスターやドクターを取って専門的な見識の深い人が多いのに、日本の官僚や政治家は多くが学部(東大法学部)卒で、バチェラーしか持っていない、外務官僚に至っては法学部中退の人さえ多くいる、というわけである。
「東大法学部で優秀な成績」というのは日本国内では、とくに『庶民』に対しては威光があるだろうけど、世界的には「それで?」ということに違いなく、それに関してはある一定のコンプレックスもなくはないだろうと思うが、日本の官僚制度では大学院など行っていては出世できないわけで、そのあたりのジレンマがきついのだろうと思う。
大体、大学入試の時点での学力はともかく、専門的な見識で言えば、数十年自分の分野を研究してきたスペシャリストである学者に、ジェネラリストとして与えられた仕事をこなしてきた官僚が敵うと思う方がもともとおかしいのだが、そのへんは官僚の方々は認めないようで、「自分たちの方が視野が広い、実社会や世界と渡り合っている」という自負だけで「自分たちが学者の専門分野においても勝っている」と思いたい感じが常にありありとしている。
学者の方々も確かに「世間知らず」の面は認めざるを得ない点はあるのかその辺は慎重なことが多いが、しかし昨今の「大学改革」によって学問の場自体が破壊されようとしている現状においては、悲憤慷慨するだけでなく積極的に行政批判をする方々も現れてきたのだが、なかなか大きな勢力にはなっていないようだ。
このあたりの構図というのはどこかで見た覚えがあるな、と思ってつらつら考えてみると、『源氏物語』に似たような話があったのを思い出した。これは確か吉本隆明氏だったかが指摘していたことのような気もするが、「少女」の巻に光源氏の長男・夕霧の教育をめぐっての教育論が語られていて、学問的な見識である「漢才」と、実務能力である「やまとごころ」のどちらを重視するかという議論があるわけである。源氏物語で描かれている学者というのは形式的なことにやたらうるさく源氏を困らせている仕方がない人たちというのが一般的なイメージだが、もちろん紫式部本人が漢籍に造詣が深いこともあり、学問の重要性自体は源氏は強調している。実際に実務についたときに重要になるのは実際の事柄一つ一つに臨機応変に対応していく「やまとごころ」がだが、先ずは学問そのものを身につけることが重要であり、それは十分に考慮されてこなかった、というようなことを言っていて、第一の貴顕の出である夕霧を学問所に入れるわけだ。当時の藤原氏、道長流が必ずしも学問を重視していなかったことへの批判があるのではないかと思う。
藤原氏も少し遡れば貞信公藤原忠平ら漢風諡号を持つ人たちがいるように学問(漢才)が重視されていたわけだが、いわゆる文化の国風化とともにその辺はなおざりになってきたのだろうと思われる。
時代を下って考えてみると、日本では(前近代は日本だけではないが)あまり学問が重視された時代は少なく、江戸時代になって綱吉・家宣らの時代、特に正徳の治の新井白石などが数少ない学者優勢の時代だったが、徳川吉宗の登場による幕閣革命によって「やまとごころ」優勢の時代は確立したように思われる。その後明治大正期、また終戦直後にはある程度学問の力が認められた時代があったけれども、また「やまとごころ」重視の時代になっているように思われる。
それ自体がいいか悪いかというのは一概には言えないことだが、「学問」=漢才、「実務」=やまとごころのどちらかが圧倒的に強くなることはやはり弊害があるのではないかと思う。
もう一つ、これに関連して面白いと思われるのは、「反知性主義」の問題だ。トランプ現象をはじめ、多くの国では知性=アカデミズムに対する反乱がおこってきていて、それは政府中枢、EU中枢に「知性の権化」である専門知性を持った官僚たちが蟠踞し、「庶民」がそれに反乱を起こす、という図が成り立っている。
しかし日本ではそうした「反知性主義」の問題は絶対的な国家の存立を脅かすような大きな問題になっていない。民衆反乱的な現象は起きていない。それは、今まで述べたように、実は「政府中枢=官僚」の側が「知性」の立場ではないからなのではないか。トランプのように政治の側が反知性が取る、ということは民主主義社会ではあり得ることだけど、日本の場合は官僚制度そのものが「学歴の低い」人たちによって占められており、つまりは根本的に「反知性」の側に立っていて、「知性」の側に立つ「学者」やまた比較的学歴の高い「野党・リベラル・左翼」を攻撃する側に回っている、という日本独自の現象があるからではないかということに思い当たった。
そう考えてみると冒頭に書いた呉座先生を批判した官僚出身作家のケースもそうした図式の中で見てみると興味深い現象の一つだと言えるように思う。
まあ結論としては、行政・官僚の側はもっと学問の専門知に敬意を払い、研究が自由に活発に行われる土壌をもっと整備する方向で対応するべきであると同時に、学問・アカデミストの側が積極的に自分たちの価値を発信し、また現実への対応能力を高めていく必要があると思う。「学者バカになってもいいがバカ学者になるな」という言葉がもてはやされた時代はもう過去のことで、「学者バカ」だけの社会ではもう学問の世界は守っていけない段階になっていると思う。豊かな専門知を持ったうえでさらに行政的な能力、政治と丁丁発止する能力を持った学者が出てこないと学問の世界を十分に守ることはできない。「漢才」だけでなく「やまとごころ」もまた学者に求められる時代になったということであり、学界内部での評価もまたそういうところも考慮して行かないと、日本の学問自体が危ない状態は解消されないのではないかと思う。
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