現代世界は国民国家体制が崩壊し、諸帝国の敵対的共存を基軸とする秩序が形成されると。
Posted at 18/11/03 PermaLink» Tweet
内藤正典『限界の現代史』読了。第二次世界大戦後の世界体制、いわば国連主導体制は崩壊に向かっているという見方。これは「新しい世界戦争」であると内藤さんは見ている。
国と国とが連合を組んで全面戦争に乗り出すというのが第二次世界大戦までの戦争の形であったが、この「新しい世界戦争」は、現在のように中小の脆弱な国家群、領域国民国家になりきれなかった国家群が相次いで崩壊し、そこに暮らす人々が巨大な難民の群れとなって国民国家の領域を無視して移動を開始していると。
破綻しつつある国家というのは例えばリビアであり、南スーダンであり、イエメンであり、シリア、アフガニスタン、イラクなど中東・アフリカの国家が多いが、最近ではアメリカを目指す巨大なキャラバンが出現したホンジュラスなどの中米の国々もまたその範疇にはいると考えるべきだろう。今のところ強権的な支配がまだ有効であるサウジアラビアやUAE、北朝鮮などもいずれそのグループに入ってくるかもしれない。20世紀はこうした国々も含め領域国民国家となり、経済発展を目指して努力する、ないしは社会主義国家を目指す、という明確な枠組みが存在した。しかし今ではその実現が日の目を見ることは難しくなった、破綻した国々が次々に現れているというのは直視すべき現実だろう。
これらの国々ではギャングが支配し暴力が横行して国家もまたそのレベルの暴力組織と変わらない状態になり、そうした国々からは希望のある明日を求めて先進国への巨大な人の流れが生じているし、また人間として幸福追求の権利があるというリベラルな立場からしてもその流れを否定することは難しいだろう。
しかし西欧先進諸国はリベラルの装いをかなぐり捨てて移民・難民排除に傾いていて、それらの国々と明日を求める難民・移民集団との攻防は果てしなく続いて行くことになる。
その対立が凄惨なものになる一つの理由は西欧先進諸国がイスラームを「新たな敵」、『西欧のアイデンティティを侵す存在』とみなすようになったということも大きい。20世紀のイデオロギー対立の歴史が冷戦終結と共に終わった後、新たな対立因子はアイデンティティになった、という考え方は大変納得できるものだった。大坂なおみ選手が自らのアイデンティティを問われて「私は私」としか答えられなかったように、一つのところにのみ帰属するわけでないアイデンティティを持つ人たちはその中で安定した居場所を失いつつある。
またこうした状況の中で、リベラルデモクラシーが根付かなかった大国が新しい『帝国』となって強大な力を持って行き残る状況が生まれた。それがロシアであり、中国であり、イスラーム世界の代表的な存在としてはトルコであるということになる。アメリカもまたトランプ政権のもとで新たな帝国の相貌を示しつつある。そのほかの国で言えばイランなどもそうだろう。
こうした事態は、いわば領域国民国家体制、その調整機関としての国連の存在そのものが崩壊しつつあるということで、今はまだ新しい世界体制が生まれていない、というか模索もまだされていない段階だということになる。
当面の間はこれらの「帝国」どうしのあいだの「敵対的共存」が軸となって秩序を形作ることになるだろうと内藤さんは見ている。西欧、EUが混乱のを抜けてこの体制にどのように参加して来るのか、また日本がどういうスタンスでこうした新しい時代に直面して行くのか、そのあたりのことが問題になって来るだろう。
そしてこういう崩壊した世界の中で、人類が実現してきたリベラルデモクラシー的な価値観、人権を基軸とした価値観がどうなって行くかということも大きな問題だろう。西欧でもリベラルな価値観を認めないイスラム教徒がそれを理由に差別を受けることが正当化されつつあり、こうした矛盾の中でどのようにそうした価値観が生き残っていけるのかは難しいところがあるだろう。
読み終わってみると、ここ数十年の世界の変化や今起こっている事態、そして今後起こりそうな事態について、今まで読んだ中で一番納得のいく見取り図が描かれていたように思う。そう明るい未来像ではないが、この時代の中で我々が、あるいは日本が、どのように行き残って行くべきなのかは早々に検討を始めるべきであるし、また日本も参加して新しい世界秩序の設計に取り組んでいかなければならないと思った。
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