「無敵の人」を自己責任論で断罪してはならない
Posted at 18/07/01 PermaLink» Tweet
日本では革命は起きない、と長い間言われてきた。それは、日本が豊かな国になったから、というのが共通認識だったからだろうし、だからこそ左翼は革命を目指すオールド左翼から倫理的な問題にシフトした文化左翼になって生き残ってきたのだろうと思う。
しかし、最近の動きを見ていると、人生の先に希望を見いだせないいわゆる「無敵の人」が自暴自棄的な犯罪を起こすケースが多くなってきている。犯罪自体はもちろんよくないことなのだが、こういう何も持っていない人、というのがマルクスが唱えた本来のプロレタリアートだと言えなくもない。
「支配階級をして共産主義革命のまえに戦慄せしめよ! プロレタリアはこの革命において鉄鎖のほかに失う何物もない。彼らの得るものは全世界である。」
これは「共産党宣言」の一節だが、長い間古色蒼然としたものととらえられてきた。左翼が生活のために戦っていたオールド左翼の層から平等のための戦いに変化したころから、人々が得るべきものは生きるための資ではなく、平等に扱い扱われるべきという倫理に変化してきたころからだ。
「鉄の鎖以外に失う何ものも無い」ということばは、人々を縛り付ける旧態依然とした「意識」の方が問題にされるようになったのは、「生きるだけなら何とかなる」、つまりだれもが「失うべき何者かを持っている」ようになった、と考えられるようになったからだ。
しかし、「無敵の人」はどうだろう。彼らは、少なくとも自分自身の意識では失うべきものを持っていない。だからこそ無敵、という論理である。
そして、ツイッターなどを見ているとこの「無敵の人」という言葉が実在感のあるものとしてとらえられていることを感じ取れる。つまり、もはや洒落ではない、ということだ。
ということはつまり、実際に犯罪行動に走る少数の「無敵の人」の背後には、その予備軍にもなり得る人々がかなりの人数存在するということだろう。かれらは失うべきものは、実際「鉄の鎖」以外の何ものも持っていない、と意識されているのだろうし、方向は正しいとは言えないが、その凶行への走り方は彼らによって捕えられた「鉄の鎖」を打破することであったのだろうと思う。
それは決して、多くの人の共感を呼ぶ物ではないが、「一つ間違ったら自分もこういう方向へ」と感じている人たちが一定数いることはツイッターを見ていて感じたことだし、そうであるならば現代の世界には明らかに<支配階級>と<プロレタリアート>が存在することになる。
これは文化左翼とかした左翼の人たちにとっては認めにくいことだろう。いわゆるロストジェネレーション(就職氷河期以来安定した仕事を持てず将来のビジョンを描けない人たちの多い年代)や貧困階層の若者に対して、左翼の側が辛く当たるケースがしばしばみられる。彼らにとっていまだ現代は「豊かな飽食の時代」であり、そのなかで生活の不満を抱えているような人たちは「やれるのにやってない」「努力が足りない」人たちであるという見方をする人たちがいることに驚かされる。
こうした見方は、いわゆる新自由主義者=ネオリベの典型的なマッチョ的な言説であり、特にロスジェネ世代で成功した人たちは特に同世代の「敗者」達に厳しいのだが、同じことを左翼の人たちも言うというのは、つまりは自分たちの認識構造そのものを否定しかねないものを彼らの存在が問いかけているからだろう。
実際には日本の貧困化と格差の拡大は進んでいるのに、それに対応すべき貧しい人たちの味方であったはずの左翼勢力が、リベラルという名の文化左翼に衣替えしてしまって誰も彼らのことをフォローしない、ということが左翼勢力の後退の大きな原因になってしまっているのだと思う。
安倍政権の経済政策の反緊縮的な部分は一定の成功をおさめ、経済は好転し、雇用もよくはなってきている。しかし安倍政権が基本的に保守政権であり、経営者側の意向が大きく反映される政策を取らざるを得ないのだから、制度的には非正規雇用や労働条件の悪化が含まれる政策も打ってくるのはある意味当然で、現在多くの貧困層が安倍政権を強く支持しているのは叶えられない願いを正しい相手に対して行っているとは言い切れない部分がある。
しかし、安倍政権が金融緩和と財政出動という反緊縮政策を行ったということはリベラルな民主党政権が行った財政再建という名の緊縮政策で痛めつけられた人々にとってまさに干天の慈雨に感じられた。左派が反省すべきは自分たちがやるべきだった反緊縮政策を保守政権にやられてしまったことであって、安倍が憎けりゃ反緊縮まで憎い、というのは根本的に間違っている。
今でこそ北田暁大さん、ブレイディみかこさん、松尾匡さんら反緊縮派の経済学者の方々、稲葉振一郎さんや栗原裕一郎さんら評論家の方々が取り上げて(私自身も栗原さんのウェブでの記事を見て目を開かされたのだが)、その認識を持つ人々もそれなりに増えてきたのだが、まだまだ賛同は広がっていないように思われる。
しかし、世の中の方向が変わらなければ、「無敵の人」はますます絶望する。「無敵の人」は実は能力はないわけではない。最近の事例を見ても旧帝国大学の出身者だったり、自衛隊でそれなりの技能を身につけていたり、間違った方向にしろ本気でやれば今までにない惨事をたった一人でやってのけてしまうくらいの「能力」を持っている人は決して少なくない。
いまの左翼が多くの人に嫌われるのは、人の内面に踏み込んでくるからだろう。労働組合運動が中心だった時代は、偉そうな顔をして高圧的に無理を押し付けてくるようなボス的なタイプが嫌な左翼の典型だったが、現代の嫌われる左翼の典型はフェミニストであったり反差別運動の人たちだったりあるいは戦闘的エコロジストだったりと、人の内面を左右しようとする「自己批判押しつけ型」、あさま山荘のメンタリティの系譜を人たちであろうと思う。
彼らが彼らの理想によって人を啓蒙しようとすることは別に否定されるべきではないだろうが、それを拒絶することももちろん人間の自由であるはずなのだが、自らの正義を絶対化しようとする傾向の前ではそのこと自体が否定されがちであり、そこを多くの人が嫌っているのだと思う。
特にそれが学校教育と結びついてからは左翼に反抗することが反権力であるという倒錯した構造が生まれた。それが21世紀から力を持ち始めたいわゆるネトウヨの動きとかなり関係があると思われる。
今第一に必要なのは、今の日本が事実上階級社会になってしまっているという認識を持つことで、社会を少しでも良くしようと考えるなら、その「階級的視点」を持つことが必要だということであり、それはつまり「無敵の人」たちを自己責任論で断罪することは――もちろん犯罪は断罪されるべきだが――やってはならない、ということだ。
そのあたりの転換は実はかなり難しいことかもしれないと思う。しかし、状況をこれ以上悪化させず、またいい方向に持っていくためには、まず最初に必要な一手ではないかと思う。
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