『センゴク権兵衛』11巻:秀吉の信長に対する妄執

Posted at 18/05/07

宮下英樹『センゴク権兵衛』11巻読んだ。




このシリーズ全体のことはまた機会があったら書こうと思うのだけど、今回は11巻を読んで思ったこと。内容的には未読の方はあとで読んでいただいた方がいいかもしれない。

秀吉の九州征伐で島津家久と戸次川の戦いで激突し、大敗してほとんど逃亡のごとく逃げ帰ったセンゴクだが、豊臣(羽柴)側有利な状況は変わらず、むしろ負けた上方側が島津側を追いこんでいく形になるという展開。戦場の勝利よりも政局全体を見た秀吉の勝利ということになるが、無謀な戦いをしたセンゴクはともに戦った長曽我部氏の嗣子・信親だけでなく娘婿である田宮四郎まで死なせてしまい、秀吉幕下でも家庭でも針の筵に置かれることになる。センゴクの処分は死罪ではなく、そこに秀吉や秀長の思いがあるのだが、罪の意識を持つセンゴクにとってはそれも辛いという展開。このシリーズ60巻全体の最大の山場がまだ続いているといったところ。センゴクが本当の意味で自分の業について苦しむのはこれが初めてなので、とても読みごたえがある。

連載で追いかけていくとその後のセンゴクの精神遍歴が分かるのだが、それはここでは触れない。

特に感想を持ったのは主人公の動きに直接の関係はない秀吉の心の中。妹たちの縁組を条件に秀吉に身を委ねた茶々だが、最初は側室の末席の地位。しかし最初の床入りで痛みを感じた茶々は秀吉のおでこを叩く。激怒する秀吉だが、これは実は茶々の侍女の入れ知恵。秀吉は怒りが収まってくるとかえってその手触りに懐かしいものを感じる。それは、信長によく叩かれていた時の感触だった。

これは面白いと思った。今まで、秀吉が茶々を側室にしたのは信長の妹、お市の方に対する妄執が元である、という解釈が一般だったが、お市よりも信長の存在をクローズアップしたこと。考えてみると、秀吉は信長の実子である養子の秀勝を後継者にしようとしていた時期もある(少なくとも作中ではそうなってる)わけで、やはり秀吉にとって権力者になってからも信長の存在は大きい。そしてその姪である茶々を自分のものにしようとしたのはむしろ信長に対する懐かしさ、ないしは妄執であったという解釈はあまり読んだことがない気がした。

このあたりは小林秀雄が中原中也の愛人を奪ったとか、谷崎潤一郎が佐藤春夫に妻を譲渡したとか、むしろそういう世界を感じる。これは白洲正子が書いていたが、作家が作家を愛し嫉妬しその作家の持ち物をも自分のものにしようとした、そういう関係だと考えると、作中の秀吉の信長に対する思いというのも見えてくるように思う。茶々の子を後継ぎにしようとしたのは、むしろ自分の血より信長の血に跡を継がせたいという意思すらあったのかもしれないと思えてくる。

もちろんこれはフィクションではあるけれども、そのあたりを秀吉の信長に対するある種の妄執と読むのはとても面白いのではないかと思ったのだった。

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