少女たちが主人公の少年マンガ:「さよなら私のクラマー」
Posted at 18/04/23 PermaLink» Tweet
少女たちが主人公の少年マンガ:「さよなら私のクラマー」
「私はなぜこの作品を読んでいるのか」をテーマにした連載、第2回は新川直司さんの『さよなら私のクラマー』を取り上げようと思う。
『さよなら私のクラマー』は高校女子サッカーのマンガ。作者の新川さんの代表作は、アニメにもなった『四月は君の嘘』だろう。天才ピアニストの少年と突如現れた謎の少女の交流を描いた『君嘘』は、私も全巻読んでとても面白かった。この『さよなら私のクラマー』も同じ月刊少年マガジンで2016年から連載されているが、こちらの方がもっと面白い、と実は私は思っている。
『さよなら私のクラマー』ではとびぬけた才能を持った三人の少女、恩田希(おんだ・のぞみ)曽志崎緑(そしざき・みどり)、周防すみれ(すおう・すみれ)を中心に、蕨青南高校女子サッカー部(ワラビーズ)とライバル校の選手たちが個性豊かに描かれている。
この作品には前日譚があり、主人公の一人恩田希の中学時代のエピソードを扱った全2巻の『さよならフットボール』が2009年に書かれている。この作品では恩田は女子サッカー部のない中学で男子に交じって練習し、素晴らしいテクニックを持っているもののフィジカルで負ける男子にどう伍していくかがテーマになっていた。
『さよなら私のクラマー』では恩田とともに全国3位になった中学のボランチ曽志崎緑と快速のウイングでありながらチームに恵まれなかった周防すみれの3人が主人公で、3年生が抜けてしまった弱小ワラビーズを2年生のキャプテン田勢恵梨子(たせ・えりこ)たちとともに新しいチームを作り上げていく物語になっている。
「少女を主人公にした少年マンガ」
この作品の大きな特徴の一つは、「少女を主人公とした少年マンガ」ということだろう。今回、もう一つ取り上げようと思っていた作品は同じ「月刊少年マガジン」で連載されている曽田正人さん『Change!』なのだけど、これはお嬢様学校の女子高生がひょんなことからラップにはまり、MCバトルに挑んでいくという物語。つまりこの作品も「少年マンガ」なのに女子高生が主人公なのだ。
従来少年マンガは少年が主人公だったし成長して大人になったとしても男が主人公であるのが普通だ。しかし、今では必ずしもそうではない。たとえば少年誌のトップを走る「少年ジャンプ」でも、昨年「このマンガがすごい!オトコ編」で第1位になった『約束のネバーランド』の主人公は少女だ。ほかにも女優として両刃の剣の天才的な才能を持った少女を主人公にした『アクタージュ』がある。編集部全員が男性の少年ジャンプでさえ、少女が主人公のマンガが出てきているのだ。
これらの作品はそれぞれ少女を主人公にしていてもあるいはスポーツものでありあるいはバトルものであり、また異世界ファンタジーであったり演技・職業ものであったり、少女が主人公でもかなり王道の少年マンガとして成立している。彼女たちは少女であってもきわめて自然に少年マンガの主人公になっているのだ。
たとえば青年マンガでも古代中国・秦の始皇帝の統一を描いた『キングダム』では主人公の信とともに戦う副長の羌カイ、軍師の河了貂の二人は女子だし異民族の首長・楊端和や秦六将の一人・摎も女性として描かれている。(実在の武将が女性であったとして登場している)彼女らはよくみられるケースのように主人公のパートナーや恋愛相手として描かれるのではなく、戦友であったり男と伍して、あるいは男以上の強さを発揮する存在として描かれていることが一つの特徴だと思う。そこにはある種明確な戦友としての男女という形が描かれているように思う。
しかし少年誌の主人公の女の子たちは戦友というポジションでもなく、確かに女の子でありながらきわめて自然に少年マンガの主人公になっている。それがすんなりと成立しているのは、現代では男子と女子の距離というか性差のようなものが小さくなってきているということかもしれないと思う。男の子が読んでいても女子の主人公に、またストーリーに自然に入っていけるように思う。もちろん小説などでは今までも普通のことだったが、少年マンガでは新しいように思う。
「主人公のアツさと自然に生まれる批評性」
『さよなら私のクラマー』はともかく面白い。面白いから読んでるのは当たり前なのだけど。男子が主人公だとどうしてもただ「アツい」話になってしまいそうなところが、女子が主人公であるためにある種の批評性のようなものが生まれる部分がある気がする。多分男子の目から見て女子の主人公にはやはり完全には同化できないからかもしれない。自分が同化するか同性として主人公を見ているのとは違う思いがやはりそこにある。
マンガの主人公というのはかなり突飛な行動をするものだが、恩田たち三人は三様に面白い。そしてそれが女の子だということで男の主人公と違う距離感が出る。三人とも可愛いと言えば可愛いので、ある意味可愛ければそれで話になるという部分もあるし、ホットな展開の中にも批評性や客観性が持ち込まれていて男が主人公のストーリーにはない拡がりが生まれているように思う。多少めちゃくちゃなことをしても女の子だから許されるという部分もあるように思うし、幅広く感じられるところは巧みだと思う。
「キャラクターの描きわけ」
私はもともと「月刊少年マガジン」は『ボールルームへようこそ』の連載を追いかけて買っていたので、他の作品は断片的に読んでいるだけだった。読んでいるうちに「面白そう」という感覚が募ってきたわけだけど、断片的に読んでいると誰が誰だかわからないのだ。全部でどういうキャラが登場するかを知っていれば特定に迷わなくてもその話だけ読んでいると見分けがつきにくい。面白いという感じは伝わってくるのだけどどこが面白いのかは本当には分からない、と感じていた。
それで『君嘘』の作者さんの作品であることもあり、最初から読み直してみようと思ってkindleで読みはじめたのだが、最初から読むとキャラがどのように描き分けられているのかよくわかるのだ。田勢と曽志崎が二人とも細いヘアバンドをしていて最初分らなかったのが、眉毛の形や髪型が違うということが分かってくるとそんなに苦労せず見分けられるようになった。そして見分けられるようになるとどんどんストーリーに没入してきて、ようやく面白さが分かってくるようになった。マンガを読むにもそれなりのリテラシーが必要なわけだけど、この作品は描き方のお約束が少しわかりにくい部分があるなとは思った。
「女子サッカーの宿命」
ソフトボールと同じように女子サッカーはオリンピックのときには大きく取り上げられるが普段のリーグ戦などはほとんど取り上げられない。世界レベルにいる競技でありながら、いつまでたってもマイナーな地位を脱するのが困難だ。この競技自体が置かれたポジションもまたこの物語の一つのテーマになっていて、意識の高い選手たちは高校生でも女子サッカーをいかに盛り上げていくかを強く意識していて、恩田は浦和邦成の桐島チカに「強い選手は高いレベルのチームでプレイすべきだ」といわれてしまう。
しかし恩田はその意識の高さについていけないものを感じ、深津に「女の子は楽しんでサッカーやっちゃいけないの?」と問う。深津はハイレベルのところにいることの重要性は認めつつも裾野を広げることの重要性を指摘し、「お前はそのままでいい」という。これらはマイナースポーツ一般に広く共有されている困難なわけだけど、それがこういう形で描かれているのは初めて読んだ気がした。
「指導者たち」
もう一つ描かれているのが指導者たちだろう。同じサッカーマンガの『ジャイアントキリング』をはじめとして、最近は選手だけでなく指導者をクローズアップする作品が増えてきているけれども、『さよなら私のクラマー』にも何人か焦点になる指導者がいる。最初は元日本代表の花形だった能見奈緒子が目立つ存在なのだが、やがていつもやる気を見せず競馬新聞を持ちあるく目の下にクマのある深津吾朗の存在が大きなものになってくる。
恩田は能見よりもむしろ深津に気持ちを曝け出す。それは、一見やる気のない深津の心の中にサッカーに対する情熱があることを誰よりも感知していたからのように思われるが、そのあたりのところはこれからさらに描かれるのかもしれない。
能見もまた指導するうちに恩田たち3人の粗削りながら突出した才能に戦慄を感じ、「とんでもない才能を手に入れてしまった」と思う。そして恩師である対戦相手の鷲巣監督に「プライドや驕りなど捨てろ。自分で培ったものすべてを与えろ。彼女たちとたくさん話したくさん学べ。そうして俺たちは指導者となるんだ」と言われる。こういうところを読んでいると、このマンガは指導者もまた主人公なのかもしれないと思う。
「クラマーとはだれか」
というのは、『さよなら私のクラマー』のクラマーとは、日本サッカーの父と言われたドイツ人のデットマール・クラマーのことだからだ。彼はほぼ草創期の日本サッカーの代表チームを本当に初歩のところから指導したのだという。また毒舌家としても有名だったらしい。
まだ5巻だからその表題の意味が明らかにされていくのはこれからだと思うが、そんなわけでこの作品にはいくつも読みどころがある。試合で躍動する少女たちの姿が魅力的であるのは言うまでもないが、彼女らそれぞれの個性も工夫されて描かれていて、サッカー以外のシーンもまたいい。強くなっていくチームを見るのはまた楽しいが、さらに描かれていくだろう深津の指導や選手たちとの交流も、楽しみにしながら読んでいる。
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