私はなぜこの作品を読んでいるのか/「ランウェイで笑って」:華やかな大人の世界に挑む育人と千雪

Posted at 18/04/12

「私はなぜこの作品を読んでいるのか」

このところずっと構想を温めていたのだが、私が追いかけているマンガ作品は先日書いたように70ほどあって、これらの作品について「私はなぜこの作品を読んでいるのか」ということをブログ連載として書いていこうと思う。一回の制限字数は原稿用紙5枚、つまり2000字を一応の上限としておきたい。むかし芝居をやっていた時に戯曲の実際の舞台での進行時間の目安として「1分1枚」というのがあったが、それがこういう文章にも当てはまるとしたら5分で読めることになる。まあネット上で読む文章としてはそのくらいがちょうどいいように思うし。

取り上げる作品は先にリストアップしたもの、つまり現在連載が進行中の作品で、私が「単行本が出たら買う」と決めている作品だ。第1巻から最新巻まで読んでいて、物によっては連載誌も購読して単行本未収録分まですべて読んでいるものもかなりある。そうまでしてなぜこんなにたくさんのマンガを読むのか、というのは自分に取ってもわからないところがあり、だから自分がそれを知るためにこのブログを書くことにした、ということもある。

基本的にここに取り上げている作品はすべて「自分がお金を払って時間を使って読むに値すると考えた、自分にとっては価値のある、場合によってはかけがえのない作品」ということになる。批評的なことも書くので貶しているように見えるかもしれないが、基本的に嫌な作品は読まないし買わないのでそうした言葉は自分の中で作品の相対化、つまりより多様な角度からその作品を捉える試みであると考えてもらいたい。

「ランウェイで笑って」:華やかな大人の世界に挑む少年少女たち
まず第1回は今現在勢いがある、と私が感じている作品を取り上げたい。少年マガジンで連載されている猪ノ谷言葉さんの「ランウェイで笑って」だ。

「ランウェイで笑って」は昨年・2017年5月31日発売の少年マガジン26号から連載が始まり、もうすぐ連載1年。現在単行本は4巻まで出ているが、どんどん面白くなっている。

この物語は容姿も根性も含めすべてを持っているのに身長だけが足りないモデル志望の少女・藤戸千雪とセンスも裁縫の基礎技術もすべての才能の条件を持っているのに経済的な条件だけが足りないデザイナー志望の少年・都村育人を主人公に、二人が夢を実現して行くストーリー。作者ご本人もインタビューで言っているが、「四月は君の嘘」や「ボールルームへようこそ」と同じく男女が主人公であるものの恋愛を軸にせず二人がライバルや戦友の関係で上を目指して行くところに2010年代的な風味がある。

そうした傾向は、青年誌でも2006年に連載が始まった中国・秦の始皇帝の統一事業を題材にした「キングダム」にもあり、主人公・信の戦友的な立ち位置で二人の少女・河了貂と羌瘣が主要な働きをしている。もう少し前だと今アニメ放映中で連載開始は1998年の「ピアノの森」も、主人公カイと便所姫・誉子の励まし合いの例があり、やはり最近の一つの潮流になっていると思う。
「ランウェイで笑って」はファッションを題材にした作品だから業界の雰囲気なども表現されているが、作者は服飾を学んだわけではなく取材によってそのあたりを描いているということでその辺は凄いなと思った。

私がこの作品を読もうと思ったきっかけは、もともとファッションというものに以前から興味があり、それなりに読んでいたことがあって、ファッションを扱った少年マンガがあるということを知ったのがどこだったかは忘れたが、それを探してみた、ということだ。読んだら面白かった。最初は主人公二人のキャラに少しなじめないところもあったけど、連載が続くにつれて特に育人の方はそのビビりの性格も含めて入り込めるようになってきている。

高校生ながら一流のアパレルにスカウトされそうになるとか大金持ちのアパレルの社長のモデル志望の少女と貧乏で進学をあきらめようとしている少年が同じ高校で同級生であるとか少年誌特有の無理があると感じられる部分もあるのだが、それはおそらくは大人の目で、メインターゲットの中高生にはそんなに違和感は感じられないだろう。
そもそも人が何かの作品を読む理由には、どんなものがあるだろうか。私がマンガを読むときのことを考えてみると、まずは描かれている世界の設定とそれを表現する力だろうか。例えば『進撃の巨人』に描かれているいびつな世界、巨人の圧倒的な恐怖に晒された無力な人間たち、という設定は私をマンガに向かわせた大きな動因になった。また、それを含めた空気感というものもある。それはキャラクターたちが構成する場合もあるし、圧倒的な背景がその空気感を醸し出す場合もある。五十嵐大介さんなどはキャラクターよりも背景を描く方が楽しいと言っている。

また、少年マンガの場合は主人公の向上心とか全体の前向きな雰囲気というものが大きいように思う。いろいろな事件が起こったり主人公たちの前進を阻止するような障害があってもそれを乗り越えていく描写を読むことで、読む側にパワーが与えられるのは大きな魅力だ。

それに主人公やライバルのキャラクターの魅力も大きいだろう。マンガや小説では「キャラクターが勝手に動き出す」ことがあると作者さんが言ったりするけれども、「One Piece」の主人公モンキー・D・ルフィなど、作中で自由自在に動くキャラクターは読んでいてとても楽しいし、「進撃の巨人」のリヴァイのようにある種の美しさを象徴して高い人気を誇るキャラもある。

「ランウェイで笑って」ではまずファッションを取り上げその世界を描くという「世界観の魅力」があり、キャラクターを魅力的に見せる構えの良さがある。基本的に前向きではあるのだけど登場人物たちにちょっとぐずぐずしたところがあって、そのあたりは解釈に困るところがあるのだけど、そこはこれからのお楽しみの部分なのだろう。
キャラクターの中で私が好きなのは先に言ったようにまず主人公の育人なのだが、特に好きなのは3巻で登場し主要な登場人物の一人になった長谷川心だ。彼女は長身で雰囲気があり、トップデザイナーに使われるほど、モデルとしての才能のある女性なのだが、引っ込み思案の性格からモデルの仕事が苦手で、デザイナーに憧れて服飾の大学に入学した。彼女はその大学の生徒として育人の働くデザイン事務所に助っ人として送り込まれてきて育人と働くのだがその性格ゆえに失敗も多く、またモデル事務所からはデザイナーを諦めるように強要されている。

彼女が魅力的なのは仕事として苦手なモデルとしての圧倒的な才能と、自分が好きなデザインの仕事での未熟さのギャップに悩んでいること、それを育人にフォローされ励まされながらも頑張っていくところかなと思う。単行本未収録分でモデルとしての桁違いの実力に千雪が挫折を感じる場面もあり、この先さらに二人と関わっていくのが楽しみだ。

予想としてはデザイナーを目指す努力をやりきることでモデルとしての心構えも出来てきて、モデルになる方向へ行くのではないかという気もするが、もちろん先は分からない。

印象を一つ書くと、私はモデルが人前で着替えなければならない仕事だとは知らなかったのだけど育人がいつまでたってもモデルの着替えの時に目のやり場に困る純情な少年で、そういうのが最近の少年マンガではデフォルトではあるのだけど、この作品ではそこまで潔癖でなくてもいい気はした。しかしだからこそピンチの時は本当にそういうことに御構い無しにスカートの中に頭を突っ込んだりするところがセーフになるということもある、ということはあるのだけど。

ここまでいろいろ書いたけれども、やはりファッションは華やかな世界でそのことを考えるだけで心が浮き立つ部分がある。そしてその中で水を得た魚のように伸びていく育人の姿は見ていて気持ちがいいし、挫折を感じながら自力でそれを突破して行く千雪と育人にフォローされながらも努力して行く心の姿はどちらも魅力的だ。

そしてその周囲にいる天才たちや大人たちの姿も華やかで、結局はそういう華やかな大人の世界に挑む少年少女たち、という構図が限りなく魅力的なのだろうなと思った。

「ランウェイで笑って」には華やかな大人の世界に挑んでいく少年少女たちの姿が魅力的に描かれている。それが私がこの作品を読む理由だなと思う。新しいパターンではあるけれども、これもまた少年マンガの王道を行く作品とみなされて行くのだろうと思う。


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