回想1

Posted at 18/03/29

人生にはいろいろなことがある。生きているうちにいろいろなものに巻き込まれてしまう、という感じがする。私には集中して一つのことをやり続けることがもともと好きだという性質があり、子供の頃にカレンダーの原理を知って、毎月のカレンダーをどんどん作って数年後まで作っていた、ということがあった。幼稚園に入るか入らないかの頃だと思う。

それ以来、一つのことに凝りだしたらそれがずっと続く、というところが残っていて、それが一つの研究対象とかものを作る方向に行っていたらよかったのだろうと思うが、子供の頃何度も引越しをしていた関係からか、そういう持続するもので自分に残ったのは「本を読む」という習慣だけだった気がする。

「本を読む」ことはわずかな時間があればできるし、また時間があればあるだけ続けることができる。親元で一つの場所で暮らし続ける、という少年時代を送らなかった私にとっても、それだけは続けることができた。

勉強というのは案外そういうものでもなくて、やはり一つの場所で集中して必要な教材にじっくりと腰を落ち着けて取り組まないといけないと思う。特に新しいことを学ぶときはそうではないだろうか。中学で始まった英語や高校で始まった物理について、もう少し腰を落ち着けて学べる環境にあったらと自分を振り返って残念に思うが、もう過ぎてしまったことは変えられないので致し方ない。

ただ、高校三年の時は一年間必要な勉強にじっくり取り組めたので、そのおかげを持って志望校に合格することができた。不得意科目が克服できなくても総合点で合格できる大学だったからということもあっただろう。逆にいえば受験という絶好の機会に不得意科目を克服することができなかったとも言えるわけだが、ただ国語や世界史を学習する力、また文章を書く力はその一年でかなり伸びたと思う。

実際、当時の大学(文系)では文章を書く力が成績を上げる上でとても重要だったから、その点ではとても役に立ったと思う。ただ英語が不得意なのが克服できていなかったので、大学に入ってから希望の学科に進むことは叶わなかった。

しかし、人生の中で最もたくさん、最も雑多な本を読んだのは大学時代だっただろう。あらゆることに好奇心を持ち、講談社現代新書などは片端から読んでいた感じがある。いまの知識の源はあの時代の読書によるところが大きいと思う。ただし、好奇心に乗せての読書だったため、一つの分野に突っ込んで取り組んだわけではないので、専門性はあまり深まらなかった。

当時の本棚は、新書や文庫がほとんどで、当時やっていた劇団の関係で戯曲やそのレッスン本、ポピュラー音楽関係の本や美術の本など、まあ概ね当時の文系男子の本棚だったのではないかと思う。しかし思想とか哲学とか政治とかの本はあまりなかったから、どちらかといえば柔らかめの本棚だっただろう。

当時はマンガも読み始めていた。諸星大二郎や高野文子など、80年代ニューウェーブといわれる世代の作品にちょうどインパクトを受けた世代で、それはアートとか音楽とそう変わらない文脈で私の中では受け取られていたように思う。

1989年に26歳で就職、教職について、そこで大きく人生がターンし始めた。

もともとそれまでも自分の人生はそんなに普通な経緯をたどってきてはいないのだが、それまでのことは今までも散々考えてきたので、ちょっと今回はその辺りからのことを考えてみたいと思う。

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