佐原ミズさんの「私と私」を読んだ。
Posted at 18/02/07 PermaLink» Tweet
佐原ミズさんの「私と私」を読んだ。
もともとこの作品も作者さんも知っていたわけではないのだけど、東陽町の文教堂でコミックスを眺めていた時に表紙が気になってジャケ買いした作品。最近時々そういう昔のノリが出てきていて楽しい。カバーをつけて読んでいたから表紙は今これを書いていて書皮を外して買った時以来見たわけだけど、やはりいい。絵の魅力は大きい。
収録作品は「箱庭の虜」「ゆびきり姫」「私と私」の前後編の三つ。童話的・寓話的作品の「ゆびきり姫」は少し異色(諸星大二郎・高橋葉介の短編テイストがある)だが、「箱庭の虜」と「私と私」の2作品は何度も読んだあとで思い返すような作品だった。
この2作品、共通することは「貧困」がバックにあるということ。「ゆびきり姫」が1997年初出の作品であるのに対し、この2作品は2017年発表の作品で、やはり「貧困」が身近にあるようになってからの作品なんだなと思う。
「箱庭の虜」は自転車置き場の近くに引きこもり、女子高生が置いて言った自転車のサドルを盗む男に、いきなり女子高生が告白するという話。「私と私」は冴えない容姿(というか漫画で描かれるところのブス)でファッションオタク、絵ばかり描いている女子高生・田中美和の前にほとんどの同姓同名ながらすらっとした容姿で明るく美人な同級生・田中実和が現れるという話。ほとんどアイデア一発を膨らませてお話しに仕立て上げた感じだけど、私もそういう「降りてきた」みたいな話の作り方をよくやるので、そこはすごく刺激された。
「箱庭の虜」は突然告白した少女・杉田直の本当の思惑が読めないまま翻弄されるうち、自分の中の変化を感じて「変われるかも知れない」と思った男が、思い切って買った太陽のペンダントを送る。キスシーンが2回出てくるが、その2回の意味が全然違うところがいい。
「私と私」は、容姿に恵まれない美和が突然現れたほぼ同姓同名の快活な美人の実和に憧れるとともに嫉妬するが、偶然見かけた美和について言って生活の実態を知り愕然とするとともに帰りが遅れただけでみんなで心配してもらえる自分の境遇に初めてきづくところもいい。残酷だけど。
実和に憧れるもうひとりが隣のクラスの宮原なのだが、彼はトランスジェンダーで女装思考が強いのに、実和が好きになると言うやや複雑なセクシュアリティなのだが、今までの読んだ作品に現れた人物像の性自認は割と巷間言われているようなシンプルな造詣が多かったので、実際にはこう言う宮原みたいな人もいるだろうなあと言う気はした。トランスジェンダーでなおかつバイセクシュアルということなのだろうか。
物語の展開としては突っ込みどころがないわけではないのだけど、私はこういう作りの話は好きなんだなと思う。ネトゲ廃人とか性的少数者とかを物語の広がりを持たせるために出すことには意見はある気がするが、実際にそういう人たちがいてそういうことが起こっているということもまた事実だろうから、ありなんだろうと思う。
場合によっては安易に流れる可能性のあるこのストーリーを引き締めているのが、絵の力。特に登場人物の目の力ではないかと思う。「箱庭の虜」の「他の人じゃだめです」という時の直の目。絵の雰囲気は全体に「最終兵器彼女」の高橋しんさんのようなほんわかなのに、いきなり強い目力が現れるのがインパクトがある。「私と私」ではくるくる変わる美和の目がすごいなと思うが、目力の強さでは実和か。
2作品とも、ラストは救いがあるというか、まあなんというかお伽話エンドというか、貧困を描いた作品では「ギャングース」もそうだったけど、実際には無理だよなあと思いつつ最後はこういうエンドにしたいよなあ、という終わり方になっている。まあ救いがあるからこそ現実に目を向けると余計その痛々しさが際立つ、というようなものではあるのだけど、いろいろなことを考えさせられる作品だった。
面白かったです。
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