山口つばさ「ブルーピリオド」は藝大をめざす高校生の物語であるだけでなく、アートの日本における存在についても考えさせられた作品。
Posted at 18/01/02 PermaLink» Tweet
暮れから正月にかけて読んだ作品の感想。一つ目。
山口つばさ「ブルーピリオド」1巻、および月刊アフタヌーン12月号〜2月号掲載の3話。連載開始から7話まで。
これは面白かった。年末、単行本発売日あたりでツイッターで紹介されてるのを読み、Kindleでダウンロードしてあったのだが、忙しくて読めないでいたのを時間に余裕ができてから読み始め、年明けには単行本味収録分もKindleで読んで現在発表されている最後まで読んだ。
余談になるが、月刊誌連載はこれができるからありがたい。週刊誌は電子媒体で読みにくいことが多いため、単行本と連載のギャップを埋めるのがかなり大変だ。「ハイキュー!」などは私はジャンプをずっと読んでバックナンバーを一定保存してある(ギャップを埋めるため)ので良いのだが、連載より20号ほど遅れて収録されているから、バックナンバーを読めない人はハマって単行本を読み終えても連載との間のギャップがありすぎて読み続けるのが難しい感じがある。
ブルーピリオドはそんなことはなく、またまだ連載が始まって7ヶ月ということもあってすぐ読め方からよかった。
金髪のDQN高校生・矢口八虎が初めて生きているという実感を得たのが「私が好きな風景」という題で絵を描き、それが褒められたことだった。それをきっかけに美術にのめり込み、東京藝術大学美術学部受験を決意し、美術部での活動だけでなく美術予備校にも通い、周りとの関係性も変化させ、また新しい友人=ライバル達も現れてくる中で真摯に美術に向き合っていく、というある意味王道のストーリー。
主人公の八虎は最初は「美術で食ってくなんて夢物語」と「堅実な」道を歩もうとするが一旦火のついた情熱は冷ますことができず、ついには周りにも納得させていくその様は、「シラけた」高校生かと思いきや最初から終始一貫して自分の求めるものに素直で忠実であっただけだという感じがする。
私自身は美術をやっている人間ではないけれども、学生時代から20代にかけて演劇をやっていた関係で美術関係の友人は多いので出てくるキャラクターはそれなりに「ああこういう感じのヤツ」みたいな感はある。
この作品が一つ斬新だと思ったのは、こういう作品で一番難しいのは「それぞれのキャラの作品」だと思うのだけど、それを全て実際に絵を描く人たちに描いてもらっているということ。作者の山口さん自身が藝大現役合格というある意味とんでもない経歴の持ち主であることとその辺の絵の調達ぶりは関係はあるのだろうと思う。山口さんは在学中に自分のやりたいことはマンガだと見定めて、油絵の課題もマンガを描いていたというのもある意味ぶっ飛んでいるが、マンガの中に出てくる作品そのものがこんなに説得力を持つのは、やはりその人自身がその時の全力で描いたものでなければならず、そういう意味では共同制作的な要素もあるということになるだろう。
そしてこの作品の凄さは「なぜ美術をやるのか」という動機やそのためのある種の理論武装の部分から、デッサンがなぜ必要かというその意味、その時の鉛筆の削り方から、絵が上達するための勉強方法まで、事細かく指南してくれているところにあるのだと思う。「何も知らない高校生」が藝大受験を決意したものの何をしたらいいのか全く途方に暮れているとしたら、この作品を読んだらかなり先が見えてくるだろうと思う。
それにしても、東京藝術大学が国立の美術学部として「唯一」であり、また音楽学部としても「唯一」であるということは、何と無くしか認識していなくて、この作品を読んでその事実に気づいた時にはかなり驚愕した。バブル時代ならいざ知らず、この格差の厳しい時代に裕福でない(そして必ずしも理解のない)家庭で芸術家になることを目指すとしたら、藝大に入ることはほぼ唯一絶対の選択肢なのだということが読んでいてしみじみよくわかった。
それでいてなお、藝大に入ったからといって将来が約束されるわけではなく、結局は海外に活躍の道を見出さなければならない人が多いというのは、日本において我々が思っている以上に美術の社会的地位が低いということを意味しているのだろう。それは音楽も、またバレエやそうした芸術全般そうであるけれども。
私は時々は、好きな作家の作品を10万円くらいなら出して買ったりすることもあるのだが、自分がそれなりに苦労して稼いだ10万をポンと出したくなるような絵はなかなかない。あったとしたらすでに数百万の値段がついていることがほとんどだ。
コレクターというのは日本ではまだまだ奇特な人の部類だし、「なんでも鑑定団」など見ていても家族の理解が得られていないことがほとんどだ。つまり、社会的にみて「絵を所有すること」の意味が全く一般化していないというべきだろう。
そんな中で絵を売って、あるいは演奏して、あるいは踊って暮らしていくことはどんなに大変なことか。
まあそれはともかく、時々は自分の好きな絵を描かないでもないが主に見る専の私にとっても大事な情報でこの作品で知ったこととしては「全ての名画は構図がいい」ということ。これは当たり前のようでいて、また何度も読んで知識としては理解してないでもなかったが、本当にストンと腑に落ちたのは今回が初めてだった気がする。(百聞は一見に如かずという言葉があるが、私はマンガで読まないと納得しないという部分がなぜかあるらしい)絵を見ていくときは基本的に何も考えないで感じるものだけで見るように心がけてきたのだが、それはそれとして大事だけど、少し構図を意識して見てみると画家が何を考えてこの絵を描いたのかということに、より迫れるように思った。
主人公の八虎は「自分は才能がない(本当はそんなことないが)」と思っているので、わからないことや疑問に思ったことはすぐ質問するし、新しく知ったことは全て愚直に熱心に実行していく。だからある意味常に「基本に忠実」なので、上達も早いという感じなのだろう。2月号掲載の第7話では、自分よりはるかに絵を見てきてセンスのいい橋田や初めて描いたデッサンで周囲に天才と言しめた高橋などよりもコンクールで上位の成績をとる。しかしここで「順位」とか「成績」ってなんなんだ、という疑問に衝突するわけで、これに対しどういう回答を与えるのか、来月号が楽しみで仕方がない。
これは単純な感想というのとは違うけれども、国立の美術学部、音楽学部が国内に一つしかないという構造は東京一極集中という意味でも歪な構造だし、せめて京都か大阪にもう一つ国立芸術大学を作るべきではないかと思った。そこではある意味アンチ藝大のような(つまり東大に対抗する京大のような)学風の試みがなされていくと良いと思う。
日本はファインアートは色々と苦しいが、サブカルやコンテンツとしての作品は豊富だし単純に「絵が描ける人」というのもツイッターやピクシブを見ているだけでもこんなに膨大にいるんだと思うから、もっと身近にアートのある暮らし、というか例えばの話生きにくさをアートによって昇華していくことさえもっと身近な選択肢にすることも可能なのではないかと思う。
なんてことを色々考えさせてくれた。いい作品だと思う。
最初はKindle版で読んだが、紙の単行本で買い直した。 やはり質感が大事かもしれない。(冒頭のリンクはKindleしか出なかったのですみません)
最初はKindle版で読んだが、紙の単行本で買い直した。 やはり質感が大事かもしれない。(冒頭のリンクはKindleしか出なかったのですみません)
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