「日本の現状」と「穏やかな進歩的リベラルの人たち」に思うこと
Posted at 16/07/12 PermaLink» Tweet
日本は豊かな国だ、と思って来た。特に私たちの世代は。しかし今そこの疑問符がついている。
80年代以降、日本は豊かな国と言っていい状態を実現した、と思う。特に私たちの世代、若い頃「新人類」と言われた世代は、そういうものを基本的に享受して来た、と思う。
そして多くの私たちの世代の穏健な人たちは、穏健な進歩的リベラルになった。選挙には基本的に行くし、語学もある程度出来、場合によっては海外への赴任なども経験している。家には本棚があり、美味しいコーヒーがあり、基本的にきちんと話せるパートナーがいて、職場ではそこそこの仕事をこなしている。
仕事もきちんとして年収もそれなりにあり、子どもも大学までやれているし、職場関係や友人関係もそれなりに充実している。そんな人たちが、私たちの世代には一定数以上いると思う。
世界はゆっくりとだが、進歩して行く。それがそういう人たちの世界に対する印象であり、それはゆっくりとだが、実現しているように見えた。パーソナルコンピューターの日常化を始め、生活に起こった変化は大きいが、それにもそれなりに対応できて、わからないことを子どもたちに聞く機会もあるが、基本的に何でも自分でやっている。
朝日新聞か日経新聞を取り、社会や政治、国際情勢にもそれなりに気を配り、趣味も持っていて、趣味の友達もいる。
世界には、そういう階層がどこの国にもいる。
世界の一体化の進展は、そういう人たちの間の交流も確かなものにして行っている。
***
しかし、その暮らしは、ある日突然途切れることがある。
アルジェリアの作家、ヤスミナ・カドラが書いた「カブールの燕たち」という小説がある。これは、そんな西欧化されたインテリの中産階級の人たちが、ソ連のアフガニスタン侵攻によって戦乱に巻き込まれ、タリバン政権の席巻する中で、一度も経験したことのないブルカの着用を強制されるなど、「イスラム的」な生活を強要されて人間的に破綻して行く、と言う話だ。
あるいは、世紀末ウィーンで豊かな暮らしを享受した小市民階層があった。しかしその階層も、第一次世界大戦の敗戦によるオーストリア帝国の崩壊により安定を失い、安定にしがみつく人々を見限ったピーター・ドラッカーのような人たちは、故郷を離れてイギリスやアメリカに向かった。
彼らには、何が欠けていて、何のためにその豊かで充実した生活を失ったのだろうか。
イギリスで、EU離脱をめぐる国民投票があり、大方の予想を裏切って、離脱派が勝利した。
保守党も労働党も混乱している。その中でも保守党はなんとか党内を一本化し、一両日中にキャメロン首相は退陣してメイ内相が新たに連合王国の首相の任に当たることになったが、労働党の混乱は続いている。
EUの統合が進むことは、まさに「世界のゆっくりとした進歩」の象徴であり、その進歩が急激に道を断たれたことに、多くの人が恐慌を来した。
それは、日本も例外ではないようだった。ツイッターやFacebookを見ていると、一般の人たちの中にも悲嘆や悔恨、呪詛の念がかなり多く表明されていて、私などは大変意外に感じたが、「世界のゆっくりとした進歩」を信じている人が、それだけ多かったのだとわかった。
そして今回の日本の参院選。
結果の解釈は、まだきちんとはわからない。しかし、いろいろな分析が出ていて、中でも三浦美麗氏のこちらの論考などは、進歩派の立場からの解釈がそれなりに上手くまとまっているように思う。
簡単に言えば、負けたのは、三浦氏自身を含む「変化を望む層」だと言うわけだ。その層は完全にではないけれども、「世界のゆっくりとした進歩」を信じる人たちと重なるだろう。「望む」と「信じる」でかなり主体性の違いはあるけれども、分析を行うにはやはり少なくとも「主体性」がなければ出来ないので、「信じる」人たちはおそらくその分析について行く人たちも多いのだと思う。
今回は総体としてみれば与党の圧勝であったけれども、東北・北海道では与党は惨敗している。特に、今まで自民党の金城湯池だった東北での敗戦は、明らかに潮目の変化を感じさせる。その原因ははっきりしている。TPPである。日本の農業地帯である北海道・東北の人たちは、安倍政権が経済成長に必須であると参加を表明したTPPに対し、はっきりと反意を示したのだ。福島では現職の大臣の落選まで引き起こしている。
沖縄では、もはや与党が勝つのは不可能に近くなって来た。米軍基地問題はこじれにこじれてしまい、住民に歓迎された形で沖縄の米軍基地体系を維持して行くのは困難になっている。これは中国の強大化に対処することが緊急の課題になっている日米両政府にとって、「前線」である沖縄のこうした意思表示は決して望ましいことではない。沖縄独立論まで語られるようになって来ているというのは、その問題の先鋭化を示している。現職大臣が落選したのは沖縄も同様で、これもまた日本の安全保障強化に向かう安倍政権に取っては、変化を閉ざす方向の動きだと言えるだろう。
日本全体を見てみれば、政権の動きを基本的に支持する方向で結果が出ているが、これもまたイギリスやアメリカにおける右派の先鋭化に比べればなんだかはっきりしない動きである。少なくとも(右派的な)憲法改正まで一気に進みそうだ、というような状況でもない。
ウォールストリートジャーナルは、その辺りのことを、「日本の有権者がアメリカやイギリスのように極端な選択をしないのは、「移民問題がない」ことと「格差の問題が(他国に比べれば)小さい」からだとの認識を示している。
これはいいところをついた分析だと思う。
日本国内では「格差の問題の深刻さ」は指摘されているが、世界的に見れば日本はかなり特殊だ。
実際のところ、トヨタのトップの年俸が350万ドルしかないということ、つまり「上が低い」ことは、国民の「格差への怒り」をかなり和らげていると思う。下層の酷い実態は、投票者の不満に結びついておらず、明確な投票行動として現れていない。それは、格差是正を政権に迫るはずの左翼リベラルの具体的政策の提示力の弱さに起因するものだと思う。
結局、有権者の「格差への不満」は、舛添元都知事のような「セコさ」への攻撃に逸らされていて、問題がうやむやになってしまっている。そのように日本がなっているのは、経営者階層の「高額な年俸」への一般の不満が小さいからだろう。
日本の戦前は、明らかに格差社会だった。そしてそれへの反発が二・二六事件を引き起こし、戦争への道を開いた。そうした戦前の失敗の教訓を踏まえて、日本の支配階層は社会の不満をそらす技術のようなものを非常に発達させたように思う。改革とかが進まないのは、民主党政権での思い出したくもない(人が多いように見える)失敗のせいもあるけれども、支配階層の社会運営の仕組みがまだまだ有効に機能しているから、という面もあるのだろうと思う。
そして先進国では異例な移民の少なさ。移民問題というのは、良きにつけ悪しきにつけ、政治に大きな変革を迫る。国民の意見によって政治を動かす「民主主義」という政治制度が機能すれば、移民に対しNO
の声が起こることは当然あり得ることだ。民主主義と「世界のゆっくりとした進歩」は必ず両立するとは限らない。イギリスのEU離脱もEU官僚主義に対する民主主義の側からの反乱という見方もある。
「豊かさ」のイメージの面でも、日本は特殊だと思う。日本では、社会的に成功すれば豊かに暮らせるというメッセージが弱い。「富裕層」になったことで得られる生活のイメージが(ヨーロッパなどと比べて)ものすごく貧弱だ。だったら今のままでいいや、という人がほとんどである気がする。「穏やかな進歩的リベラル」の人たちは、その中では上手に自分たちの生活を豊かにすることに成功して来た階層だと思う。だからこそ、そうでない階層から遊離してしまっているという面もあるようには思うが。
日本は相変わらずアメリカばっかり見てるんだなと改めて思う。ヨーロッパ的な豊かさの厚みを享受できる人は十分いると思うのだが「豊かになってもカネ、車、女」では歳をとってから楽しみ続けられる人はごく一部だ。
本当は男の金持ちに、茶道とかを嗜んで一筋縄では行かない大人の男を再生産してもらいたいと思っている。茶道は現代においても、数は少ないが一筋縄では行かない侮れないオヤジたちをしっかり作り出していると思う。村上隆さんの文章などを読んでいると、こういう人には敵わないなあと思った記憶がある。
戦前の財界人などは、そういう人が多かった。実際、そういう人間の厚みを持って外交とかはやってもらいたいものだと思うのだが。
文化的に豊かな生活の意義というものを、「穏やかな進歩的リベラル」の人々はよく理解しているわけだから、その辺りのところをそうでない階層に対し、もっと理解できるように、訴えて行く必要はあると思うし、それが自分たちの生活を維持し向上させて行くことにもつながると思う。
また、結局のところ政治的な動きが一番弱いのがこの階層なのだと思う。投票には行くが、それだけだ、という人が多いのではないだろうか。大学改革などでも、周りから見ていると文系の学部への攻撃などに対し、ほとんど無為無策であるように見える。もっと当事者がしたたかな動きを見せて頑張らないとと思う。政治的に脆弱すぎる。
ではどうしたらいいか、ということなのだけど。戦うべき場所がある人は、もちろんそこで戦ってもらえばいいと思う。特に大学は最前線なのだから、学問の存亡をかけての戦いになるのではないだろうか。大学で学ぶべきことが何なのかという「より根本的な問い」からのアピールが必要なのだと思う。そしてそれを自分が属さない階層の人たちの理解を得るために訴えることはそう簡単ではないと思うが、その場にいる人にしか出来ないだろうと思う。
そうでない人たちには、一番簡便なのはネット上の議論ではないだろうかと思う。政治とか、ネットでの顔の見えない相手とかの付き合いも、確かに文化的な穏やかな生活とは一線を画すことではあるけれども、もっともっと自分の価値観を発信し、そうでない人たちと議論するようなことに積極的であるべきなのではないかと思う。
もちろん、実際に政治に進出して、それを訴えて行く人が出て来ることがもっと望ましいことだとは思うけれども。
私は「穏健な進歩的リベラル」という自己認識ではないが、文化的に多くのものを共有していることもまた事実だと思う。この階層の人々がもっと積極的に発言して行くことが、日本の針路に向かってよい影響を、暮らしやすい方向への変化に資する影響をもたらしてくれるものだと言う期待を持つ。
いずれにしても、変化する世界にどう対応して行くかは、誰にとっても避けられない問題なのだと思うのだ。
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