松井優征さん、佐藤オオキさんの対談本、「ひらめき教室 「弱者」のための仕事論」を読みました。『暗殺教室』の渚のキャラの秘密が少し分かった気がしました。

Posted at 16/03/22

松井優征さん、佐藤オオキさんの対談本、「ひらめき教室 「弱者」のための仕事論」を読みました。『暗殺教室』の渚のキャラの秘密が少し分かった気がしました。

ひらめき教室 「弱者」のための仕事論 (集英社新書)
松井優征・佐藤オオキ
集英社

このお二人は、1977-79年生まれ、現在30代後半の同世代。松井優征さんは少年ジャンプに「暗殺教室」を連載し、最新16号で3年にわたる連載を終了なさったばかり。佐藤オオキさんは東京とミラノに本拠を構える世界的なデザイナーですが、お二人はとても気が合うようです。

この本は、NHKのEテレで放送されたSwitchという対談番組で行われた対談を元に構成されたものですが、この番組で初めて出会って意気投合したお二人はその後も定期的に会っていて、ついにはこんな本を作るに至った、というわけなんですね。

この本は第1章が「漫画の時間」、第2章が「デザインの時間」、第3章が「ひらめきの時間」という構成で、最初の二つが番組での対談、第3章はその後改めての対談という構成になります。私はこの番組を途中から見ていて、「デザインの時間」の部分は大体知っていたんですね。でもこの本は正直言って第3章が一番面白かった。ですから、このインタビューを見ている方にもこの本は買う価値があると思います。

私は「暗殺教室」は単行本はKindleで全部持っていて、去年の途中からはジャンプの連載も追いかけて来ました。この「お固い教育マンガ」(作者談)を最後の方はリアルタイムにずっと読んで来たわけです。

でも、何かこのマンガのすべてが分かってるわけじゃない、と感じていました。何だか不思議なテイストがあるのですよね。アニメも1期は見られなかったのでDVDで少し見たのですが、何となくのんきな感じで、この作品の秘めた何かは全部は分からない、という感じでした。

しかし最近アニメの2期が始まり、期待して見始めたのですが、どうも何か自分のイメージと違う。特にOPの「Question」という曲が不穏すぎる。それでしばらくして見るのを途中中断してしまっていました。

しかし、好きな回はやはりアニメでも見たい。そう思って最近録画したものを見たら、何だか自分の知ってる「暗殺教室」とは全然別の作品に思えたのですね。雰囲気が思ったよりずっとダークで、こういう感じなら今の「Question」は悪くない、むしろ合ってると思ったのです。

考えてみたら、「暗殺」と「教室」で、「教室」の方を重く見るとすごく真っ当な教育論が語られている部分があって、そこに素直に感動していたのですが、「暗殺」の方だってこの作品の重要な要素で、やっぱりそこは一筋縄では行かない。この部分を重視すると当然ダークな印象は強くなるし、アニメのここ数回の展開はその面が強く現れています。

松井優征さんの明るいキュートな絵だから騙されるのですが、これが梅図かずおさんの絵だったらどうなるか。「漂流教室」という傑作がありますが、あの絵柄で「暗殺教室」が描かれたら阿鼻叫喚の地獄絵図になり得る作品なんですよね。

主人公の潮田渚は母親に抑圧されて育ち、女の子が欲しかった母親に髪を伸ばさせられていて、身長も低く、力もなく、成績もぱっとせず、当然自己評価も低い。そんな彼は、しかし実はクラスの誰よりも「暗殺」の才能がある。戦闘は強者が強いが、暗殺はむしろ弱者の方が向いている。そんなテーゼが作品中でも語られていますが、彼は先生に「ボクは暗殺者になるべきでしょうか」と相談したりしているのです。

実際彼は「殺す」という言葉に反応し、言った相手に一瞬で迫って「殺される」という恐怖を植え付ける天才。自衛隊の特殊部隊の鷹岡を二度にわたって倒していますし、人類最強に近い「表向きの担任」である防衛省の烏間に本気の恐怖を感じさせたりしているのですね。

考えてみれば、この渚は異様なキャラです。よくこんなことを思いつくなと思っていたのですが、今回のこの対談、特に3章の「ひらめきの時間」を読んで、こういう人だからこういうキャラクターを作り出せるのだ、と何か納得出来る気がしたのです。

松井さんは自分を弱者と定義します。そして、「強者」は好きなこと、やりたいことをやっていけばいい、しかし「弱者」はそんなに好きなこと、やりたいことがあるわけではない、むしろ「与えられたことを好きになる」のが弱者の戦略だ、というのですね。(逆に言えば、強者は好きなことをやるのが適している戦略だと言うわけです。だからそこで選択を間違えてはいけない、と言います)

対談した二人はお互いに、無の時間が好きだと言うのですね。何もやることがない時間が全然怖くないと。むしろ何もやりたくないとまで言う(笑)。ここまで来ると何だか「人はちょっと怖い」という気がしますが、多分私が彼らの言う「弱者」ではないからなんだろうなと思います。(強者というほど強ければいいんですが。)

このへんを読んで、主人公の渚は、やはり松井さんの中にいるんだなと思ったのです。

そして一番戦慄したのが松井さんが「蜂に憧れている」ということを話したくだりです。

「ゴキブリやバッタに寄生して卵を産んで、その内臓を食べて育つ蜂がいるじゃないですか。つまりガワがすでに完成されていて、その中身を食いつぶしていくのが自分のスタイルなんです。そのガワが壊れたら次のガワに行こうかと考える」(p.175)

これはコワい。(笑)

自分を「昆虫に寄生し、生まれた幼虫が宿主の内臓を食べて育つ蜂」に例える人は初めて知りました。つまり松井さんはそういうすでにあるものを題材に、それを食い潰して行くことで作品を作るタイプだ、と言ってるわけですね。

ということは、今回は「教育」というガワだったということなわけです。「教育」と「暗殺」と言うべきでしょうか。そういうふうに考えてみると、なるほど「テーマ」というより「ガワ」という方がリアルです。「テーマ」と言うとそれに縛られてしまう感じがありますが、「ガワ」であれば遠慮はいらない。松井さんはむしろ、どんなガワでも内側から食い潰せる貪欲な制作スタイルだ、ということなのでしょう。怖い人です。

そう考えてみると、渚というキャラの本質もよくわかります。渚は決して大人しいだけのキャラではないのですが、すっきりとした顔立ちで少年マンガのオドオド系の少年として描かれていて、自分でも自己評価としてはオドオド系ですから、読む方もすっかり騙される。しかし鷹岡を倒したときなど、考えていたことはすごい。

暗殺教室 5 (ジャンプコミックスDIGITAL)
松井優征
集英社

「ボクは本物のナイフを手にどう動けばいいのか少し迷って、烏間先生のアドバイスを思い出した。そうだ。闘って勝たなくていい。殺せば勝ちなんだ。だからボクは笑って、普通に歩いて近づいた。通学路を歩くみたいに普通に。」

あっけにとられた鷹岡は渚の振るうナイフが首筋まで来て初めて我に返ります。

「ここで初めて鷹岡先生は気づいたみたいだ。自分が殺されかけていることに。鷹岡先生はぎょっとして体勢を崩した。誰だって殺されかけたらギョッとする。殺せんせーでもそうなんだから。重心が後ろに片寄っていたから服を引っ張ったら転んだので仕留めに行く。正面からだと防がれるので背後に回って確実に。」

そして渚は鷹岡をねじ伏せ、恐怖におののく鷹岡に「捕まえた」と言い、鷹岡と周りの生徒たち、渚にそれを任せた烏間さえも驚愕させます。

「さっきを隠して近づく才能。殺気で相手を怯ませる才能。「本番」に物怖じしない才能。・・・戦闘の才能でも暴力の才能でもない、暗殺の才能!」戦慄する烏間。

「笑顔でナイフ突きつけて「捕まえた」とか・・渚クンは見かけによらす肉食獣だねえ」というクラスの中村。(以上「暗殺教室」5巻。余談ですが中村莉央がいつ渚を好きになったのかが今書いていて分かりました。)

そう、渚は映画が好きな、一見草食系の少年なんですが、本質はとんでもない。実は恐るべき肉食系なんですね。しかも暗殺者系の。

これは本当に、松井さんだから作れるキャラクターなんだと、インタビューを読んですごく納得したのです。松井さんも、彼の定義する「強者」ではなく、「自分の好きなことで勝負しても勝てない」と知っている。でも、どんな「ガワ」に寄生しても、それを食い破って自分は生き残る、その「弱者ならではの強さ」を持っているのだ、ということなんですね。

この内容が本当に「教育的」と言っていいのかよくわかりませんが、でも、そういう「弱者」が生き残って行くためにはとても参考になる話だと思います。

「強者」はそれを「テーマ」ととらえるところを、「弱者」はそれを「ガワ」ととらえる。「強者」は自分のやりたいことをやっていけばよいけれども、それを遣り尽くしたり、あるいはやりきれなかったりしたら結局生きる術を失ってしまう。しかし、弱者の戦略であれば、どの「ガワ」に寄生しても生き残って行ける。好きなことをやるのではなくて、与えられたことを好きになるのであれば、と。

渡辺和子さんの「置かれた場所で咲きなさい」という本がありますが、言ってることは同じなんだなと思います。したたかな弱者の強さ、を表現しているのだなと思います。

多分私にはこういう生き方は向かないのですが、でもこういう生き方をする人の強さというものをまざまざと見せつけられた感じでした。

松井さんの次回作に期待したいと思いますし、佐藤さんのデザインにも注目して行きたいと思いました。

『ひらめき教室 「弱者」のための仕事論』、面白かったです。

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by Luke Peterson

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