ある訃報

Posted at 14/09/06

関係のない方には関係のない話なのだけど、私にはかなり大きな話なので、書いておこうと思う。

昨日届いた整体協会の機関誌『全生』を読んで、整体協会の野口裕介先生が亡くなったことを知った。8月3日。7月の故・野口昭子会長の十年祭での元気な姿の写真が掲載されていたので、どなたにとっても突然のことだったのだろうと思う。裕介先生は本部講師という立場だったけれども、整体協会(いわゆる野口整体)の創始者である野口晴哉先生の後継者として、実質中心となって活動されてきていた。現在の整体協会会長は元首相の細川護煕さんだから、整体協会内部の方向性や指導に関しては、裕介先生が中心になってやって来られたことは間違いないだろう。8月3日に亡くなられ、ネットで調べるとすでに8月6日には葬儀が行われたということなのだけど、「全生」によれば裕介先生が亡くなられたことで整体協会の行事・講習会などはすべて未定になっているとのこと。これからどのような態勢になって行くのか、どなたが後継になって行くのかは分からないのだけど、きっといろいろと変わるところも出て来るのだろうと思う。

私個人の思い出としては、松本で開かれた活元大会の際にお話を伺ったことと、活元運動をしているときに頭に愉気をしていただいたことが印象に残っている。晴哉先生も60代でなくなられているが、裕介先生も62歳。まだまだこれから、と思っていたのだけれど、やはり人は死ぬものなのだ、となんだかそういう感慨がある。

私は人生の方針の中で、いろいろ未定なことが多くていつも試行錯誤みたいな感じのところがあるのだけど、身体観に関しては中学生のときに初めて野口整体に触れて感動し、しばらく間があって大学時代に見田宗介先生のゼミで初めて活元運動を体験したのだが、実際に協会の指導室に通うようになったのは2001年から。それでも主に晴哉先生のいろいろな著作を読んで、身体観に関しては、これで行こう、と決めている。ここのところ書いている言い方で言えば、様々な思想・運動の中で一番自我関与しているのがこの野口整体なのだ。その割にはいろいろさぼっていてあまり大きな声で言えるような状態ではないのだが。

だからこの運動と言うか整体指導全体がどのような方向になって行くのかは、自分にとっても大きいことだ。昨日からいろいろ考えていて、思ったよりこのことに影響を受けていることに気がついた。

もう遅いのだけど、でも、まずは先生のご冥福を御祈りしたい。そして、結局は個人個人がしっかりと整体の理念や方法を咀嚼しつつしっかり生きていくしかないのだと思う。

こういう個人の力量に頼った組織や運動というものは、どうしても個人の動向に左右されてしまう。そういうところが例えば、医療の世界などもっと巨大な、システマティックな世界とは違う面を意識してしまうのだけど、でも個人のレベルで言えば頼りにしていた医師が亡くなると途方に暮れる患者たちが沢山出るのだから、同じことだと言えないこともない。

モーツァルトの曲はモーツァルトにしか書けないというのと、それは本質的には同じことなのだろうと思う。

優れた人たちが亡くなると、生き方も技術も器量も経験も、みんな持ってあちらの世界に行ってしまう。亡くなられた人を偲び、それでも生きている私たちは、ただより良く生きるように、精を出して行く、精進して行く、取り組んで行くしかないんだなあという感慨を、改めて持った。

整体入門 (ちくま文庫)
野口晴哉
筑摩書房

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