糸井重里『インターネット的』と糸井さんの「落語的世界観」/諌山創さんインタビュー:「マスゴミ的世界観」と「財産としてのトラウマ」
Posted at 13/12/06 PermaLink» Tweet
【糸井重里『インターネット的』:糸井さんの「落語的世界観」】
忙しい、体調が悪い、思うようにいかない、というネガティブなことはいろいろあるのだけど、面白いこともあるし、そういう時だからこそ自分がぎりぎりのところで思っていることがぽろっと出て来る、ということもある。人間何がプラスになるか分からないので、この状況も生かせていけたら、と思う。
インターネット的 (PHP新書) | |
糸井重里 | |
PHP研究所 |
昨日までも何回か書いたが、糸井重里『インターネット的』を読んでいる。この本はいろいろと面白い。80年代から彼は売れっ子だったけれども、今ひとつ彼の何が面白いのか、私にはよくわからなかった。週刊文春でやってた「萬流コピー塾」にも何度か投稿したことはあるのだが、まあこんなものじゃだめだろうなと思って投稿して、やっぱり駄目だった。つまり、彼がどういうものを求めているのかが良くわからなかったので、手の出しようがなかったのだ。
だが、この本は面白い。この本は、彼が「インターネット的」であるとはどういうことか、ということについて書き、それから彼がなぜインターネットサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』をはじめたのか、ということについて書いている。『ほぼ日』をはじめて以来、彼のいうことは、私にとってはすごくわかりやすくなった。それはつまり、彼が意識的に敷居を下げて、より多くの人に分かりやすいようにこのサイトを作るようになったからだろう。「今日のダーリン」というコラムを読んでいても、言いたいことはわかるし、そうだよなあと思うことが多い。まあ、その奥にあるものは相変わらずあまりよくわからないなあとは思っていたのだけど。
この本は、基本的にそんな彼の「手の内」を、わりと惜しげもなく公開している本だと思う。
この本で彼は「ぼくは、自分の『世界観』を落語の世界においているような人間です」という。これを読んで、私は長年の謎が解けた気がした。「不思議、大好き」とか「おいしい生活」という言葉にしても、それを「落語的」に解釈すると、ああなるほどなあ、という気がして来る。コピー塾の世界も、彼の自分にとってはよくわからない文章も、「落語的」な世界に当てはめるとその背景が立ちあがって来るように思った。
落語的世界観というのは、彼の言葉でいえば、「人間は誰も大したものではない」とか「捨てる神あれば拾う神あり」という考え方、「勝たないから官軍にはなれない」けど、「正直者がバカを見ない」社会が理想、という気分だ、ということだそうだ。
まあなんというか、「酸いも甘いも噛み分けた日本人的な楽天さ」とでも言うのか、彼が基本的にいつも明るいのはそういうことからもなるほどなあと思うし、彼が基本的に厳しいのもそういうことからなるほどなあと思う。
そしてそのくらいのことなら実現できる、かもしれない。特にインターネットはそういう力を持っている、のではないか、ということに賭けて『ほぼ日』をはじめて、今に至る、、ということらしい。
そういう目で『ほぼ日』のコンテンツを見直して見ると、まあいまさらいうまでもないが、悲憤慷慨しているようなものは何一つない。ほのぼのした、ある意味腹がたつくらいゆるい見出しが並んでいるが、中身はもちろんそうでもない。完結したものもあるし、完結してないものもある。これは原則載せる方も載せられる方も原則無料で、つまりノーギャラかつノー広告料でやっている(読み方が間違ってたら申し訳ないが、この本の記述はそう読める)ことからある種の必然だろうと思う。そしてそれが出来るゆるさがインターネット的だ、ということのある種の主張にもなっている。
5年後、メディアは稼げるか――Monetize or Die? | |
佐々木紀彦 | |
東洋経済新報社 |
まだ最後まで読んでないのでこの本でどう言う書き方がされているかは分からないのだけど、『5年後、メディアは稼げるか』によれば、『ほぼ日』の収益モデルは物販だそうで、つまりは『ほぼ日手帳』などを売ることによって、収益を確保しているということのようだ。ということは、サイト作りも物づくりの一環だというモデル(最初からそれを目指したのかは分からないけど)なのだろう。この方向でコンテンツも商品も継続的に作り出すことに成功しているサイトは他にあまり見たことがない。アーチスト系のサイトならもちろんあるのだろうけど、『ほぼ日』で売ってるものは基本的に「作品」ではなく、「ちょっと魅力的なコモディティ」であるし、サイトがあってこその商品であるところが、作品自体が独立した力を持ちサイトの文章コンテンツの力を基本的に必要としないアーチストの作品とは基本的に違うのだと思う。
ほぼ日手帳 WEEKS 2014 ホワイトライン ブラック | |
東京糸井重里事務所 |
そういうもののベースに「落語的世界観」があるというのは面白いなと思うし、まあ自分とは違ってもときどきそこを訪ねて笑ったりにやっとしたり一服したり癒されたりするのもいいだろうなあという気がする。
インターネットが発達していくこれからは結局、作り手の人間性(つまり世界観とか)が重要だ、みたいなことをやはり糸井さんも言っていて、その意味が今まであまりよくわからなかったのだけど、この本を読んでだいぶ分かってきた気がする。
【諌山創さんインタビュー:「マスゴミ的世界観」と「財産としてのトラウマ」】
DVD付き 進撃の巨人(12)限定版 (講談社コミックス) | |
諌山創 | |
講談社 |
もうひとつ、時を同じくして「世界観」のことについて考えさせられたのが、ウェブマガジン「white-screen」での、『進撃の巨人』の作者、諫山創さんのインタビュー。
作品に深く影響を与えたものは何か、と問われて、彼は「ニュース」だと答えている。彼の10代の頃はネット右翼全盛のころで、当時の世の中の雰囲気に影響されている、というのだ。彼の言うには、世代というのはかなり細かく分かれていて、その世代ごとに「敵」がいると思う、というのだ。そしてネット右翼時代の彼らの世代の敵は、「情報を握っているもの、発信する情報を操作するもの」だった、というわけだ。「誰かがメディアを使って自分たちの都合のいいように情報を操作している、そういう不信感を必要以上に持っている世代だ」というわけである。
これはなるほどと思った。『進撃の巨人』の世界では、とにかく情報が慢性的に不足している。巨人とは何か、どう戦えばいいのか、という情報を求めて「調査」兵団がいのちがけで戦い、多大な犠牲者を出している。一方で誰かは、姿のはっきりしない「敵」は、すべての情報を握っているらしい。その圧倒的な情報格差の中で、兵士たちはあえなく巨人に食われて行く。その絶望の深さの裏にあるのが、「情報を握るもの」への深い不信にある、というのはすごく納得できるものだった。
確かに、佐藤優などが「必要以上に」もてはやされるのも、彼が情報を握っているインテリジェンスの世界の住人であることを公言し、しかも権力中枢から追放されたルサンチマンを抱えている「傷ついたヒーロー」であることもあるだろう。
今でもそういう言葉は散見されるが、情報を操作しているのは権力側というより、新聞やテレビに代表される「マスコミ」であり、それを「マスゴミ」と呼ぶ考え方が当時広く定着した。特に朝日新聞に代表される「左翼マスコミ」が中国や北朝鮮に融和的な姿勢を示したり、あるいは根拠の怪しい従軍慰安婦問題や南京虐殺問題について日本の不利になる報道を続けていたことなどが火に油を注いだ。この問題で左翼の側が有効な対応をしなかったことが、現代のまともなリベラル政党がなくなり、自民党とそれより右側の勢力ばかりが伸びてきたことにも影響していると思う。今ではマスコミの「中の人」もそれなりに発言するようになってきたが、既にかなり徹底的に不信感を持たれるようになってしまっているのが現状だろう。東日本大震災と福島第一原発事故の対応や報道姿勢のまずさも「情報を支配するものたち」に対する不信感の強化に役立つ一方だったように思う。
つまり、諌山さんの世代の世界観というのは、言わばそういう「マスゴミ的世界観」と言えるのではないだろうか。そしてそれがヒットするということは、そのあたりについての不信感、世界の本当の姿が見えないことへのもどかしさみたいなものについての共感があることも一つにはあると言えるのだろうと思う。
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もうひとつ「影響を受けた」と彼が言っているのが「マブラヴ・オルタネイティブ」というゲームで、それには作り手の姿勢に影響を受けた、という。どう言う姿勢かと言うと、「“お客様”に楽しんでもらおうとか、いい気持ちになってもらおうというんじゃなくて、嫌な思いをさせてやろうとか、トラウマを負わせてやろうとか、そういう姿勢」なのだそうだ。
これはかなり深いところをついているのだと思う。人は本当には、「楽しませてもらう」ことを求めているのかどうか、という問題だ。本当は深いところではもっと傷つけられたり、トラウマを負ったりすることを求めているのではないか。「ぬ~べ~の人食いモナリザもそうなんですけど、トラウマですよね。その時は本当に困ったんですよ。怖くてトイレにも行けなくて。でもそれが財産のように感じるんですよね。」
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トラウマこそが財産。たぶん死ぬ時に思い出すのは、その地獄のようなイヤな体験から抜け出した時のことだろう、という。そして『進撃の巨人』で成功した今、「生活できるかどうかの危機感はなくなったかわりに、そういう危機感の感覚自体を失ってしまう危機感」がある、のだという。これはすごくよくわかる。
彼にとってとても大きかったのが、アニメ化の成功によって飛躍的に幅広い層に受け入れられるようになったことなのだそうだ。つまりこのままトラウマを負わせてやろう系の方向で行っていいのかどうか、ということなのだそうだ。ラストも最初から決めてはあったのだけど、そのままでいいかどうかも迷っているのだという。アニメという多くの人が制作に関わる事業に参加することで、作者の意識も変化していくというのが面白いと思った。
「マスゴミ的世界観」と「財産としてのトラウマ」という発想がそれぞれとても面白いと思ったのだけど、何というのかな、そういうものにすごく共感できてしまうところが困ってしまう。もちろんトラウマは避けたいものだし、諌山さん自身も「巨人」のモデルになったネットカフェ店員時代の酔っ払いのおっさんの客なんてものは関わりになりそうになったら全力で避ける、と言っているが、「その傷の生々しさ」が制作の源泉になる、ということはやはりある。単なるトラウマ語りではつまらないが、生々しさのないものにはやはりなかなか人は魅かれていかないだろう。『風立ちぬ』にも『かぐや姫の物語』にもそれぞれ、他の場所ではなかなか語られない生々しさが確かにあった。
***
ということでいろいろと世界観について考えて、さて、それでは私の世界観というのはどういうものなんだろうなと思う。何か多分、わりと荒涼としたものなんだろうなと思う。そこに少しずついろいろな芽が芽吹きつつあるのではないかと思うのだけど、創作の時の作品世界にしても、こういう文章を書く時のベースになる世界観にしても、もう少し自覚的であった方がいいなと思うようになった。
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