コンテンツを作り味わうためにも、文化的インフラが決定的に重要であることを、堤清二氏の訃報は思いださせてくれた
Posted at 13/11/29 PermaLink» Tweet
【コンテンツを作り味わうためにも、文化的インフラが決定的に重要であることを、堤清二氏の訃報は思いださせてくれた】
昨日は十分練れないまま堤清二氏についての文を書いたのだけど、そのあと考えれば考えるほど、私自身がセゾンの提供する大きな文化的枠に大きな影響を受けてきたということが明らかになってきた。81年に大学生になって東京に出てきた私は、まさにその枠の中に飛び込んだのだ、ということを今になって認識した。「東京」が提供する文化的なさまざまな要素の、実はかなり大きな部分をセゾンによって提供されていたことに、いままであまりにも無自覚であったと考えれば考えるほど思う。
私が見ていた映画(おもにヨーロッパ系)の多くも、かなりの部分はセゾン系の映画館で単館上映されたものだったし、自分はそんなに行ったわけではないが、西武劇場は小劇場運動のなかで一定の役割を持っていたと思う。西武から公園通りを経てパルコまで、当時の渋谷のその方向はセゾンの植民地みたいな感じで、センター街を挟んで反対側が東横店から109を経て東急本店まで、地元の東急の陣地という感じだった。池袋東口は西武の聖地みたいな感じだったし、ある意味あのあたりは一つのステージのような感じだった。
もちろん池袋や渋谷の西武、パルコはまだあるけれども、あの当時当たり前にあったシネヴィヴァン六本木や詩の書店「ぽるとぱろうる」など、文化的なインフラが90年代の不況期に次々に撤退していったころ、私は教員をしていてそのあたりに出入りすることが難しくなって来てはいたけれども、ほっと息を抜いて自分のいるべき場所にいることを味わえる、数少ない場所のひとつだった。文化的インフラは、当然のことながら精神的インフラでもあったわけだ。そこがなくなってしまうというのは歴史の流れの必然で仕方がないことだと頭では分かっていたけど、たぶん肉体的にもたましい的にも深いところでは全然わかってなくて、驚くくらいぴたっと映画を見に行くのをやめてしまったのだ。
先日映画のことを考えていてなぜ私は映画を見に行かなくなったのかと不思議に思ったのだけど、あのシネヴィヴァン六本木がなくなったということが私にとってどんなに大きなことだったのか、ということに昨日考えていて気がついた。あそこは私自身にとって不可欠の文化的インフラだったのだ。
教員をやっていた10年が終わり、時間もできて自分を取り戻そうとしたのが1999年だったが、その時にはセゾン文化は解体していて、自分が思っていた還るべき世界はすでになくなっていたのだ。
そこから少しずつ新しい面白いものを見つけ出していく努力を重ねてきたわけだけど、東京に飛び出したときにそこにあったものとの最初の出会いというのはとても大きかったようで、何にあってもやはり何か違う、どこか違うの繰り返しだった。まあ、それも今にして気がつくことであって、本当にどこに「信用すべき手触り」を求めていいのか、全然わからないまま時間が過ぎた感じがある。
いま私はこうして回顧的な文章を書いたり、評論的な文章を書いたり、なかなかそちらの方向へ行かないが創作的な文章を書いたりしているのだけれども、回顧的な文章が多くなりがちなのは、文章の中に自分がいる、そういう文章を書きたいと思っているからだ。評論的な文章は自分を入れずに書いた方がいいとも言えるけれども、それはそれをやっているうちにどんどん本当に自分とは無関係になって行ってしまって、自分がその文章を書くことの意味が分からなくなってしまうことが私の場合はよくある。だから話題が自分とは無関係な方向に行きそうになったら、そこに行って自分が興味を持てるかどうかを見直して、あるいは自分が興味を持てる範囲で話を終わらせるように気をつけている。
自分にとっていまだに最大の謎は、なぜ自分がこういう人生を生きてきたんだろうということなのだけど、それがわかるとこれからどういう方向に行くべきかもわかるだろうと思うからなのだ。まあ、いままでの人生とこれからの方向性は無関係だっていいのだろうけど、私はせっかくだからいままでの間に持っているもの、身につけているものを活かしたいと思うので。
それを考えていると、自分が無意識のうちにこれだけ大きな影響を受けてきたセゾン文化について、一度きちんと考えなければならないと思ったのだ。
このところ私は朝起きてモーニングページを書くときに、1今の体調、2心の状態、3たましいの状態、4今やりたいこと書きたいこと、5短期的にやること考えること気になっていること、6長期的に目指すもの、ビジョン、なりたい状態、というようなことを思い浮かべて書くようにしているのだけど、なかなか6までは行かない。まあ全然ランダムにいろいろ出て来ることもある。この辺のところはまたあらためて書きたいと思っている(とにかくそう予告しておかないといつまでも書けない)のだが、そのわりと長期的な取り組みの一つとして、文化について思うところを述べていくことが私にとって一つの本筋だなという意識が最近出来てきて、昨日の堤さんの訃報を聞いて考えているうちにどんどんその部分が明確になってきた。
人類の発展とは何か、進歩とは何かということを考えたとき、私はやはり文化が充実していくことが人間全体にとっての進歩だと言えるのではないかと思うのだ。
より豊かなもの、よりゴージャスなもの、大きなもの、広いものに目を向けていくこと、すべてを相対化していくのではなくて自分で選んでいく、広い世界の魅力に目をやる余裕を持ってそこから何かを得ていく、それらを楽しんでいく。
そういう精神的土壌を養うことと、文化的インフラの整備。80年代文化でいえばそれは戦後民主主義文化、雑誌文化、ヒッピー文化など68年文化、教養主義の名残り、そういった精神的土壌の上に咲いたものであったし、先に述べたように西武=セゾンをはじめとして文化村を作った東急、美術館やホールを作ったサントリー、また公共団体の意識の革新による公立美術館の革新化などがあった。一部を除いて90年代のバブル崩壊後には急速にそれがしぼんで、文化が果ててきた感があった。「失われた20年」は経済だけのことではなかったと思う。
21世紀になって起こった大きな変化は、やはりネットが文化面でも大きな役割を果たすようになったことだろう。巨大な目に見えるインフラがなくても、というかブロードバンドの普及自体が巨大なインフラ構築なのだけど、初期はソフトバンクをはじめとして本当にインフラ整備が事業者にとっても急務であったのが、アメリカではウィキペディアをはじめとするネット上の文化インフラ整備も進んでいたけれども、(もちろんアップル=ジョブズの成し遂げたさまざまな行動革命もあった)いま日本でいちばん文化的インフラ作りに力を入れているし成果も上がっているのは川上量生さんのドワンゴではないかと思う。川上さんは日本屈指のコンテンツメーカーであるスタジオジブリに関わるうちに、自分の仕事はコンテンツ作りではなくインフラ整備であるという自覚を深められたように思う。
文化の中身というのは、80年代は振り返ってみると輸入品とその解説業者が専らだった気がする、特に映画に関しては邦画よりヨーロッパ映画が圧倒的に魅力的だったが、森田芳光監督など好きな監督もいた。私の中で圧倒的に魅力的だったものは、もちろん演劇もそうなのだが、マンガの新しい才能がとにかく魅力的だった。残念なことに当時まだ宮崎作品は見なかったし、アニメに対する視点は欠けていたのだが。評論では自分の中ではとにかく呉智英さんのものが好きで、めったに出ない新作をいつも見落とさないように本屋を見回していたものだった。
自分の中でバブル崩壊以後が衰退期という印象があるのは、ジブリやエヴァに触れることがなかったからかもしれない。おたくに染まることもなかったし、ヴィレッジバンガードなど新しいサブカル系にもまだ触れることはなかった。音楽に関してもきらびやかな「渋谷系」は聞かなかったし、90年代文化というものについて、少なくともリアルタイムでは認識していたとはいえないので、何とも言えないところはあるのだが。
0年代になって、新しいものについて目をやろうと思い始めたのは2007年ごろになってのことなので、自分の中では新しい時代に合致したものに対する評価の目が出てきたのはようやくここ5,6年のことだ。だからある意味中学でそういうものに目覚めた大学生ぐらいの感じなのかなと思う。もちろん吸収力が全然違うし、生活様式が違うから彼らの生活の中から出て来る実感のようなものに関してはわからないのだが。
なんというか文化もドメスティックな側面が強くなってきている気がする。何というか私などそういうものにわりと影響されやすいのであまり外国のものを見たいという気もしなくて国内のものの方に目が行きやすい。しかしネットやツイッターを見ていると一方ですごく世界の情報も簡単に入って来るし、80年代にはまだまだ何枚もの壁の向こうに見えた海外という存在が、本当に板塀一枚の向こう側にある感覚になってきたこともまた確かだ。
コンテンツを作るということはやはり時代に必要とされているものを作るということだから、いい悪いはともかくやはり時代の風に吹かれていないといけないというところはある。そこに日本という枠が必要かどうかという問題もある。
今現在の状況は、何でも出来るがどこに行ったらいいのか分からない、という感じだ。
当時は、まあ私はということかもしれないが、「やることがなかったらとりあえずシネヴィヴァンに映画見に行ってみよう」という感じがあった。もちろん自分で選んではいたけど、(当時はそういう情報も「ぴあ」というプラットフォーム上にあった)やはりシネヴィヴァンの選択眼、つまりキュレーションにかなり大きな信頼は置いていたわけだ。
ここで自分が今何をやればいいのか、ということについて考えてみる。
この作品がいい、面白いということについて発信していくこと。それは、もしそれを読んでその作品を鑑賞して、何かを得てもらえれば単純に嬉しいということもあるし、またそれによって自分が価値があると感じている方向に世の中が少しだけ動いてくれたらよいなということもある。大げさに言えば、それが文化を作るということだろう。
もうひとつは、自分を支えてきた文化構造というものについてもう少し踏み込んで書いて行ってみること。
東京に飛び出す前の自分のまわりには、文化環境はすごく断片的にいろいろなものがあって、岩波文化的な『ナルニア』もあればマリファナ特集ばかりしていたころの『宝島』もあり、世界を救う的なスローガンもあればマクロビ的自然食的な方向性もあり、21世紀になって改めて自分が選び直した野口整体の身体観もあればフォークソング文化も、ヒッピー文化も、ハードロックも、そしてもちろん学校文化も呼吸していた。その中で自分は宇宙や星が好きだったりする一方で野球も相撲も見ていたし、別冊マーガレットも少年ジャンプも読んでいた。そういう70年代的な文化の、断片的な坩堝の中にいたような感じだったが、もっと野蛮な風潮、保守的な風潮、理不尽な風潮もあったから、自分で常に文化的な方向を選択して生きていた。
そういう感じで生きていたので、80年代東京のセゾン文化はすごく自分に身に合う洋服だったと思う。ヨーロッパのブランドを着ておかしくないほど人間が出来てるわけではなくても、デザイナーズブランドに手が届くか届かないか当たりで自分にとっての大枚をはたいてバーゲンでシャツやスーツを買ってどきどきしてそれを街に着て行ってみる、くらいの感じだった。
就職して文化的なものに接する機会が少なくなり、自分が際限なく落ちていきそうになる中で自分を救ってくれたのは白洲正子の著作との出会いだった。そこから小林秀雄をはじめとする教養主義の文化の方向へしばらく行っていて、ただそれは時代性と断絶することでもあった。しかし、当時の自分は古い毛布の中で、人間そのものを問う教養主義によって自分を温めることが必要だったのだと思う。
その間に鈍ってしまった時代の皮膚感覚のようなものを取り戻すのにはずいぶん時間がかかったのだけど、最近はだいぶ現代という時代の文化を楽しむ感覚を取り戻せて来ている。現代では、やはりネットという存在を抜きにしては文化は語れないので、この中でどんなふうに動けば自分が価値あるものと感じているものをより広く共有してもらえるか、また自分が気がついていない新しい価値のようなものをどうやって見つけていけるか、ということを思っている。
やはり文化構造ということに関しては文化的インフラというものが決定的な役割をもつし、それだけ大きな影響力を持つ。ネットに関してはまだまだ何がどうなっていくか分からないところがあるけれども、コンテンツやそれに関して交わされるさまざまな言説だけでなく、企業が提供する―――残念ながら、日本という国家は国家による文化の構築という役割が国家組織の中に十分に組み込まれていない―――まあそれは良し悪しではあるのだが――インフラストラクチャーの役割が大きいことを堤氏の死をきっかけにセゾン文化を考えてみてもの凄く強く認識した。
そういう視点から、文化構造というものを読み直して行くこともまた、やってみたいことのひとつになったわけである。
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