『夢と狂気の王国』は、「特別なアニメ」たちを生み出す「ありのままのスタジオジブリ」を描いた傑作だった
Posted at 13/11/25 PermaLink» Tweet
【『夢と狂気の王国』は、「特別なアニメ」たちを生み出す「ありのままのスタジオジブリ」を描いた傑作だった】
忙しい中で、なぜかたまたま行きたい企画、見たい映画が何本もあるという事態に。その中で、昨日は錦糸町へ砂田麻美監督『夢と狂気の王国』を見に行き、今日は池袋へ『吾妻ひでお原画展』を見に行った。
今日は、『夢と狂気の王国』の話を。
『夢と狂気の王国』は、スタジオジブリを舞台にしたドキュメンタリー映画。デビュー作の、自らの父の死をドキュメンタリーで撮った『エンディングノート』で脚光を浴びた34歳の砂田麻美監督が、2012年から今年にかけてスタジオジブリに密着してカメラを回し、スタジオジブリの空気感のようなものを描き出した作品。
今年夏の宮崎駿監督の『風立ちぬ』、今まさに公開の始まった高畑勲監督の『かぐや姫の物語』と重なったために、きっと多くの人が見に行くだろうと思っていたのに公開される映画館の数が少なく、東京でも錦糸町と六本木と新宿でしかやってなかったので、レイトショーを見に行っても家に帰る電車のある錦糸町で見ることにした。
最初は混んでたら困るなと思って映画館のサイトで空席情報を見ていたのだがどうも思いのほかがらがらで、大丈夫だろうとは思ったのだが、実際に見に行ってみると100席以上の会場で10人見に来ていたかどうか。大変内容の充実した作品だっただけに、とても惜しい感じがした。
映画館も、きちんと調べるまでは錦糸町駅に隣接した江東楽天地でやっていると思ったら北口から数分歩いたところにできた新しいモールのシネコンで、『魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語』を見た豊洲のららぽーとのユナイテッドシネマに比べると、ずいぶんこじんまりした印象だった。
(ちょっと調べるとこのオリナス・モールはセイコーの工場の跡地にできたものらしい。スカイツリーからは東南に一キロ余りの場所。北口の飲食店街を抜けて行ったのであれっと思ったが、四つ目通り沿いに行けば生活臭のない道だった)
スタジオジブリは今までもNHKのドキュメンタリーでたびたび取り上げられているのだけど、今まで見た感じとかなり違った印象を受けた。NHKの番組作りが大上段から切り込んでいる感じがするのに対し、この映画は「アニメ作りの日常」から丹念に積み上げられていっている感じ。宮崎監督の机の前に秘書的な制作の人の書いたキャラクター入りのスケジュールメモが貼ってあったり、そこらじゅうにジブリアニメのキャラクターが溢れていて、女の人が多い職場ということもあり、NHKで見た印象とは違って、ずいぶんソフトな印象を受けた。使用済のちびた鉛筆が箱に入れられて「使ってください」と張り紙されていたり、細かいところにはっきりとした主張が現れているという印象も受けた。
アルプスの少女ハイジ Blu-ray メモリアルボックス | |
バンダイビジュアル |
宮崎監督がスタジオでの仕事を終えて歩いてアトリエに移り、ジブリ美術館で展示されていた『アルプスの少女ハイジ』のヤギのぬいぐるみを仕舞ったり、カーテンを閉めたり、お湯を沸かしたりする、つまり本当にありふれた、でも今までのドキュメンタリーにほとんど映ったことのない日常を丹念に描いていて、ああこういう細かな日常の積み重ねの上に、あの膨大な作品群が出来て行っているんだなあという感動を覚えた。私もそういうものの積み上げによって何かを描く描き方が好きなので、砂田監督に共感を覚えた。
宮崎監督がスタジオとアトリエでの作業を中心に描写されているのに比べ、鈴木プロデューサーの描写は移動中の車の中が多かったのが印象的だった。いつも忙しく飛び回ってる人、というか。行くところ行くところで映画のために、ジブリのビジネスのために、宮崎監督や若い人たちの仕事を支えるために、一緒に考え、適切なアドバイスをし、ラジカルな提案をし、新しい方向にみんなを向かせる。そして歩き出す。
高畑監督はなかなか画面に現れず、語られるままで、何というか伝説の巨人みたいな感じ。語られるエピソードもなんだか人間離れしたスケジュール感覚や論理性の積み上げの話が多くて、周囲から畏怖される存在であるとともにものすごく手間のかかる、一筋縄では行かない人だという印象を強く受けた。
1時間58分という長尺で、『風立ちぬ』の制作過程が中心ではあるが、単純なメイキングではなくてスタジオジブリと中の人々の空気感の描写が中心であるため、こういう場所でこういう人たちによってあの映画たちがつくられているという事実が、地に足のついた感覚で迫ってくる。
アニメーターたちが黙々と仕事をしたり、3時半のラジオ体操をしたりしている場面からカメラが移動していくと隣の部屋で制作の会議が行われていて、スタジオジブリというのはアニメを作り、それをプロデュースしていく場所なんだという当たり前のことの臨場感が伝わってきた。制作の会議でキャラクターグッズの話をしていたり、鈴木さんの都内の仕事場で(スタジオは東小金井)宮崎吾郎監督と川上量生プロデューサー(この『夢と狂気の王国』の制作も川上さんとドワンゴ)と鈴木さんの三人がシビアな議論をしていたり、何というかありふれた言い方になるけど、「ありのまま」のジブリがここにある、という感じがした。
そう、つまりこの映画は、何か「特別なこと」を描こうとしていないところがいいのだと思った。『風立ちぬ』メイキングになってしまうとやはり特別な人たちによる特別な場所の特別な出来事を撮っているという感じになるが、この映画はまあ普通の人たちとは言い難い宮崎監督や鈴木プロデューサーを描いてはいるが、ただそういう人たちが特別のことをしているのではなく、普通のことを積み上げて行ってあれだけのものをつくっている、その現場を「ありのまま」に描いているところが凄いのだと思った。
SWITCH Vol.31 No.12 ◆ スタジオジブリという物語 ◆ 責任編集:川上量生 | |
スイッチパブリッシング |
パンフレットや川上さんが担当した『SWITCH』のジブリ特集を読んで、砂田監督は実はもっと特別な一瞬を撮ったり撮るチャンスがあったりしたのに映画ではあえてそれを使っていないのだということが分かった。ピクサーのジョン・ラセター氏が宮崎監督を訪ねてきて、その場面を撮影しているのにそれは使われず、あの引退会見の日に宮崎さんと二人で2時間以上話しているのにカメラは回さなかった。それは多分、それを入れてしまえば彼女の描こうとしていたいわばやや禁欲的な画面に、「ハレの日」の華やかさが加わってしまい、丹念に積み上げた「ケの時間」が色褪せて見えてしまうことを恐れたのだろう。
だからこそ、最後の場面で、宮崎監督に呼ばれて、記者会見場のホテルの高い階から外の風景を見せられ、アニメーションの、ファンタジーのできることについて話す、「あの屋根からこの屋根に飛んだり、電線を伝って走ったり、大空から地上を眺めたり」という言葉と、パズーがラピュタの中を走ったり、ネコバスが電線を伝って走ったり、キキが箒に乗って上空から地上を眺めたりする場面が重ねられるシーケンスが、涙が出るほど感動的になったのだと思う。
この映画は、なるべく多くの人に見てもらいたいなあと思う。もちろんDVD化・BD化されていつでもだれでも見られるようにはなるのだろうけど、せっかくなら今このまだ記憶の熱い時に、多くの人に見てもらえたらなあと思う。
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