『もののけ姫』の「生きろ」と『風立ちぬ』の「生きねば」
Posted at 13/07/28 PermaLink» Tweet
【『もののけ姫』の「生きろ」と『風立ちぬ』の「生きねば」】
豪雨の中、東京に帰ってきた。私が帰郷したころには雨はだいたい止んでいたようだが、中央線や東西線に、濡れた浴衣を着たカップルが何組も乗ってきたので、隅田川花火大会中止の余波がまだ残っていたのだろう。私も少し荷物が多かったのに、傘は三段折り畳みの小さなものしかもっていなかったので、雨中歩いて帰るのが少し億劫だったが、10時ごろには無事帰宅した。今朝はいろいろ考えていてなかなか文章が書けなかったのだが、手探りながら書き始めてみるとなんとか形になってきたので、書いてみようと思う。
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「生きねば」という『風立ちぬ』のメッセージの意味するところは、つまりは生きることは面倒なことだ、が、生きなければならない、ということがある。それは『もののけ姫』の「生きろ」というメッセージとはまた違う。「生きろ」と言うのは主な観客と想定された少年少女たちに向けられたものだが、「生きねば」とは製作者たち自身を含んだ生きることの苦さを知っている大人に向けられたものだからだ。自分自身としては、後者の方がしっくりくる。
『もののけ姫』においても、結局自分はアシタカに自分を投影して、ある種の業、あるいは罪を背負ったまま西へ流れていく彼の姿の中に、苦くとも苦しくとも面倒であっても生きなければならない、そういう姿を見た。アシタカにはどこで生きるかという選択が許され、タタラ場で生きるという選択をするわけだが、『風立ちぬ』には選択はほとんどない。それだけに、自分の選んだ道の苦さをより強く感じさせることになる。
アシタカは様々なものを失うが、様々なものを得もする。それは、アシタカが少年であって、成長していくことと同時にドラマが進行していくからだ。大人には、少年と同じような意味での成長はない。最初から失うとわかっているものをあえて得たりさえする。それは愛だけでなく、自分が追求しつづけた美しさもまたそうしたものであることを、おそらくは理解しながら。そして、すべては壊れゆく、だからこそ美しい、ということもまた大人なら理解している。
その苦い諦念を、宮崎駿という人は深く自覚して生きている人だと思うのだが、それを全面的に出すことなく、少年たち(少女も含めて)に「生きろ」と言い続けてきた。しかし生きたところで、そのすべては失われる。しかし、失われるのなら生きない方がよかったのか。
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「ピラミッドのない世界より、ピラミッドのある世界の方がいい」と宮崎は言う。それを、「大衆を犠牲にしてエリートが美を創造すること」と解釈するのは、ちょっとトンデモだというべきだろう。ピラミッドは、美であってもいいし、愛であってもいいのだ。
西餅『犬神もっこす』に、「おばあちゃんがいる人生とおばあちゃんがいない人生とどちらがいいのか」という話が出てくる。どうせ死んでしまうなら、おばあちゃんがいない方がよかったのか、という問いかけだ。
「やはりあなたもいなくなります」犬神君はそういう。それに対し、蔵前さんがこういう。「喪失は、獲得です。……喪失を避けてより深い喪失に陥らないで」と。
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何千年か、何万年か、それよりもっと立ってかはわからないが、ピラミッドもまた、なくなるだろう。でも、ピラミッドがあった方がよかったのだと思う。つまり、人が人として生きて、よかったのだと思う。
それを疑う意見はあり得る。人は本当にこの世にいることが許される存在なのか、と。「自分など生まれない方がよかった」と考えたことがある人は、少なからずいるに違いない。それが発展していくと、人間自体がこの世に生まれるべき存在でなかった、ということにつながっていく。そしてその反転した生の思想は、生きることそのものを蝕んでいく。だから敢えて言わなければならない。「生きねば」と。
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それは、漫画版ナウシカの思想ともつながる。人が人として生きてよかったのだと思うのは、私たちが人であるからだろう。人そのものがこの世でない方がいい存在だと、人以外のものは思うかもしれない。しかし、われわれは生きることを宿命づけられていて、それを否定することは誰にもできない。もちろん、人もまたやがては滅びるわけで、それもまた誰にも避けることはできないのだが。
ナウシカは過去の偉大な先祖たちが残した未来への種子を抹殺する。これはマンガ版ナウシカで最も衝撃的な部分だろう。これはつまり『進撃の巨人』においては、「とにかく巨人をぶっ殺したいです」というエレンの言葉につながる。生きている存在は、自分の生を奪おうとする存在と、戦わなければならない。『進撃の巨人』第0巻を読むと、どうも巨人という存在自体、人類が進歩の中で生み出した鬼子のようなものと思えるのだが、このあたり直接の関係性はなくても、ナウシカと共通の意識があるように思える。
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話が少しでかくなってしまったが、「生きねば」という言葉の射程はそこまで届くと思う。
話がそれたが、もともとは「生きるのは面倒なことだが、生きなければならない、ということに、人生の本質的な意味がある」ということを書きたかったのだ。
しかし、人が向かい合っていくものは、面倒なことばかりではない。楽しいもの、愉快なもの、心休まるもの。面倒を引き受けなくても、楽しさにただ乗りできるものが現代には溢れている。面倒なこと、それを引き受ければ成長することができるような面倒さではなく、ただひたすら消耗するような面倒さと向かい合って生きなければならないケースが増えている現代は、逆に言えば面倒さを全く引き受けなくても楽しむことができる様々なものに溢れている。われわれは、最も奴隷のような生産者であると同時に、最も傲慢で最も横暴な消費者でもある。奴隷労働の見返りに、王者のように安逸な幻想に耽ることができるような仕組みになっている。
私が、自分が好きなものについて考えていて、と言うよりもまず自分が凄いと思うものについて考えていた時、自分は凄いと思うものをそんなに好きではないということに気がついたのだ。好きなのは、どこか欠けているものであり、愛すべきものであっても超越した存在ではないものだ、ということに。
そうなると、好きなものばかりと付き合うというのは、どこか欠けている不十分なものとばかり付き合うということになり、そうした作品はそれぞれもちろん天才性があるから好きなのだけど、自分を超えていく契機にはならない、不十分な自分を安らかな気持ちにしてくれる、そういうものとばかり付き合うことになるということに気付いたのだ。
つまりそれらのものは、自分の甘い部分において、好きなのだ。
であれば、自分の甘くない部分において好きなものとは、いったいなんだろうと思う。
甘くない部分、というのはどういうことかと考えると、自分の甘さというのはどうも面倒くさがるところだということに気づき、つまり、面倒くさくてもやる、ということが自分の甘くない部分なのだ、ということを理解する。
面倒くさいがやる、ということは、まあ大人として生きている以上たくさんあるが、最も典型的なものは生きることそのものだ。面倒でもこれだけはやる、そのことに輝きが感じられるもの、それが「自分の甘くない部分において好きなこと」だということができるだろう。
それがどういうことなのか、いま具体的には必ずしもはっきりしているわけではないが、これだけは言いたい、これだけは言わなくてはならない、と感じることだということになるだろう。
最近はブログにも、そう感じることをなるべく書こうとは思っているし、どうもそれは『風立ちぬ』を見てからより一層はっきりしてきたような気がする。
まだ方向性は必ずしもはっきりしないが、これからもそういうことを、多くの人に読んでもらえるように、書いていきたいと思う。
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