『風立ちぬ』をめぐって:「薄情もの」と「好きな人にいいところだけ見せたい」
Posted at 13/07/27 PermaLink» Tweet
【『風立ちぬ』をめぐって:「薄情もの」と「好きな人にいいところだけ見せたい」】
アニメージュ 2013年 08月号 [雑誌] | |
徳間書店 |
薄情者、という言葉がある。私もときどき言われることがあるのでなじみのない言葉ではないのだが、薄情ってどういうことかな、と思う。
『風立ちぬ』の映画の中で、薄情もの、というセリフが出て来る。ネタバレになるのでどう言う場面でどういうふうに使われるのかは書かないが、『風立ちぬ』について書かれた評で、この「薄情もの」という言葉を根拠にしてものすごい理屈を展開してたものを読んで、ちょっとびっくりした。
私は基本的に人と付き合っていて、「あの人は薄情だな」という感想を持ったことはない。冗談で言ったことはあるが。結局どう言う人が「薄情だ」と言われるかと言うと、「わが道を行く」タイプの人であり、基本的に人との付き合いをそんなに好まない人が多いだろう。人との付き合いよりも、自分でやってることに熱中している人。そんなイメージがある。
「薄情」というのはもちろん人を非難する言葉で、「情が薄い」と言っているわけだ。じゃあ反対の人を考えてみると「情が厚い」ということになり、何やら暑苦しい感じが漂って来る。
まあその「情の厚さ」を押し売りするタイプの人でなければそんなに暑苦しくもないが、まあ一般にこういうタイプの人の方が好まれることは確かなようだ。
しかしそれってどうなんだろうと思う。
日本人はいつから、べたべたと暑苦しい関係をよしとするようになったのだろうか。妙に好きだの何だのという感情を曝け出し合う関係をよしとするようになったのだろうか。
「君子の交わりは淡きこと水のごとし、小人の交わりは甘きこと醴のごとし」というように、必要以上にべたつくことをよしとしない文化が昔の日本にはあった。『風立ちぬ』はそういう、時代的にも階級的にもそういう文化の背景のもとに描かれている。
どうも、そういうことを考えずに批評する批評が多すぎるなと思う。アニメを舐めてるんじゃないかという気もする。
あともうひとつ。
この映画の中で、「好きな人によくないところを見せたくない」ということばが出て来るが、それについてやはりネットで議論があった。正確には違うんだが、まあネタバレっぽくなるのでちょっと変えている。(いや、ネタばれはさせたつもりはないが、これから先は予断を与える可能性はある。それがイヤな人は読まない方がいいかもしれない。)逆に言えば、「好きな人にはいいところだけ見せていたい」ということだ。
これはまあ、自分の気持ちからいえばわかる。好きな人の前ではつい格好をつけたくなってしまうものだ。しかし、男の側から言えば、格好つけてかっこいいのもいいけれども、かっこつけてなくても、自然体でもにじみ出るようなかっこよさがあるという方がいいわけで、まあだんだんそういうものを目指して行くようになるわけだ。そういうかっこよさなら、死ぬまで維持することは可能なわけだし。
まあ若いころはそうは言っても思ってもみないヘマをよくかましていたので忸怩たる思いがあるわけだが、もちろんそういう点は完全に撲滅することは不可能だ。ただやはり、基本的にいいところを見せたい、よくないところは見せたくない、ということは正直なことだと思う。
何というか、最近ではホンネ文化というか、ぶっちゃけ文化というか、本当はこんなふうにだらしないんだぜ、みたいな感じがある気がする。だからみっともないところ、いやなところを受け入れあってこそ愛、みたいな感じがあって、それはまあそう言えなくもないけど、それはたぶん本当は非常事態であるべきで、非常事態であっても見せない、というのは究極の意志だから、やはりその意志そのものが美しいなと思う。
しかしそういうものを、相手が薄情だから悪いところを見せると幻滅されて嫌われてしまうと分かっているから身を引いた、みたいな解釈をするのは、書いてない行間を読んでる、つまり妄想だろう。
いや、つまりこの映画は、見た側がどう言う妄想をもっているかというのを焙り出すような性質があるのではないかと思った。ツイッターはバカ発見機と言われているが、『風立ちぬ』の批評は妄想発見機だ、と。
それは、その人個人がどう言う妄想をもっているかだけでなく、われわれの時代そのものがどういう共同幻想をもっているかということでもあるのだなと思った。
そして歴史をさかのぼった、今と違う文化を持った時代を忠実に取り上げた作品を鑑賞するということは、今という時代をカッコに入れる、相対化するという意味で、大変意味があることだと思う。
特に宮崎駿のような「国民的作家」がこうした試みをすることで、日本人全体が自分たちを相対化する契機が与えられたのではないかと思う。
まあ日頃そういうことの必要性をいつも感じ、訴えている私としては(もうめんどくさくなり始めていたが)、しめしめと思い悦に入っている次第である。
ネタバレを極力避けるために遠隔操作のマニュピレーターで焼き芋の皮を剥いているようなもどかしさがあるが、ロードショー公開中はこういう感じにした方がいいかな、と今のところは思っている。
カテゴリ
- Bookstore Review (17)
- からだ (237)
- ご報告 (2)
- アニメーション (211)
- アンジェラ・アキ (15)
- アート (431)
- イベント (7)
- コミュニケーション (2)
- テレビ番組など (70)
- ネット、ウェブ (139)
- ファッション (55)
- マンガ (840)
- 創作ノート (669)
- 大人 (53)
- 女性 (23)
- 小説習作 (4)
- 少年 (29)
- 散歩・街歩き (297)
- 文学 (262)
- 映画 (105)
- 時事・国内 (365)
- 時事・海外 (218)
- 歴史諸々 (254)
- 民話・神話・伝説 (31)
- 生け花 (27)
- 男性 (32)
- 私の考えていること (1052)
- 舞台・ステージ (54)
- 詩 (82)
- 読みたい言葉、書きたい言葉 (6)
- 読書ノート (1582)
- 野球 (36)
- 雑記 (2225)
- 音楽 (205)
月別アーカイブ
- 2023年09月 (19)
- 2023年08月 (31)
- 2023年07月 (32)
- 2023年06月 (31)
- 2023年05月 (31)
- 2023年04月 (29)
- 2023年03月 (30)
- 2023年02月 (28)
- 2023年01月 (31)
- 2022年12月 (32)
- 2022年11月 (30)
- 2022年10月 (32)
- 2022年09月 (31)
- 2022年08月 (32)
- 2022年07月 (31)
- 2022年06月 (30)
- 2022年05月 (31)
- 2022年04月 (31)
- 2022年03月 (31)
- 2022年02月 (27)
- 2022年01月 (30)
- 2021年12月 (30)
- 2021年11月 (29)
- 2021年10月 (15)
- 2021年09月 (12)
- 2021年08月 (9)
- 2021年07月 (18)
- 2021年06月 (18)
- 2021年05月 (20)
- 2021年04月 (16)
- 2021年03月 (25)
- 2021年02月 (24)
- 2021年01月 (23)
- 2020年12月 (20)
- 2020年11月 (12)
- 2020年10月 (13)
- 2020年09月 (17)
- 2020年08月 (15)
- 2020年07月 (27)
- 2020年06月 (31)
- 2020年05月 (22)
- 2020年03月 (4)
- 2020年02月 (1)
- 2020年01月 (1)
- 2019年12月 (3)
- 2019年11月 (24)
- 2019年10月 (28)
- 2019年09月 (24)
- 2019年08月 (17)
- 2019年07月 (18)
- 2019年06月 (27)
- 2019年05月 (32)
- 2019年04月 (33)
- 2019年03月 (32)
- 2019年02月 (29)
- 2019年01月 (18)
- 2018年12月 (12)
- 2018年11月 (13)
- 2018年10月 (13)
- 2018年07月 (27)
- 2018年06月 (8)
- 2018年05月 (12)
- 2018年04月 (7)
- 2018年03月 (3)
- 2018年02月 (6)
- 2018年01月 (12)
- 2017年12月 (26)
- 2017年11月 (1)
- 2017年10月 (5)
- 2017年09月 (14)
- 2017年08月 (9)
- 2017年07月 (6)
- 2017年06月 (15)
- 2017年05月 (12)
- 2017年04月 (10)
- 2017年03月 (2)
- 2017年01月 (3)
- 2016年12月 (2)
- 2016年11月 (1)
- 2016年08月 (9)
- 2016年07月 (25)
- 2016年06月 (17)
- 2016年04月 (4)
- 2016年03月 (2)
- 2016年02月 (5)
- 2016年01月 (2)
- 2015年10月 (1)
- 2015年08月 (1)
- 2015年06月 (3)
- 2015年05月 (2)
- 2015年04月 (2)
- 2015年03月 (5)
- 2014年12月 (5)
- 2014年11月 (1)
- 2014年10月 (1)
- 2014年09月 (6)
- 2014年08月 (2)
- 2014年07月 (9)
- 2014年06月 (3)
- 2014年05月 (11)
- 2014年04月 (12)
- 2014年03月 (34)
- 2014年02月 (35)
- 2014年01月 (36)
- 2013年12月 (28)
- 2013年11月 (25)
- 2013年10月 (28)
- 2013年09月 (23)
- 2013年08月 (21)
- 2013年07月 (29)
- 2013年06月 (18)
- 2013年05月 (10)
- 2013年04月 (16)
- 2013年03月 (21)
- 2013年02月 (21)
- 2013年01月 (21)
- 2012年12月 (17)
- 2012年11月 (21)
- 2012年10月 (23)
- 2012年09月 (16)
- 2012年08月 (26)
- 2012年07月 (26)
- 2012年06月 (19)
- 2012年05月 (13)
- 2012年04月 (19)
- 2012年03月 (28)
- 2012年02月 (25)
- 2012年01月 (21)
- 2011年12月 (31)
- 2011年11月 (28)
- 2011年10月 (29)
- 2011年09月 (25)
- 2011年08月 (30)
- 2011年07月 (31)
- 2011年06月 (29)
- 2011年05月 (32)
- 2011年04月 (27)
- 2011年03月 (22)
- 2011年02月 (25)
- 2011年01月 (32)
- 2010年12月 (33)
- 2010年11月 (29)
- 2010年10月 (30)
- 2010年09月 (30)
- 2010年08月 (28)
- 2010年07月 (24)
- 2010年06月 (26)
- 2010年05月 (30)
- 2010年04月 (30)
- 2010年03月 (30)
- 2010年02月 (29)
- 2010年01月 (30)
- 2009年12月 (27)
- 2009年11月 (28)
- 2009年10月 (31)
- 2009年09月 (31)
- 2009年08月 (31)
- 2009年07月 (28)
- 2009年06月 (28)
- 2009年05月 (32)
- 2009年04月 (28)
- 2009年03月 (31)
- 2009年02月 (28)
- 2009年01月 (32)
- 2008年12月 (31)
- 2008年11月 (29)
- 2008年10月 (30)
- 2008年09月 (31)
- 2008年08月 (27)
- 2008年07月 (33)
- 2008年06月 (30)
- 2008年05月 (32)
- 2008年04月 (29)
- 2008年03月 (30)
- 2008年02月 (26)
- 2008年01月 (24)
- 2007年12月 (23)
- 2007年11月 (25)
- 2007年10月 (30)
- 2007年09月 (35)
- 2007年08月 (37)
- 2007年07月 (42)
- 2007年06月 (36)
- 2007年05月 (45)
- 2007年04月 (40)
- 2007年03月 (41)
- 2007年02月 (37)
- 2007年01月 (32)
- 2006年12月 (43)
- 2006年11月 (36)
- 2006年10月 (43)
- 2006年09月 (42)
- 2006年08月 (32)
- 2006年07月 (40)
- 2006年06月 (43)
- 2006年05月 (30)
- 2006年04月 (32)
- 2006年03月 (40)
- 2006年02月 (33)
- 2006年01月 (40)
- 2005年12月 (37)
- 2005年11月 (40)
- 2005年10月 (34)
- 2005年09月 (39)
- 2005年08月 (46)
- 2005年07月 (49)
- 2005年06月 (21)
フィード
Powered by Movable Type
Template by MTテンプレートDB
Supported by Movable Type入門