『進撃の巨人』と食われる若者たち
Posted at 13/05/14 PermaLink» Tweet
【『進撃の巨人』と食われる若者たち】
進撃の巨人(1) (少年マガジンKC) | |
諌山創 | |
講談社 |
『進撃の巨人』がすごく売れているそうだ。もともと連載が始まった年の『このマンガがすごい!』男編で1位を取り、相当売れてはいたのだが、先日からアニメが始まったこともあり、単行本の売れ行きにも再び火がついたようだ。もうすでに講談社のアニメ化作品の売れ行きでは歴代第1位になっているそうで、売り切れ状態になっている書店も多いそうだ。amazonで見てもほとんどの巻が品切れ(増刷中)のようだし、マーケットプレイスでも定価より高い値段がついている。この火のつき方は講談社もテレビ局側も予想していなかっただろう。大阪では毎日放送というメジャーな局だが、東京ではMXというマイナーなチャンネルでこれだけの反響があるのはすごいが、地上波で6局、BSでBS11で放送しているほか、ニコニコ動画で放送しているというのが大きいのだろう。
私は何度もこのブログにも書いているし、何十回となく単行本を読み返し、またアニメも各回何度も視聴しているのだけれども、これだけの容赦ない描写の作品がこれだけの反応を得ているというのは画期的なことだと思う。特に、巨人が人間を食うありさま、かじられて下半身を失ったり右半身を食いちぎられたりした死体の描写、吐き気を催すような巨人の存在の描写や、容赦なく尊厳を奪われて言葉の通じない巨人に命乞いをするシーンなど、これでもかこれでもかと人間という存在がいかに無力でだらしなく、いざとなったら何もできず、そして無抵抗に哀れな姿をさらしていくかということが描かれている。
最初はそういうことが受け入れられず、一度読み終わってあまりに衝撃が大きいためしばらく封印していたものの、読まずにはいられなくて単行本だけでなく別冊マガジンを買い続けることになったのだが、ある時思い直して全巻を何度か丹念に読み通してようやくストーリーの論理的展開が呑み込めて来てからは、毎回期待し毎回期待以上のものが帰ってくるという繰り返しになってきた。絵柄はだんだん変わってきているし、おそらくは作者が描写したいものそのものが変化してきているということもあるのだろうけど、それを乗り越えてこれだけのテンションを維持し続けているというのは本当に凄いと思う。
途中で主人公が巨人になってしまったり、思い入れの持たれていたキャラクターが本当にみっともない死に方をしたり、そのたびに作者のブログのコメント欄に苦情が殺到したり、展開や描写に対する疑問が投稿されたりして、作者もそのたびに反応してコメントをつけたりしながらも、おそらくはぶれずに自分の書こうとしたものを書き続けていて、圧倒的な世界を築き上げて行っている。
アニメもまた、おそらくはアクションシーン優先で連載を切られないように読者の注意をひきつける展開優先で構成されたマンガ版に比べ、おそらくはよりアイデア原形に近い自然な順序で構成されていることもあり、また立体機動や巨人の動きなど、アニメならではの素晴らしい表現もあって、大きな人気を呼んでいるのだろう。私はほぼマンガを読みながら空想していた動きとほとんど同じで全く違和感がないのだが、思った以上に素晴らしいという反応が多いようだ。作者自身が「アニメの方が原作で私の作品の方がコミカライズです」ととぼけたことを言っているけれども、つまりは作者自身がこういうことをやりたかったということが十分にできているという満足を表明しているということだろうと思う。
しかしそれにしてもなぜ、これだけ破天荒な作品がこれだけの成功をおさめたのだろうか。
私は残念ながら見る機会を逸したのだが、作者の諌山創は最近テレビなどでも取り上げられているそうで、その中のインタビューで巨人のイメージは、夜中のネットカフェでバイトしていた時にやってくる話の通じない酔っぱらったおっさんにヒントを得た、というようなことを言っていたのだそうだ。作中で、巨人の目的は捕食にあるのではなく、殺戮にあると思われるという分析が示されているけれども、つまりは今の若者たちが、「食われている」という印象を持っているからなのだと思う。そして何に「食われている」のか、なぜ「食われている」のか、どうすれば「食われ」ずに済むのか、見当もつかない。その圧倒的な違和感が、この作品には余すところなく伝えられている。
政府にしろ、教師にしろ、「大人たち」は「努力」はしている、ということは彼らにもわかっている。しかし、調査兵団の団長が無くなった団員の家族の前で「何の成果もあげられませんでした!」と血の叫びをあげるように、いくら頑張ってもよくなることはない、というあきらめにとらわれ、「人類は巨人には勝てない」という気持ちの退嬰の中に安住し、少しでも自分だけでも安全なところに避難したい、という気持ちにとらわれている。
その中で主人公エレンは、子ども時代にミカサを襲った大人の強盗二人を殺害し、その場面で「この世は残酷なんだ」ということを理解したミカサがエレンを殺そうとするもう一人の強盗の心臓を一突きにして殺す、という衝撃の展開の中で、両親を殺され一人ぼっちになってしまったミカサにエレンが巻いていやったマフラーが、それ以降ミカサの生きる根拠になる。「この世は残酷だ。そして美しい。」ミカサはエレンといるためだけに生きることになる。その愛と、エレンの突進していくたましいの強さ、「戦わなければ、勝てない」という二つのテーマが、このあまりにも残酷なストーリーのを背景にして交響し、人間という存在が浮き彫りにされていくところがこの作品の魅力なのだと思う。
この世で生きていくためには、一切の甘さは許されない。仲間を信じたくても、仲間を信じようとしたためにその仲間が全滅する、という展開が何度も出てくるし、一番信頼していた仲間が敵だったという衝撃の展開が現在進行中になっているし、知力を尽くして謎を解明してもそれに輪をかけた新しい謎が発生し、知りたがりの権化のようなキャラクターが思わず震え、「怖いなあ…」とつぶやく。しかし信頼できる大人たちの助力を受け、仲間たちは主人公を救出に行く、というところまで本誌の連載は来ているのだが、今後も目は離せない。
以上のようにストーリー的にもすごいのだが、描写的にも本当にオリジナリティあふれる作品で、いわゆるアニメ絵的な要素は全くなく、むしろ中世のヨーロッパ絵画のような一見グロテスクな違和感のある描写の巨人たち、うまいのか下手なのかもよくわからないがオリジナリティあふれる絵柄で逆にこの作品にしかない魅力が発揮されている。年の存在のあり方や城壁の描写などは中世ドイツの城壁都市のようだし、主人公たちの名前などにはドイツ的な要素が強い。死体の描写なども、半分かじられているとか下半身がないとかむしろそういう無機的な、機械的な描写が多く、日本の地獄絵図や戦乱絵図のように腐乱して蛆がわいている肉だとか目の玉が飛び出しているとかいった描写はなくて、むしろ抽象性が高く、そしてそういう意味でのリアリティが凄い。つまり、描かれているのは「死」あるいは「死人」の恐怖、穢れ、無常、と言ったものに対するいわば宗教的な恐怖ではなくて、今まで生きていた人間がかじられて殺されるというより物理的・直接的で差し迫った恐怖なのだ。しゃれこうべになっているとか、蛆がわいているとか言うのがむしろ牧歌的で余情のある描写に見えてくるところが怖いところだ。
そして巨人というものが人間の形を取りながら徹底的に理解不能な存在として描かれていること、なまじ人間の形をとっているからより恐ろしいということもある。そして立体機動という人間の能力を極限にまで引き出した形、主人公の闘志、ミカサのエレンに対する愛というよりは強烈な執着、鮮やかというよりは鈍く光るそれらの道具立ての中で、鈍さの向こうに強烈な原色が、人間というものはいかなるものかという容赦のない問いがその先にあるのを感じられる。ストーリーだけでなく描写によってもそういうメッセージを伝えることができている、そういう意味でもこの作品は他の追随を許さないところがある。
まだ完結した作品ではない以上、これ以上の評価を下すのは難しいし、またこのようなことを書くのも手慰み以上のものではなく、また同じようにこの作品の魅力を感じている人たちと少しでも思いを共有したいという以上のものではない。今後の展開にますます期待したい。
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