池上彰『聞かないマスコミ 答えない政治家』読了/安田登『異界を旅する能』読書中
Posted at 13/05/07 PermaLink» Tweet
【池上彰『聞かないマスコミ 答えない政治家』読了】
聞かないマスコミ 答えない政治家 | |
池上彰 | |
ホーム社 |
思うところがあり、ブログの更新をあまりしていないのだが、読んでいる本の記録だけでもしておこう。
昨日丸の内の丸善で買った池上彰『聞かないマスコミ 答えない政治家』(集英社、2013)を一気に読了。大変面白かった。池上彰はニュースを解説する名人、みたいな扱いで啓蒙的な仕事が多い人だという印象が一般だったが、昨年の総選挙の際の開票速報番組で、テレビ東京が断トツで話題を集めたのは彼の鋭い突っ込みのある質問に政治家がたじたじになったり、あるいは政治家の本質が現れるような場面が多々あったからだ。私はこの一件で池上彰という人は面白いと思ったのだが、彼のその面を特に取り上げて一冊の本にしたのがこの本で、前半は子の開票速報番組でのエピソードを中心に描かれている。石原慎太郎を暴走老人と呼んで逆切れされ、あとでその質問者が池上だとわかった石原が急に態度を変えたのに対し、「石原さんは、相手によって態度を変えるようですね」とダメを押したのがネットで大受けだった、あのエピソードをまず最初に取り上げている。
どのような質問をすれば政治家の本音を引き出せるのかについて実例を上げて述べるとともに、今の政治報道の問題点、特に民放キー局の政治記者が地方で場数を踏まずにいきなり中央で政治記者になることの弊害などについてもさらっと、ないしはしれっとポイントをついて書いていて面白い。この人のよさは、さらっとしれっと本質に迫る質問をすることで相手に対応の隙を与えないところなんだなと思った。こうした丁々発止の番組作りをこれからも工夫して行ってほしいと思う。
ひとつ日本のマスコミの体質の問題だと思ったことの一つが、政府側の発表などはアメリカでは通信社が伝えて、一般紙はその配信を受けて記事にする程度なのに、日本の場合は共同通信に打撃を与えるために全国紙の朝日・毎日・読売が配信から脱退して自社で発表の記事を作るようになり、記者がただ発表を垂れ流すだけの仕事に満足してしまう傾向が出てしまったというところにそれはまずいのではないかと思った。共同通信に打撃を与えるというのは、それによってその配信を受けている地方紙に打撃を与えて、全国紙が全国展開する足掛かりをつかもうとしたのだと書いていて、そういう商売上のあざといことをするのだという事実を明らかにしている。
また新聞のことだけでなく、政治家を「うちのオヤジ」と呼ぶ政治記者の問題点に触れる中で、読売の渡辺恒雄だけでなく、古巣のNHKの島桂次も俎上に乗せていて、書くべきことは書くという姿勢を堅持、というかしれっと書いているところがこの人は実は只者ではない、という印象をより強くした。
政治家を育てるためには政治ジャーナリズムの側が「いい質問」をして政治家が勉強せざるを得なくなるようにして行くことが大切だという著者の主張が大変納得できる一冊だった。
【安田登『異界を旅する能』読書中】
異界を旅する能 ワキという存在 (ちくま文庫) | |
安田登 | |
筑摩書房 |
安田登『異界を旅する能』(ちくま文庫、2011)を読んでいる。この本はずいぶん昔に読み始めたのだが、しばらく中断していた。50ページほど読んだところで止まっていたのだが、現在142/269ページまで読んでいる。
能というものはシテの立場から書かれることが多いのだけど、この著者はワキ方の能楽師でもあり、ワキの立場から見た能の世界というものを書いているのが大変興味深いし、ワキの側から見ると能という芸能がどのような構造になっているのかということもより一層よくわかるという面があるのだなと思った。
複式夢幻能においてシテは基本的にこの世のものではないわけだが、ワキはこの世の人ではあるのだが、普通の人ではない。旅の僧、乞食の旅をする自身を無用のものと為した存在の前にこそ、この世のものではない存在が現れるのだという指摘はなるほどと思った。このあたりは村上春樹や河合隼雄のいうことと似ている面があり、みずからをこの世の普通の秩序の中に置いていては見えないものが見えて来るという構造がなるほどと思った。
シテは何かの欠落に思いを残してこの世を去った者で、それが「恋」=「乞い」だという指摘はまだよく飲み込めないものがあるが、近代的ではないけれども自我のもたらした現象であることは同じで、時を支配し昼を夜にすることができる異界のものが、この世における存在がぎりぎりまで薄くなったワキのもとに現れ、思いを語るという演劇であるわけで、シテは異界のものとはいえ基本的にはもとはこの世のものであり、この世に残されたあらぶる思いを鎮めるためのものとして能はあるのだなと思った。ある意味、私の書こうとしているものがそういうものに近いものであるということから、この本は実は自分にとっては役に立つのではないかと思うところがある。そしておそらく、リーダブルではありすぎるけれども、村上春樹の小説も根本にあるものはそういうものなのではないかと思うところもあった。あるいは翻訳の、『ギャツビー』や『ティファニー』もそういうところがある気がした。
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