本当に読みたい本をもっと読んだ方がいいかもしれない:栗山英樹『覚悟』
Posted at 13/01/12 PermaLink» Tweet
【本当に読みたい本をもっと読んだ方がいいかもしれない:栗山英樹『覚悟』】
いろいろと予期しないことが予期しないときに起こるのだが、まあ生きているということは本来そういうことなのだろう。まあ色々あったのだけど、ここに書けることはそんなにないのでまあ色々なことがあったということだけ書いておこうと思う。
覚悟 理論派新人監督は、なぜ理論を捨てたのか | |
栗山英樹 | |
ベストセラーズ |
昨日の昼前に車で出かけて、平安堂で本を物色し、栗山英樹『覚悟』(KKベストセラーズ、2012)を買った。栗山さんはもちろんプロ野球北海道日本ハムファイターズの監督だ。ファイターズは何かと話題の多い球団だが、栗山さん自身が現役引退後マスコミの仕事をずっとして来ていて引退後20年にしてはじめてユニフォームを着て監督を引き受けるということ自体がおととしのストーブリーグでは話題の一つだった。どこのチャンネルを回してもその人事には否定的だったが、彼は一昨年までの絶対的エース・ダルビッシュの大リーグ移籍などのマイナス要因を乗り越えて、監督就任1年目にしてリーグ優勝をなしとげた。その間には任期はあるが実力は足りないとみなされていた斎藤祐樹を開幕投手に指名して見事スタートダッシュに成功し、大器と騒がれながらももう一つ実績の上がっていなかった中田翔を全試合4番に据え、開幕24打席ノーヒットという大不振にもずっと4番を打たせ続けて、最終的にはパリーグ2位の本塁打を打たせて不動の四番という実績を作らせた。昨年0勝の吉川光夫を14勝させて最優秀防御率とパリーグ最優秀選手のタイトルを取らせるなど、そのほかにも驚異的な実績を上げて認識を改めさせたことも記憶に新しい。惜しくも日本シリーズでは巨人に敗れたが、球団の方針も大きいが大リーグ志望の高校生大谷翔平を強行指名して説得し、ついに入団にこぎつけたのも栗山監督の力が大きかった。またヘッドコーチに昨年まで高校野球の指導者であった阿井英二郎を招聘するなど、いま日本の野球界で最も注目すべき指導者であることは間違いない。
私はもともとファイターズファンだからということもあるが、おととしに名前があがって以来、栗山氏にはずっと注目していた。そしてその時々に彼のやる斬新な采配やケアに感銘を受けていたのだが、その昨シーズンの戦いぶりがまとめられたのがこの一冊だと言っていいだろう。ここまで明かしていいものかと思ったりもするが、そういうことも含めてオープンにするのがある意味今のファイターズの戦略の一つではないかと思う。私も気がついたらファイターズ本を何冊も(それもグラフ紙とかではなくハードカバーや新書など)持っていることになっていて、ただファンだから買うというのとはまた違う関心を持っているのだなと自分ながら思う。
荒天の武学 (集英社新書) | |
内田樹・光岡英稔 | |
集英社 |
まあ『荒天の武学』で一度ある一点に対する視点がひらけた、というよりももともとないことはないけれどもそんなにはっきりはしていなかった視点がはっきりした、ということがあって、一度それに気づいてみるとすべてのことがそこにつながり、還元し、還流し、また流れ始めるような、そんな気づきがあったのだと思う。この本は、というよりも光岡英稔という人との出会いというかそういうものが、自分にとって大きなエポックになっているのだなというところが強く自覚されるようになってきている。『ずっとやりたかったことを、やりなさい』に出会って以来のたましいレベルでの出会いなのではないかと思う。
ずっとやりたかったことを、やりなさい。 | |
ジュリア・キャメロン | |
サンマーク出版 |
話を『覚悟』に戻す。この本を読んで一番思ったことは、この人は何と言うか「引き寄せる力」みたいなものを持っているというか、向こうの世界にアクセスして何かを持って来る力のある人なんじゃないかということを感じた、ということだった。高校が創価高校だということもあり、何かそういう宗教的な背景もあるのかもしれないが、そういう「ものの感じ方」みたいなものを持っている。野球など勝負事に従事する人たちにはそういう要素を持っている場合があるけれども、だからと言ってみんな持っているわけではない。力はすごいはずなのにどうも天運に見放されるタイプもいれば、この人がそんなに出来るなんて、と思うようなタイプもある。この人はまあ後者になるわけだけど、中田翔のような前者と思われるタイプ(そのほかでいえば典型的なのは清原だが)も彼の采配で開花した感があるし、「うまくいく流れ」みたいなものをつくりだしている感じがある。それは北海道にフランチャイズを移して以来の日本ハムファイターズ自体の作る流れでもあって、毎年のように主力選手が移籍して出て行くのにチーム自体はほぼ毎年Aクラスで優勝争いをしているということになっている。
「今年初めて監督を経験して、何が一番の衝撃だったかと言えば、プロ野球という存在そのものが衝撃だった。毎日が苦しい。一日中苦しい。長年、それを伝える立場にあったはずなのに、本当の現場の苦しさを、ぼくはまるでわかっていなかった。今になってプロ野球という戦いの厳しさに衝撃を受けている。」
まず、こういう「正直な告白」の部分が面白い。私が最初にこういう「監督本」を読んだのは、小学生か中学生のころ、当時巨人の川上哲治監督が書いた本だった。その本が何だったかよくわからないが、とにかく試合の前夜にこちらのピッチャーが誰誰で向こうのピッチャーが誰誰、一番柴田がこうやると二番高田が…みたいな感じで頭の中で9回までシミュレーションしているといつの間にか朝になってる、みたいなことが書いてあって、こういうふうに現場の監督は考えるんだなあと思い、それから野球を見るのが楽しみになった、というきっかけになった本だった気がする。いやもう記憶がそう定かなわけではないのだけど。栗山監督の本にも同じようなことがあって、三連戦の初戦を取ることの重要性と三連敗は絶対避けることの重要性などは、川上監督も書いていたなあと思った。
監督になってから運やツキについて凄く考えている、というのがすごくよくわかる気がした。西鉄の三原監督がそういう運やツキについての研究を進めているという話が出て来るが、それをオリックスの監督だった仰木さんが受け継いで、ときどき不思議な采配をしたのを私も覚えている。9回2死でファーストを交代させたりするのだ。そうすると不思議にファーストに打球が飛び、ファーストゴロでゲームセットになったりする。これはよく言う、「交代したところに打球が飛ぶ」というジンクスを利用してそこに打球を呼び込もうということなのだと思うが、そんな根拠でちゃんと当たるのは誰でもできるということではないと思った。
また、現場に立って分かったこととして、戦いの最前線でやるかやられるかの戦いをしているときにセオリーに立ち戻るかと言えば答えはノーで、そういう局面で結局頼るのは自分のカンだ、という話も面白かった。けっきょくこれもまた『荒天の武学』の話と同じになる。だから試合中メモは取らない、というのはそれまでの解説者生活とくらべての大きな違いとして彼自身に意識されていることなのだと思うけど、確かにそうなんだよなあと思う。記録のためには、後々に生かすためには記録をちゃんとした方がいいとは思うけど、今ここが勝負、なんていうときには敢えて、という場合を除けば記録なんてそっちのけだ。そんなことをしていたらカンが鈍る。
そしてそういうことを実践するための心のあり方として、ただの修羅場に身を晒すだけの殺伐とした精神性だけではないということを感じさせる話もあった。それは大好きなエピソードとして挙げているこういう話だ。ニューヨークにはメジャーの球団が二つあり、ヤンキースが常勝軍団であるのは有名だが、もう一つのメッツは弱小球団として知られていた。そのメッツが1969年突如勝ちだし、ワールドシリーズを制覇してミラクルメッツと言われたのだ。その優勝パレードが行われた日、地元の天気予報には「晴れ、ところにより紙吹雪」と書かれていたのだという。私は芝居をしていたせいもあるが、紙吹雪というものには身体的な思い出というか感覚があって、そういう身体に花が咲いたような感覚を、この人も持っているのだなと思って凄く共感する部分があった。
この本は昨日の昼ごろ買って夜までに一気に読んでしまって、そんなことはすごく久しぶりだったので、何かすごく爽快感があった。最近ちょっと勉強になるような自分にとって少し難しい本ばかり読んでいるけど、もっと「本当に好きな本」を読んでもいいんじゃないかと思った。そういう本当に好きな本に当たったときに、触発される部分をもっと大事にした方がいいかもしれないと読み終えて思ったのだった。
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