『ローカリゼーションの胎動と私たちの実践』を読んだ
Posted at 12/10/13 PermaLink» Tweet
10日水曜日に私の諏訪の実家の方を訪問してくれた鎌田陽司君から頂いたいくつかの資料のうち、『ローカリゼーションの胎動と私たちの実践』というパンフレットのいくつかの報告を読ませていただいた。
鎌田君は現在「NPO法人懐かしい未来」の代表理事などをされているのだが、学生時代に私の父堀田俊夫が学生たちとやっていたサークルにいて、その後KJ法の川喜田二郎氏のもとでネパールなどにおける国際協力やKJ法の実践に長く関わってきた人だ。会うのは20年振り以上だったが、大変話が弾んだ。
彼の現在やっている活動の具体的な内容を理解するのはかなり大変だったのだが、地に足がついた(経済的な意味で)活動の部分の話を聞いてだいぶ分かって来た。大人というのはどうにもこうにも、経済的な基盤の話が納得できないとそれ以上の話が耳に入って来ないところがあって、そういう意味では私も大人になったものだと思う。いいか悪いかは別にして。
「懐かしい未来」とはancient futures古代的な未来という言葉の意訳だが、今当然のように語られている科学技術や資本主義経済の進歩の先にある未来とはまた違った、オルタナティブな未来が存在しうるし、そのことを「懐かしい未来」と表現しているのだそうだ。私が理解したところでは、グローバリゼーションに対してローカリゼーションを唱え、経済的にも教育や医療の面でも地元の伝統的なやり方を復興し再組織することによって西欧化という言葉と同義ではない進歩を実現しようという考え方のようだ。
鎌田君の報告テーマは「ローカリゼーションと伝統医療の復興」というテーマで、特に医療という側面からその可能性を探っていて、彼が関わって来たチベット仏教地域における「チベット伝統医療」の復興支援活動についての方向で、大変興味深かった。
日本における西欧近代医療の猖獗と伝統医療・民間医療の強い否定圧力を見ていると意外なのだが、現在では国際協力、つまり途上国援助の場面でも、伝統医療や民間医療を多少なりとも取り込もうという動きはあるのだという。日本でも漢方や鍼灸などある程度市民権を得ている(場合によっては保険がきく)伝統医療も一部にはあるが到底全体的に十全な活動が行われているわけではないから、この指摘自体かなり意外だったが、鎌田君は西洋医学の補完としてというよりは伝統医療のシステムをもっと全体として復興して行くことの必要性を主張していて、これはすごく独自の視点で面白いと思った。
「医療は、ひとりひとりの人間が生まれて生きて、病気になって、老いて死んでいく、そのすべての過程に深く関係し、向き合い続けます。それは生まれることの意味、生きることの意味、病むことの意味、死ぬことの意味という人間の根本にかかわるということを意味しています。ですから、医療というのは実は、社会における文化や価値観の中核をなしているものだとわたしは思います。」
という彼の主張は、大変深く納得させられるものがあった。私も自分の体調の不調をきっかけに野口整体の本を読んだり操法を受けたり活元運動や愉気の実習や実践を行ったりしているけれども、深く理解すればするほど、これは生き方の問題、生きることや死ぬこと、病むことや老いることの意味についてどう考えるかという問題になって来ると感じていたし、私が野口整体の方法に身体が適うということと考え方に納得がいくということには深い関係があると感じていたから、医療こそが社会における文化や価値観の中核をなすという主張は納得のいくものがあった。
そう考えてみると、医療崩壊というのはすなわち社会における精神性の崩壊であり、特に産科医療や小児科医療が危険状態にあるというのはいのちの循環において根本的に危険な状態にあることがよくわかる。診療を受けても患者の身体に触らずモニターのみをのぞいてモニターに話しかけているような医者の存在は、彼だけの問題ではなく社会全体のうつし絵であり、また自分たち自身の抱えている危機の現実化した状態であるというべきなのだと思う。
また、こころ迷うことがあって宗教の本を手にしたり般若心経の写経をしてこころを落ちつけたりしてみても、結局医療の場面になると西洋近代医学に身を委ねることになってしまうなら、私たちは結局は生の全体性をもともとは異文化である西欧近代思想に丸投げしていることになるし、それは自覚しておいてもいいことなのだと思う。
西洋医学が現地で普及し病気が治ることはいいことではあるけれども、一方で現地の人々の価値観や世界観、知識体系といったものを根こそぎに崩してしまうというネガティブなインパクトを与えている可能性についてもっと考えなければならないという主張は全くその通りだと思った。
読んで思ったのは、渡辺京二『逝きし世の面影』に現れるような満ち足りた幕末の日本社会がぎすぎすした西欧に対する劣等感に支配された近代日本になってしまったことの裏側には、伝統医療の完全否定があったということであり、インドや韓国や中国は逆にいえばその轍を踏まずに伝統医療を西洋医学と同等の価値のものとして残していることと対比される面がある。しかし完全に西洋医学に没頭したからこそノーベル賞の科学部門の受賞者を非西欧国家としてはとびぬけた数を出しているというのもまた半面の事実だろう。逆にいえばそれは日本という国が科学の、特に基礎研究の面においていかにグローバル化しているかというあかしでもあるわけだ。
チベット伝統医療の担い手はチベット語・モンゴル語でアムチと言われるそうだが、彼らが地域的に孤立した存在であったのを、鎌田君はアムチ達によるネットワークづくりをサポートし、アムチ自身による伝統医療の国際会議をカトマンズで開いたりしてきたのだという。そのスケールの大きさに目のくらむ思いがした。
アムチは伝統医療の担い手であるだけでなく、チベット仏教の修行僧でもあり、僧侶として地域の精神的支柱になっていることが多く、無理をしないスローな進歩を進める上での地域のリーダーになる可能性もあるのだそうだ。そして彼らは営利を目的としているのではなく、宗教的な菩薩行として村人に尽くすことで自分の徳を高めて行くために治療をしているのだそうで、まさに生きることの意味と生きるための方法を兼ね備えた存在なのだと思った。
ひところ話題になったブータンのGNH(国民総幸福=GDPではなく)の概念は、ネパールにおける開発の失敗を反面教師として作られた概念なのだそうだが、鎌田君は伝統医支援の一方でネパールに置ける若者たちの支援を援助し、伝統的なものでよいものは生かし、西洋のものもすべてを盲信することをやめるといった意識の持ち方を育むワークショップを行ったりしたそうだ。
先日お会いしたときは時間も限られていてそうした経験について十分うかがえなかったのは残念だったが、大変素晴らしい意義深い活動をされているんだなと認識を新たにした。
人々の意識を変えるというのはそう簡単なことではないし、若者がやるとつい無理をしてスターリニズム的になったりするわけだけど、彼の経験の中で身につけて来たさまざまなものによって、少しずつでも共感者が増えて行くのではないかと思った。
このパンフレットに書かれていることすべてに共感するわけでもないしちょっと首をひねるようなところもないわけではないのだけど、鎌田君の活動自体については大変感銘を受けたのだった。
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