放心状態/ロンドンオリンピック/本郷和人『天皇はなぜ生き残ったか』と新しい歴史観への期待
Posted at 12/08/12 PermaLink» Tweet
【放心状態】
夜になってようやく、ものを書こうという気が起きてきた。昨日まで本当に忙しかったので、ブログを書く精神的余裕がなくて、今日も昼過ぎまで放心状態だったなと思う。午後、たまたまつけてた教育で将棋のNHK杯を見ていたが、藤井九段に新鋭の阿部五段が挑んだ一局はとても面白く、未来を感じさせた。羽生の将棋は本当に天性の棋力のようなものを感じるのだが、藤井も阿部も理論派という感じで、最後は格の違いを見せつけた感があったが、こういう将棋もあるんだなあと結構面白かった。このあたりから少し正気を取り戻し、夕方日本橋に出かけてノートは買ったのだけど、新しい本は何も買わなかった。
【ロンドンオリンピック】
夜はオリンピックを少し見た。マラソンと、レスリングと、新体操。マラソンは後ろの方から追い上げて6位に入った中本選手。よく頑張ったとは思うが、『平清盛』を休みにするほどのコンテンツだったとも思えない。レスリングはよかった。米満選手の大技も見られたし、敗者復活戦や三位決定戦でのほかの国の選手たちの戦いもハードで面白かった。新体操は面白いんだけど何か足りない感じはした。
しかし今大会、金は格闘技を中心に7個しか取れなかったがトータルで38と過去最高、こちらの資料によれば7個というのも前回北京よりは少ないがソウル~シドニーは3~5個しか取れなかったのだからそう悪くない。ソウルの時はトータルで14個なのだから、3倍弱も取ってる。それに今回は銀の獲得数が過去最高。今まではメルボルン(1956年)の10個が最高だったのが今回は14個も取っている。あと一息で金、という種目もずいぶん増えた。ナショナルトレーニングセンターが出来たとか、いろいろ要因はあるのだろうけど楽しみが持てる。柔道も、今の運営方法にうまく順応して行けるようになったらまた復活は可能だろう。リオ五輪はまた期待が持てるかもしれない。
今回はイギリスという国の気質みたいなものがいろいろな意味でよく見えたような気がする。一言で言えば、イギリスに対して過剰な幻想を抱いてたんだなという感想を持った。日本もそういうところがないとは言えないが、過去の超大国の栄光の中で実際にはいやに小粒なイギリス人たちの実像が見えた感じがする。そのことはイギリスだけでなく、ヨーロッパ全体がそうだったのではないか。開会式で日本選手団が締め出されたり、中国の女子選手にいわれなきドーピング疑惑がかけられたり、フェンシングで韓国の女子選手が明らかに不当なタイムのはかり方でメダルを逃したり。室伏選手のIOC選手委員の失格問題も同じ流れがある気がする。イギリス連邦びいき、逆に言えば東アジア狙い撃ちのようなところがなんとなく漂っているのが感じられてしまうのだが、日中韓はいがみ合ってばかりでどうもばかばかしい。竹島問題にしても、本当にほくそえんでるのはどこの国なんだろうという気がする。
【本郷和人『天皇はなぜ生き残ったか』と新しい歴史観への期待】
天皇はなぜ生き残ったか (新潮新書) | |
本郷和人 | |
新潮社 |
今週は『平清盛』がお休みだが、昨日の上京の特急の中で時代考証を担当している東大史料編纂所の本郷和人氏の『天皇はなぜ生き残ったか』(新潮新書、2009)を読んだ。これはずいぶん前に買ったのだが、ずっと読んでなかったのだけど、本郷氏が平清盛の監修者でツイッターでも発言しておられるのを読んで、これは面白いに違いないと思い、時間が取れた昨日一気に読んだのだった。なんというか、今まで中世史革命みたいなものを推進してきた権門体制論から網野善彦・今谷明・小松和彦といった人々の所説を撫で斬りにしていて、なんというか面白いし納得は行くんだけどそういう人たちの奇想天外な発想が歴史学を変えて行きそうな期待感があっただけにちょっと残念、みたいな感じがあった。でも言ってることは至極全うだと思うし、網野的な中世パラダイス論や今谷的な天皇=高次の調停者としての権威者論、後醍醐=異形の王権論といった「鬼面人を驚かす」的な議論を史料の幅広い渉猟に基づいて常識的に批判していく穏やかな切れ味はまあこの辺が中世の評価としては妥当なんだろうなあと思わせるものがあった。50歳前後の、われわれの世代の成熟した史観の担い手なんだなと思う。
キーワードというべきものは当為(あるべき姿=理想=建前)と実情(あるがままの姿=現実=本音)の対比ということになろう。律令国家そのものが実情では成り立っていないのに当為に寄って立ってしまって過大評価されてきているとか、後醍醐は有能な実働部隊を持たず、また武士たちの実情に合わせた不可能であったためになすすべなく失敗したとか、この辺の問題の仕分けの仕方はどれもそりゃそうだよな、という感じなのだ。
日本において日本史の把握の仕方は、江戸時代の水戸史観に始まり皇国史観やコミンテルン史観、GHQ史観から戦後史観、網野史観に至るまで、日本の歴史はこうあってほしいという強く主観性の強いものだったと思う。私は日本史は好きだったが、世界史に比べるとあまりに強いこの主観性がどうもいやで、結局西洋史を専攻したのだけど、本郷氏の所説は日本史もだいぶ客観的に見られる時代になってきたのだなという感慨を覚えるところがある。しかし逆に言えば素人がああこう口をはさめる領域はだいぶ少なくなり、専門史家の論争が一般市民を置き去りにしたところで進められてしまうという閉鎖性もないことはない感じになってきた。その中で本郷氏は日本史の全体像をとらえるフレームワークとして当為と実情というフレームワークを提出して一般の人々にも歴史の見方を判断できる基準を与えているところがいいなあと思う。
より冷静に、客観的に日本史を見ることで、われわれが歴史から何をくみ取れるかという教訓の幅も広がり得るかもしれないと思うし、勧善懲悪の昔ながらの歴史観、それは皇国史観も裏返しのコミンテルン史観もGHQ史観もそうなのだけど、から卒業して、軍事や文化や制度や経済のそれぞれの側面から日本という国の成り立ちを考えて行ける大きな土台をつくり得るのではないかと思う。平清盛や源頼朝の再評価などは、たぶんそのためには重要な一歩なのだろうと思う。本郷氏の今後の論考に期待したい。
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