詩一篇:八月/帰郷/バルガス=リョサ『若い小説家に宛てた手紙』第一の手紙
Posted at 12/08/01 PermaLink» Tweet
【詩一篇:八月】
八月
強い風が吹いて扉が開いた。
風は去って行く
夏服の女たちのもとへ――
女たちは化粧道具をしまいこみ
素顔を太陽に曝す
そして大股に炎の道を歩く
誰もが振り返る 女たちの美しさに
それは強い風がくれたもの
女たちは踊る 今日も
死者と生者、修羅とあやかしの踊りを
そう、今日は八月
すべてが蘇り、すべてが還ってくる日
果てしない乾いたアスファルトに
女たちの笑いが落ちていく。
2012.8.1.
【帰郷】
昨日帰郷。夢かうつつかの心地で特急に乗る。冷房がききすぎているせいだろう。指定の席へ行くとすでに親子連れが座っていた。席を問うと、通路の向かい側で、幼い二人の兄弟と母親とその義母が席を移って行く。私が席に着き荷物を下ろすと、子どもたちはさっそくいさかいをはじめた。響き渡る子どもの声。二人の大人は、それをとがめるでもなく談笑している。
私はiPhoneにear phoneを差してFlippers Guitarを聞き始めた。そのままうとうとして目を覚ますと、列車はすでに山間部に入っている。ear phoneを外すと、子どもたちの声が飛び込んでくる。そして大人たちの会話も、無暗に声を張らせている。この人たちは、教師だ。会話の内容からそれを読みとると、注意をしない理由も分かった。私は弁当を食べ始めた。子どもたちの声が耳に痛い。私は弟の方を向き、指を口にあててしいっと言う。弟は戸惑ったような表情で固まる。それを見た母親がこちらを振り向き、少し慌てる。静かにしなさい。1時間たってはじめてその言葉が出た。私は安心して弁当を食べる。子どもたちの声は相変わらずなのだが、私はすでに気にならなくなっていた。列車が小渕沢に滑り込み騒々しさが客室を出ていくと、しんとした空間に夏の日差しが差し込むいつもの午後の下り特急があって、物音一つしない車内に半透明の女の子の幻のヴァイオリンがゆるやかに物悲しく聴こえていた。
【バルガス=リョサ『若い小説家に宛てた手紙』第一の手紙】
若い小説家に宛てた手紙 | |
バルガス=リョサ | |
新潮社 |
バルガス=リョサのこの本を手に取ったのは表題が気になったからだったが、読み始めてみると期待にたがわず面白い。小説を書くと言うこと、作家になるということがどういうことなのか、ということについてのあるありふれた言説なのだが、その言説をどこまで深く表現できるかでその作家の深さがわかる、と言うようなところがあると思う。作家は生きるために書くのでなく、書くために生きるのだ、とバルガス=リョサはいう。
「(作家を天職と感じている人たちは)たとえば物語を書くことで天職である仕事をする、そうすることによって自らを顧みて恥ずかしくない形で自己実現をすることができるはずだと直感的に感じ取っている」「さもないと、自分は意味もなくただ生きているだけだという惨めな思いに駆られるのです。」
小説に限らず、アートというものを志した人は皆、同じことを感じているだろう。わけもなく苛々するとき、理由が分からず落ち込むとき、自分自身を振り返ってみると、それをしていなかった、ということはよくあることだ。バルガス=リョサという地球の反対側のスペイン語作家がそういうのだから、アートに取り組む人の心中はきっとみな世界共通なのだろう。
「(作家になろうとする人は)さまざまな人物や状況、エピソード、自分が生きているのとは違う世界を空想する性癖を持つようになり、この性癖がやがて文学的天職と呼ばれるものの出発点になります。」「すなわち作家というのは上に述べたような性癖、もしくは傾向に加えて、サルトルが<選択>と呼んだ意志の運動を付け加えることができた少数者のことなのです。彼らは人生のある瞬間に作家になろうと決意した、つまりそうなることを選びとったのです。それまでは頭の中の触知できないひめやかな領域で別の人生や世界を想像し、そのことを人に話すだけで満足していたのが、書き言葉に移し替えることに転職を見出し、自分の人生をそれに捧げるようになったのです。…作家になるべくつとめ、その計画に向けて自分の人生を方向付けて行かれる決心をするということは、作家になるための一つの、そして唯一可能な方法です。」
アートが天職だという人の、そのスタートはある種の性癖である、という洞察は素晴らしいと思う。子どものころ、この子は変わった子だった、こういうことばかりしていた、という「こういうこと」がある人間は、まずは第一関門を通り抜けている。第二関門はその性癖を仕事にすると決めること。そこに<選択>があり、そこが本当の意味でのスタートラインなのだと思う。
「人生の早い時期にさまざまな人物やストーリーを創造するというのは、作家になるための最初の出発点になるものですが、こうした資質はおそらく反抗心から生まれてくるものだと思われます。自分が生きているのとは違った人生を夢中になって空想する人がいますが、このような人はあるがままの人生と現実の世界とを間接的に批判・拒絶していて、出来れば自分の想像力と願望が生み出した世界をそれらと取り換えたいと願っているのでしょう。」「物語を書くのが天職であると考えている人の心の中には、真の現実に対する疑念があるはずなのですが、その疑問がどのようなものなのかは問題ではありません。真の現実を根底から拒絶するのは、書くという行為を通して自分の生きている具体的で客観的な世界を取り除いて、代わりにフィクションの脆くてはかない世界を作り上げたいという熱情――これはまさに槍を構えて風車に立ち向かっていくドンキホーテ的なものですが――があるからで、それが何よりも大切なことなのです。」「物語作家の多くは自分が反抗心を抱いているとは思っていませんし、夢想に耽ってしている仕事が本質的に物騒なものだと知ったら驚き慌てることでしょう。というのも自分がひそかにこの世界を破壊しようと考えている人間だとは夢にも思っていないからです。」
文学の秘められた本質は現実に対する反抗心である、という指摘は自分の中にある何かを言いあてられた感じがした。である以上文学という仕事は本質的に物騒なものなのだと。このあたりは私に何か深い示唆を与えてくれる感じがする。そのもやもやとか怒りの中から、新しい作品は生まれて来る。最近私が考えていたことが裏付けられた感じがした。
そのほか興味深いことは多いのだが、また読みながら書いて行きたい。
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