再び『進撃の巨人』について
Posted at 12/04/14 PermaLink» Tweet
【再び『進撃の巨人』について】
進撃の巨人(7)限定版 (プレミアムKC) | |
諌山創 | |
講談社 |
今週はいろいろ忙しかったし心境の変化もいろいろとあったのだけど、その中でなぜかずっと読んでいたのが『進撃の巨人』だった。7巻までのコミックスは最初に知ってから3巻まで一気読みして、そのあとは出るたびに買っていたのだけど、読み返すのは気持ち悪くてずっと読めないでいた。ストーリーが現在進行形の部分と回想部分が繰り返し出て来るので何度か読み返さないとちゃんとは把握できない部分があるのだけど、とにかく巨人描写の気持ち悪さ、この絵への拒絶感というのが強烈にあり、読めば必ず戦慄し必ず不安になれるという絶対的な強度のある作品なので、精神的に不安定な時などはかなりヤバいという感じの作品なのだけど、今回7巻を買ってそのあとの続きの別冊マガジン本誌を読んで、だいぶ作品全体の枠組みが分かってきたのでもう一度把握しなおそうと思って読み始めた。
読む気になって読んでみるとこの作者のオリジナル性というのはもちろんとてもあるのだけど、元になる巨人などの描写は例えばヒエロニムス・ボッシュだとかピーター・ブリューゲルなどの絵の影響が感じられるし、主人公エレンの表情はムンクの絵を思わせることがままある。立体起動装置とかのオリジナリティもなんか感心させられるし、巨人同士の戦闘シーンはものすごい迫力だ。最初に『このマンガがすごい!』で読んだときにはその戦闘シーンの凄さが強調されていたけど、もちろんこのマンガの凄さはそれ自体よりも巨人に食われるという不安と恐怖の中で人間がどうやって運命に抗い、人間らしく自由に生きていくかというテーマ性の強靭さにある。しかし何度も読み返しているとやはり巨人との、あるいは巨人同士の戦闘シーンの迫力というのはこのマンガの魅力の重要な部分であることは間違いないということもまたよくわかってくる。その辺はブリューゲルやボッシュではなく、私には素養がないが格闘マンガの(むしろ解剖学的な?)魅力の系譜なのかなと思う。
そうしていろいろ考えながらネットでも何となくキャラクターの名前でググってみるといろいろな情報や推測などが現れてきて、××が×××だった!(ネタバレにつき自己規制)などということもかなり早い段階から推測していた読者がいてけっこう驚いたりしたし、この世界の基本構造についても作中の台詞から推測している人がいて、なるほどそうかもしれないと思ってみたり。単行本で一気読みするとどうしても読みが荒くなるが、別冊マガジンも毎月追いかけてみてもいいかなという気がしてきた。イヤちょっと月刊誌買い過ぎな気はするが。
ただそれを思ったのは、今月刊誌で買っているのはコミックゼロサムとグランドジャンププレミアム、たまにコミックリュウとIKKI、というところなのだがNANAの連載が再開したら(いつになることやら)Cookieも買うかもしれないし、単行本派になっている『風雲児たち幕末編』が連載されているコミック乱もときどき買ってしまう。あと週刊誌ではモーニング、月二回刊ではビックコミックは買っているが、自分の中で安定して読めるものが多くて、自分のマンガの概念を覆して行くような作品があまりないのが現状かなと思う。そういう意味では『進撃の巨人』は久々に自分のマンガの概念をひっくり返してくれるような強烈な作品で、最初はそれゆえに強い違和感があったのだけど、構想力の大きさとか凄絶な展開とか実はかなりいろいろな文化的コードを下敷きにしていることとか(ボッシュやブリューゲルのこともそうだが、登場人物がほとんどドイツ系の名前であることとか、顔立ちもドイツっぽいし、家並みもゲルマン系な感じがする。またヒロインであるミカサ・アッカーマンの名前がエヴァンゲリオンの綾波レイや惣流アスカラングレーにならって戦艦三笠から引かれていることとか・作者ブログによる)実はかなり知的な積み上げの上に成り立っているということが分かって来るにつれ、この作品の前衛性が理解されてきた。
まあデーモン小暮流にいえば、この作品はパンクなのではなく、ヘビメタなのだ。何となく絵がヘタウマ系なような気がするためにただひたすら死まで突っ走ったシド・ビシャスみたいな気がしてしまうけれど、実はそうではない。本人が言っているようにこの作者は必ずしも絵が上手いわけではないのだけど、その部分がフラになって他の人に真似のできない作品に仕上がっている。そういう意味では一番近いイメージはムンクだ。
前回も書いたのだけど、この小説のテーマの向こうにはこの世の一切は苦であるが、この世界は美しい、という『ブッダ最後の旅』みたいな部分があるし、「人は生まれながらにして自由であるが、あらゆるところで鎖につながれている」というジャン・ジャック・ルソーの世界観・人間観に通じるところもある。最初のころの休む暇もないような不安と希望、絶望と期待の繰り返される心臓の鼓動のようなリズムに比べるとだいぶゆっくりはして来ているのだが、それとともに世界観の大きさも明らかになってきて、読めば読むほどこの作品はすごいと思うようになってきている。
ある意味ダンテの『神曲』の地獄編を読んでいるような感じもあるのだけど意味もなくわけも分からず巨人の犠牲になって行く登場人物たちの様子を見ているとむしろ本当に理不尽な不幸が繰り返し起こる仏教説話やヨブ記の世界の方が、つまり宗教的な雰囲気が強くなっている。作者がそういうことを意図しているのかどうかは分からないのだけど、おそらくは苦しみながらこの作品を書いて行く上で、そういう文化的コードを踏みつつあるということなのではないかという気がする。間違いなく今一番たのしみな作品のひとつだ。
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