ものを書くときの読者との距離感/村上春樹の意志はどこにあるのか
Posted at 12/01/10 PermaLink» Tweet
【ものを書くときの読者との距離感】
創作を公開するときは実名で書こうと思っていた。もともとこの作品は通常の書籍で昨年中に公開するつもりでいたのだが諸般の事情でそれが実現せず、電子書籍で公開することにした。さてそれを告知するのにどういう方法をとるか。
まずはもともと実名でやっているFaceBookで公開することにした。しかし私はツイッターとブログを中心に(どちらもハンドルで)やっているため、FaceBookのスペックが貧弱で、リアル知り合いも十分に知らせてなかった。そこで「友達の友達」の中にいるリアル知り合いに友達申請をして、承諾してもらった分をふやすことが出来た。しかしそれだけでは不十分だと思い、結局ツイッターで告知し、このブログでも告知した。
匿名と実名。
ネットでは実名で通すべきか匿名で活動するべきかについては以前から議論があった。FaceBookが出てきたころから勝間和代氏をはじめとして実名派が勢いを増してきていたけど、それ以前はネットでは実名を書くべきではない、という意見も相当根強かった。
匿名で書くということは文責が曖昧になるということで、気楽ではあるが文章の輪郭がぼやけてしまう。私は考えすぎて書きたいことが書けなかった時期があったため、長い間匿名で書いていたのだけど、文章をシェイプアップするにはそろそろ実名で書かなければならないと思い始めていた。しかしなかなか踏み切れなかった。そういう意味では今回はいいきっかけになった。
今回たくさんの人に友達申請をして、たくさんの人からリアクションをもらって、もともと私はこういう人たちに向けて書いていたのだと自覚することが出来た。そうなんだ。私はこの人たちにむけて書いていたのだ。それが思いがけず、とても印象深かった。最近、というのは、ネットで書いているともちろんネットで知り合った人たちもいるのだけど、文章の焦点の合わせ方に迷っていたのだけど、リアルな知り合いたちとやり取りをして、焦点の合わせ方を思い出したのだ。焦点の距離感が自分の中に蘇ったとでも言うか。
この距離感。もちろん焦点を合わせるだけでなく、わざと遠くにはずしたり近くにはずしたりすることをしてもいい。舞台から客席を見て、客席の前に話しかけたり、後ろのほうに話しかけたり、あるいは客席を無視して宙に向かってしゃべったり、いろいろなせりふの言い方があるように、ものの書き方にもどういう距離感で書くかという問題がある。それはテレビカメラに向かってしゃべるのと、舞台で客席に向かってしゃべるのとの違いかもしれない。「こういう人たちに読んでもらう」という感覚を思い出させてもらえたことは本当によかったなと思う。
【村上春樹の意志はどこにあるのか】
村上春樹が小澤征爾にインタビューした『小澤征爾さんと、音楽について話をする』を読了した。この本を読んで、私は私の中の「村上春樹」観がかなり大きく変化したのを感じた。
私の中で村上春樹という人は創作者というよりもどこからか物語を持ってくる、もちろんそれは盗作とかそういう意味ではなくて、あっちの世界にある何かを持ってきて、述べて作らずというかある意味霊媒的に違う世界にあった物語をぼん、とこの世に提示している、というようなイメージがあった。それはなぜなんだろう。あまりに村上の話が文体として出来上がっているという感じがするからだったのだろうか。漱石だって志賀直哉だって文章にその作者の息遣いというか拭い去れない個性、ある種の体臭のようなものがあってまぎれもなくこの人の文章だなと思わせるところがあるのだけど、というかだからこそ文章は彼らの肉体の一部であり、その肉体は人類が存続する限り不滅で、レーニンや金日成の遺体よりも長く残るに違いないと思わせるのだけど、村上の文章には肉体が、そうか村上の文章には肉体が、体臭が感じられないのだ。そこに村上の文体のある種の普遍性があって、だからつい彼の文章を真似したくなってたくさんのエピゴーネンが発生したりするんだろうと思った。
彼は敢えて気配を消して、体臭のしない、今までなかった文体を作り上げた。彼は意志的にそうしている。そしてそれをやりきることは、かなり強い意志を必要とするだろう。体臭を漂わせずに、しかし読む者を納得させる。アメリカンだ何だという評価が昔の村上にはあったけれども、おそらくは評価する側が村上が何を企図しているかを読みきれないところがあったのではないかと思う。そして一般の読者はそこに新しさを見出し、熱狂的に支持した。体臭こそが文学だ、と思っていた人たちにはまったく「中身」のないもののように思えただろう。中身は実はパッケージに見える部分が相当大きな役割を担っていたのだと思う。
つまり、村上は霊媒的な部分はやはりあるとは思うけれども、表現においては実に意志的な作家なのだ。そう思ったのは村上が、小説の書き方を音楽から学んだ、と言っているところを読んで、であったように思う。村上の文体は、それまでになかった。ということは、どの小説からもそこに関しては学んでいない、ということだ。村上が天才的なのは、音楽というまったく違う他ジャンルからそのリズムの感覚やメロディの感覚、対位法的な人物配置、場面と場面の重ね方のようなものを学んだ、ということなのではないかと思う。村上は(プロの音楽家のようには)楽譜は読めないと言っているけれども、彼の文章はむしろスコアのようなものと考えてみると面白いのではないかと思った。彼の文章は澄んだ音楽のように夾雑物を持たず、体臭とかのかげに隠れがちな「生きることの澄んだかなしさ」を浮かび上がらせる。存在の秘密のようなものを明らかにするためには、こういう文体でなければならないと彼は思い、それを実現することが出来たのだと思う。「モーツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。」と小林秀雄は言ったけれども、モーツァルトの音楽に体臭がしないのと同じような意味でのデオドラントな文体を村上は選び、実現したのではないか。
インタビューを読んだりエッセイを読んだりしていると、村上春樹という人はものすごく意志的な人だと感じていたのだけど、小説を読んでいると彼の意志がいったいどこにあるのか全然読み取れずにいた。というか、本当にあるのか?と思っていた。彼の意志はある種そういうメタなところにあったのだ、ということがようやくおぼろげながら分かってきたのだ。
そしてようやく村上春樹という人の全体が、私なりに見えてきた、という感じを覚えたのだった。
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