とにかく何かを書き始めよう/『なぜこんなに生きにくいのか』
Posted at 11/11/02 PermaLink» Tweet
とにかく何か書き始めよう。これはそういうゲームなんだ。
カンガルー日和 (講談社文庫) | |
村上春樹 | |
講談社 |
朝は寒かったのにお昼前のこの時間になるとずいぶんこの部屋は暖かい。南向きの2階の日当たりのいいアパートの一室。さっきまでストーブをつけ、ホットカーペットも入れていたのだけどもう両方とも消している。ぼくはブルージーンズに少し厚めのシャツを着て、机に向かってパソコンを打っているのだ。こんな日にぼくは何をしたらいいんだろう、と思うけれどもこれからの予定は決まっているから、この時間を大事にして何かを書こうと思っていたのだけど、どんなものをどうんなふうに書こうかなんてことを考えていると歯が痛くなるんだ。だからいっそのこと、なにも考えないで書きだしてしまおう。そう思ってふとそこにあった『カンガルー日和』を手にとって、「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」を読んでしまった。
歯の痛みもだいぶ落ち着いてきた。
なぜこんなに生きにくいのか (新潮文庫) | |
南直哉 | |
新潮社 |
南直哉『なぜこんなに生きにくいのか』を読み終わる。この本、昨日も感想を書いたけど、思ったよりずっと面白かったが思ったよりずっとキビシイ内容だった。でも本来、仏教というものは厳しいものなんだということを思い出せた。私が仏教と言って思い出すのは、中一の5月に奈良の薬師寺に見学旅行で行ったときのこと。炎天下で和尚の講話を全員立ったまま聴いていた。天国と地獄はどう違うのか。いや極楽と地獄か。地獄では長い箸を指にくくりつけられて食べ物はあるのに食べられない。お前の箸が邪魔だとか大騒ぎになっている。極楽では同じように長い箸を指にくくりつけられているが、その箸を使って向かいに座った人に食べさせ、向いの人に自分を食べさせてもらっている。そこではや、ありがとう。これは美味しいね、と和やかな雰囲気なんだと。そんな話を聴いているうちにぼくは貧血を起こしてしまい、講話のあと薬師寺の雑踏の中で横になって休む破目になった。貧血なのになぜかしら血の匂いがした気がする。あれも気のせいだったのだろうか。
そんなわけで、ぼくは仏教というものはキビシイものだという第一認識があった。それまでも曾祖父のお葬式で座らされた暗い本堂の記憶と、その奥の闇の中に何かの像があるという、お寺の記憶はあったけれども、それはお葬式の記憶であって仏教の記憶ではない。仏教というのはなんだか厳しいことを言われるものだ、とずっと思っていた。
しかし高校になって倫理社会で仏教の考えを学んだとき、むしろ仏教はやさしい、ありがたいものだという印象になった。死や老や病の苦しみから人を救ってくれる。愛しているのに別れなければならないとか、そういう苦しみから人を救ってくれる。論理的な教えだと思った。その後、手塚治虫のブッダなども読んだけどそういう印象は基本的にあまり変わらなかった。
しかしこの本を読み終わって、仏教とは厳しいものだということを久しぶりに思い出した。生きる苦しみは、なぜ自分がなにもわからずにこの世に放り出され、生きなければならないのかという「自己」の苦しみだという。そしてその苦しみを癒すのではなく、その苦しみの原因になっている「自己」そのものを滅却することによってその苦しみを乗り越え、生きる力を回復しようというのだから考えてみたらものすごいことだ。苦しんでいるなら、その自分を消しなさい、というのだから。
自分を消す、と言っても具体的にそれがどういうことなのか、理屈は知っていてもあまりよくわかっていたとは言えないが、「本当の自分」は幻だ、というのは今回読んでなるほどなあと思った。人が生きるということ、ほかならぬ自分が生きるということ、それに理由はない。だから、やりたいことをやって生の可能性を思う存分に花開かせればいいのだが、やりたいことというのも考えていると分からなくなる。またやりたいと思うことだと思ってやり始めてもなんだか違うと思うこともある。いまいる自分は、そういうやりたいことをやれている「本当の自分」とは違うという違和感を持つようになる。というよりも、その違和感が、本当の自分はこんなふうに迷ったりぐじぐじしたりせずにはつらつと生きているはずなのに、という違和感が「本当の自分」という幻想をつくりだすのだ、ということだろう。
なるほど、考えてみればその通りなのだけど、「こんなのは違う」という違和感だけが「本当の自分」があるということの根拠なのだ。そんな違和感を感じていない人だったら、「本当の自分」って何?って言うだろう。
いろいろな不満、いろいろな不安、特に根源的な不安というよりも、とにかく何とか少しでもいい人生を生きたいと思いながら、なかなかそういうものに全力投球できないときに、「本当の自分」という幻想が生まれて来るのだろう。つまり、違和感をたよりにして自分を正当化していると言ってもいい。こういうのは人から見るとよくわかるのだけど、自分ではなかなか気がつかない。
自分では大きな問題に取り組んでいる気がするし、本当の自分はどういう人間なんだろうと掘り下げようとして見る。まあ考えるということで何かがわかるということはあるのだけど、本当の自分が見えて来るわけではない。結局何が好きだとか、なにが嫌いだとか、どういうことに不満を持ってるとか、まあ分かったからって何?というようなことだ。それを根拠に行動しようとしてもよけい自分を縛りつけてしまう。
そう、いつのころからか、「本当の自分」ははつらつと何でも出来るというイメージより、「本当の自分」はけっこういやなやつなんじゃね?というイメージの方が強くなってきていた。そういういやなやつのことを詳細に知って、何か得るものがあるかというとどうだろう。いやなやつでも自分はこういうやつなんだから仕方がない、と開き直って行動原理をそれで組み直してみても、まだましの「いまの自分」よりもっとわけがわからなくなる。
だから最初に戻るのだけど、とにかく何かを書き始める。つまり行動を起こすということだ。文章は書こう書こうと思っていても書けない。とにかく書き始めるしかない。駄作を恐れず書きあげよう。まずはそこからだ。とちばてつやも言っている。まずは行動しよう。生きるというのはそういうゲームなんだ。
『なぜこんなに生きにくいのか』はこの時代だから生きにくいという話ではなかった。生きるということは本来的に生きにくいことなのだ。死という選択肢を自分から奪うために著者は出家したのだという。そして生きるという選択に、修行をするという選択に自分を賭けたのだという。
そういう意味では生きるということは賭けの連続だ。どんなふうに生きようとしてもそれはそのほかの選択肢を捨てているのだから積極的にしろ消極的にしろいつでもそっち側にカードを張っていることに違いはない。その賭けを自覚的にやれて初めて「自己責任」という言葉が成り立つ。そして自覚的にやらなければ、その賭けのひりひりする快感もまた得られないだろう。その賭け自体を否応なく不可抗力で自動的に決めなければならない人もいるだろう。でもぼくは、常に自覚してカードを張り続けていたい、と思う。
その時の根拠になるのは、もはや幻であることが明らかになった「本当の自分」ではないだろう。こうしたい、こうなりたいという目標であり、現実的なさまざまな諸条件を考えに入れて決意することになる。しばらくはチャンスを狙って力を蓄える時期かもしれないが、ぱっと未来が開けたときにちゃんとやって行けるだけの力は蓄えておかなければならないと思う。書き続けることが書き続けるための第一条件なのだ。
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