宮部みゆき『ブレイブ・ストーリー』読了/自分に出来ること
Posted at 11/09/05 PermaLink» Tweet
【宮部みゆき『ブレイブ・ストーリー』読了】
ブレイブ・ストーリー (下) (角川文庫) | |
宮部みゆき | |
角川書店 |
宮部みゆき『ブレイブ・ストーリー』読了。最後は泣いた。正直言って。泣かされるだろうとは途中で十分予測できたが、逆に言えばこれは泣いてしまわなければ終わらない話なのだ。そこまで含めて物語が完結する。そういう意味でこれは、きわめて日本的な旅人ファンタジーなのだ。
私はこの話を読んで、私の足りないものや私の憎んでいるもの、あるいは私の嫌いなもの、そして私が無関心な、あるいは無関心を装っている、ないしは無関心を装っているうちに本当に無感動になってしまった何かを否応なく認識させられた。宮部みゆきは現世そのものだ。そしてその宮部の作品を私は無関心を装い、そして無関係なものとして取り扱い続けた。だから――
この話はあまりに「現実的」なファンタジーだ。ここまで現実を持ち込むのか、ということに、正直かなり辟易し続けた。私はこういう風には書かない。そう思い続けた。そして思う。私はこういう風には書けない。私は書けない、と。それは個性の違いというだけでなく、私が現世というものを避けてきたが故でもある。
もちろん、現世とは宮部みゆきが書くような側面だけではない。しかし宮部みゆきが書くような側面は、彼女の書き方はある種の誇張がもちろんあるのだけど、存在することは私も知っているし、知っているだけにフィクションの世界にそういうものは持ち込みたくないと強く思っていた。しかし、それは私の作品の弱点でもあるかもしれない。書く書かないに関わらず、最初からそう決めてしまっていることは、私の作品に最初から限界を設けることでもある。
実際、私は自分の作品が現世とのかかわりが薄いと思って入るし、私の書くたとえばブログのような文章も、ある意味現世との関わりは薄い。正直、基本的にあまり関わりを持ちたくないと思っているからだ。しかしその姿勢が、逆に現世からの評価にも反映してしまっているのだろうなと思う。地方文学賞のレベルではあと一息のこともあった。しかし中央の文学賞では、まずどこの文学賞に応募すれば妥当なのかということさえよくわからない。本当に世の中が見えていたら、世の中が今の時点で求めているものに正確に答えられるような作品が書けたはずだなと思う。私自身が世の中に関心を持たない状態で、世の中に関心がもたれるようなものを書けると考えるほうがおかしいのだなと思う。
私にとってファンタジーの原点はナルニアで、ナルニアを貫いているのはキリスト教倫理だ。ということは、ファンタジーの中で描かれるものも、そこで実現されていく価値も、直接は自分に関係ないことになるし、だからこそそれに一生懸命になり、憧れることも出来た。しかし『ブレイブ・ストーリー』の現実世界はボコ殴りにあったように痛く、幻想世界で起こることも人種差別や人間のエゴを反映したことが次々に起こり、あまりに現実くさくて幻想の中に遊ぶ時間があまりに少ない。そして起こる事件も現実的なものが多く、また実現されていく価値もとても現実的なもので、最初のうちは特にその点において鼻白んでしまう感じがあった。
しかし最後のどんでん返し――やはりどんでん返しだろう――はそのかっこよさと決意の雄々しさにやはり泣きたくなってしまう。そしてそれこそが現実に苦しむ人への最大のメッセージになっている。そこには手練れの作家の技術だけでなく、「現実」を描き続ける作家の「祈り」がある。この「祈り」はあまりに手練れ過ぎて、その技術の中に埋没してしまうかもしれない。だが彼女から流行作家の盛名が去ったとき、その祈りの要素はいやがうえにも意識されることになっていくだろう。そういう意味では、この作品はいまだに未完成なのかもしれない。
ツイッターでは散々、読みにくい、自分ならこんなことは書かない、とこぼしてきた。それはまったく正直なところなのだけど、自分が意識もしなくなっていた、自分が見ることも忘れていた自分自身をいやになるほど見せてくれるこの作品への激しい抵抗でもあった。自分はこの作品を超えるものを書きたい、いや書かねばならないと思う。私はこの作品に巡り合ったことに感謝したいし、紹介してくださった方にも感謝したい。この年になって自分を切り刻みながら読書をするのは体調や仕事にも変調をきたしかねないので相当大変なことには間違いないのだけど、でも自分が今後とも書き続けるためには絶対に必要なプロセス、関門だったと思う。
そして、ナルニアにはあまり出てこないファンタジーの要素、魔法や鏡の力、そして宝石の力など、そういうアイテムへの関心みたいなものがものすごく高まったという副反応もあった。アメジストと水晶の力にすごく敏感になったりとか。
それにしてもまた、何か書くときにはこの作品を参照することもありそうな気がする。この世の果てに沈んでいった二人の恋人たちに思いを馳せつつ、この巻を閉じたい。
【自分に出来ること】
今日は友人と会うことにして夕方横浜に出かけた。電車の中では『ブレイブ・ストーリー』を読んでいた。アフタヌーンティーで話をして有隣堂で本を選びつつ話をして洋食亭ブラームスで話をして帰った。いいものをちゃんとした値段で買った。先々週の買い物が、そのものにふさわしい値段より安い値段をつけたことが、最近の不調に関わりがあるような気がした。値段のつけ方というのは、本当にこころしてやらなければならないと改めて思った。
いろいろ話をしながら、もっと力を与えてくれる場所へ行けばいいんだなといまさらながら思った。実家の周辺でも、諏訪大社の下社の秋宮春宮、上社の本宮前宮といくつもある。どうせ気分転換に行くのなら、そこまで足を伸ばして神域の息吹に触れてくればいいのだといまさらながら思った。自分に出来ることはまだまだある、と思った。
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